回復しつつあるビール類市場
キリンビールの『Tap Marché』は、飲食店向けのサーバー提供サービスである。
このサーバーにはもちろんビールタンクが搭載されるわけだが、サービスの被提供者である飲食店が選べる銘柄は国内外の醸造所から20種類以上。しかもそれらはクラフトビールだ。
近所の居酒屋で全国各地のクラフトビールを味わえるようにするサービス、それが『Tap Marché』というわけだ。
市場は徐々に活況を取り戻しつつある。
2022年のビール類市場は前年比103%程度と、実に18年ぶりの対前年プラスで終えることができた。
このデータはあくまでも推計ではあるが、それでも「新しい生活様式」の定着が数字に現れ出したことは確認できる。
SNSでも話題になったキリンビール一番搾りのCM「2年越しの送別会」は、世界中の人々が置かれていた状況を反映するものでもあった。
2年前に予定されていた送別会は、「いろいろな理由」でできなかった。
それがようやく実現できるようになり、久方ぶりの乾杯でかつての思い出に花を咲かせる……という、明らかにCMの域を超越した感動的な映像作品である。
しかし「いろいろな理由」とは、突き詰めると一つしかないだろう。
筆者自身、まるまる1年も静岡県の外へ出られない時期があった。20年続けていた格闘技を一時引退し、あれだけ親しかった東京の友人ともまるで会えなかった。
その時間を取り返すための乾杯を演出する、というのが上記のCMの言わんとすることである。
が、キリンビールはもはや『一番搾り』だけを主力商品として押し出す気はないようだ。
回復傾向のビール市場に全国各地のクラフトビールを差し込むという、非常に大胆な方針を打ち立てた。
クラフトビール文化の定着
キリンビール株式会社代表取締役社長・堀口英樹氏(写真・右)と同執行役員マーケティング部長・山田雄一氏(写真・左)
「現状、海外のブルワリーとの提携は簡単ではないところもありますので、今後は国内のブルワリーとの提携に力を入れます」
キリンビールの堀口英樹社長は、「海外と国内、今後はどちらの醸造所との提携拡大に注力するのか?」という筆者の質問にそう答えた。
日本には全国的に知られていないが、質の高い商品を生産する醸造所が複数存在する。
キリンビールは、「知られざる原石」を加工する鉱物資源製錬所のような役割を果たそうとしているのだ。
『Tap Marché』が日本のアルコール飲料市場の姿を変えてしまう可能性は、決して小さくないだろう。
キリンビールは、かつて圧倒的シェアを保有してきたメーカーでもある。
1970年代のそれは、何と60%を超えるシェアだった。
この時代の日本人は会社帰りに赤提灯へ立ち寄り、テレビで長嶋茂雄や王貞治の打席を観ながらキリンビールを飲んでいたのだ。
そして21世紀も20年が過ぎた今、キリンビールがかつてのシェア占有率を取り戻すとしたら、その中身はかつてのそれと大きく変わるはずだ。
テレビで野球中継を映す赤提灯という点はあまり変わらないだろうが、客の飲んでいるものは麒麟マークのついているもののみならず、全国各地のマイクロブルワリーのマークがついている瓶を傾ける……という光景が繰り広げられるに違いない。
ウィズコロナを起点に、日本での「クラフトビール文化の定着」を狙うキリンビールの戦略からは片時も目が離せない。
【参考】
Tap Marché
取材・文/澤田真一