従業員の福利厚生として、社宅制度を設ける会社があります。
社宅制度は、従業員にとって経済的に有利な制度であるため、在職中は積極的に利用したいところです。ただし、退職すると利用できなくなるので、転職を予定している方などは慎重にご検討ください。
今回は会社の社宅制度について、利用のメリットとデメリットをまとめました。
1. 2種類の社宅制度|社有社宅と借り上げ社宅
社宅制度とは、会社が従業員に対して住宅を貸し与える制度です。「社有社宅」と「借り上げ社宅」の2種類があります。
1-1. 社有社宅
「社有社宅」とは、会社が自ら所有している社宅をいいます。
基本的には同じ会社の従業員が入居するため、入居者同士での交流が生まれやすい傾向にあります。
1-2. 借り上げ社宅
「借り上げ社宅」とは、会社が賃貸人から借りた上で、従業員に対して転貸する社宅をいいます。
借り上げ社宅の典型例は、会社が建物の一棟または数フロアを借り上げるパターンです。この場合、入居する従業員にとっては社有社宅と大差ありません。
それ以外に、従業員が選んできた物件を、会社が代わりに借りるパターンもあります。この場合、従業員は自らの好みに合った物件を、通常よりも有利な条件で借りることが可能です。
2. 社宅制度を利用するメリット
従業員が社宅制度を利用するメリットとしては、以下の2点が挙げられます。いずれも従業員にとっては、経済的に大きなメリットです。
(1)家賃が安い傾向にある
(2)所得税・住民税が軽減される
2-1. 家賃が安い傾向にある
社宅制度は従業員の福利厚生として設けられるため、会社が従業員から受け取る家賃は低く抑えられるのが一般的です。
社宅の提供について、給与としての課税を避けるためには、「賃貸料相当額」の50%以上の家賃を設定する必要があります。
賃貸料相当額=A+B+C
A:その年度の建物の固定資産税の課税標準額×0.2%
B:12円×建物の総床面積/3.3㎡
C:その年度の敷地の固定資産税の課税標準額×0.22%
参考:No.2597 使用人に社宅や寮などを貸したとき|国税庁
物件の立地などによりますが、「賃貸料相当額」は相場家賃の10%から20%程度の低額となるケースが多いです。
そのため社宅の家賃は、相場の8割引きから9割引きと、非常に安くなることがよくあります。
2-2. 所得税・住民税が軽減される
従業員が社宅制度を利用する場合、会社から住宅手当などの補助を受けるよりも、所得税・住民税が軽減されます。
住宅手当として受け取る金銭は、その全額が給与としての課税対象です。したがって、最大45.945%の所得税(復興特別所得税を含む)と計10%の住民税が課税されます。
これに対して、社宅制度を通じて安い賃料で家を借りるという利益を受ける場合、賃貸料相当額の50%以上の家賃を支払っていれば、その利益に対しては所得税・住民税が課税されません。
したがって、社宅制度の方が住宅手当よりも、従業員にとって課税上有利といえます。
この仕組みを利用して、従業員の同意の下、基本給の一部を社宅利用に回す制度を導入している会社もあります。
(例)
・基本給は元々、月額60万円
・社宅制度を通じて、家賃が月額20万円の物件を新たに借りる(従業員負担額は月額2万円)
→会社負担分18万円を減額改定して、基本給を月額42万円とする
上記の処理をした場合、所得税・住民税の課税対象となる基本給は、1か月当たり60万円から42万円に減ります。
一方、従業員負担額の月額2万円が賃貸料相当額の50%以上であれば、会社負担分の月額18万円については課税されません。その結果、従業員の所得税・住民税が大幅に軽減されます。
3. 社宅制度を利用するデメリット
社宅制度は、従業員にとって経済的に大きなメリットがありますが、以下のデメリットには十分ご注意ください。
(1)退職する場合は退去or賃料・税負担アップ
(2)転職の選択肢を狭める可能性がある
3-1. 退職する場合は退去or賃料・税負担アップ
社宅制度は従業員の福利厚生であるため、当然ながら退職すると利用できなくなります。
社有社宅や、従業員専用の借り上げ社宅の場合には、退職に伴い退去しなければなりません。多くの場合、社宅よりもグレードの低い住宅に転居せざるを得ないでしょう。
従業員が選んだ物件を借り上げ社宅にしている場合は、賃貸人に承諾を得て賃借人変更をすれば、そのまま住み続けることも可能です。ただしその場合、賃料負担と税負担が増える点にご注意ください。
3-2. 転職の選択肢を狭める可能性がある
社宅制度の経済的メリットを失いたくないという心理が働くと、転職の機会や選択肢を狭めてしまうおそれがあります。従業員の定着・流出防止を図ることは、まさに会社が社宅制度を導入する主要目的の一つです。
しかし従業員の立場では、自身の能力を活かせる機会があれば、積極的に挑戦することが望ましいでしょう。社宅制度は福利厚生の一つに過ぎないことを正しく認識し、あくまでもご自身の能力や意思を大事にして、主体的にキャリア選択を行ってください。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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