「Watch OS 9」から『Apple Watch』の睡眠記録機能が大幅に強化され、睡眠時間に加えて睡眠の深さやレム睡眠、ノンレム睡眠といった「睡眠ステージ」が記録できるようになった。記録した情報をどのように活用すればいいのか、スリープトレーナーのヒラノマリさんに聞いた。
睡眠改善の第一歩は、自分の苦手を知ること
日本で唯一のアスリート専門の睡眠パーソナルトレーナーとして活躍するヒラノさん。アスリートにとって睡眠は、身体を作る上でトレーニングと同じくらい大切なもの。世界大会で活躍する第一線のスポーツ選手を含む、多くのアスリートがヒラノさんのサポートを受けている。
睡眠がパフォーマンスに大きく影響するのはビジネスマンも同じだが、人知れず睡眠に悩みを抱える人は多い。ヒラノさんは「睡眠改善の第一歩は、自分の苦手を知ること」だと話す。
「受験勉強では合格という同じ目標を掲げていたとしても、苦手科目が違うと取り組むべき内容や方法が違いますよね。睡眠もこれと同じです。合格までのストーリーが千差万別なように、睡眠改善のストーリーもそれぞれに違う。じゃあ自分は何が苦手なのか。その糸口を掴むために有効なのが、『Apple Watch』のようなデバイスだと私は考えています」。
睡眠改善というと眠る前の習慣にスポットが当たりがちだが、運動習慣、食事、活動量等、行動のすべてが「睡眠につながっている」とヒラノさん。「だから単に睡眠を記録できるだけでなく、1日のアクティビティをすべて見える化できるデバイスに価値がある」という。
では、どのように自分の苦手を見つければいいのか。『Apple Watch』で記録できる「睡眠ステージ」の見方を詳しく解説してもらった。
「ご存じの通り、睡眠は浅い眠りのレム睡眠、深い眠りのノンレム睡眠の大きく2種類で構成されていて、大体90分~120分のサイクルで繰り返しています。この両方の睡眠のリズムと割合が整っていることが、質の良い睡眠の条件。Apple watchの『睡眠ステージ』では、さらに『深い』『コア』『レム』『覚醒』の4つのステージで睡眠が記録されます。
『深い』ノンレム睡眠は睡眠直後に記録されることが多いのですが、この時間に一晩に出る成長ホルモンの70~80%が分泌されると言われています。成長ホルモンには身長を伸ばすなど、成長を促すホルモンというイメージがあると思いますが、実は傷ついた細胞を修復する、若返りホルモンでもある。アンチエイジングや美容の面でも、すごく重要なんです。ほかにも疲労回復などのフィジカルケアをするのが、この『深い』睡眠になります。
『コア』は比較的浅いノンレム睡眠で、朝方の『コア』の時間には、トレーニング効果を定着させる役割があると言われています。スポーツ技能もそうですが、たとえばピアノや自転車などを身につけるのにも、大切な睡眠になります。
『レム』は夢を見る時間として知られています。ノンレム睡眠に比べると軽視されがちですが、ここ数年の研究で1日の中で唯一脳内にストレスホルモンがない、感情と記憶の整理をするのに大切な時間だということがわかってきています。学習や記憶を定着させるのにも大切ですし、嫌なことをリセットするためにも欠かせない時間。よく喧嘩をしても寝て起きたら忘れているという話がありますが、それはまさにこの時間にちゃんとケアがされているということになんです。
最後に『覚醒』ですが、これはそのまま目が覚めている時間になります。自分で目が覚めたのを覚えている場合もありますが、そのまま寝てしまって覚えていないことも多い。『睡眠ステージ』ではそういう中途覚醒も、しっかり確認することができます」。
「理想は『深い』が10~20%、『コア』が50~60%、『レム』が20~25%、『覚醒』が0%のバランス」だと言われているが、「もちろん個人差はある」とヒラノさん。「毎日の睡眠を継続して記録し、変化を読み取ることが重要」だと話す一方で、それを「ほかの人と比べることにはあまり意味がない」という。
「実は睡眠を点数化しないのも、私が『Apple Watch』をいいなと思うところのひとつなんです。わかりやすく点数をつけてくれるデバイスもありますが、ライフスタイルも睡眠も人それぞれ。良くなった、悪くなったと点数に一喜一憂していたら、かえってストレスが溜まってしまいます。それよりも1週間前、1ヶ月前の自分と比べて今がどうかの方が睡眠の改善には大切です
先ほど1日の行動すべてが睡眠につながっているという話しをしましたが、たとえば睡眠のバランスが悪かった日は、その日の活動量だったり、行動を振り返ってみてほしいんです。その日したこと、していないことを洗い出すことが、睡眠の質は上げるためのヒントになると思います」。
睡眠中の心拍数や呼吸数も可視化して行動を見直そう
『Apple Watch』ではこの「睡眠ステージ」のほか、睡眠中の心拍数や呼吸数もチェックできる。これを「あわせて確認することも大切」だと、ヒラノさんは言う。
「心拍数や呼吸数は、男女や体型、スポーツ歴やライフスタイルなどによっても違ってきますが、自分のアベレージを把握しておくことが重要です。アベレージを把握した上で変化を見れば、自律神経のバランスをチェックする目安になります」。
普段よりも心拍数、呼吸数があがっているときは、「交換神経が活発に動いてしまっていることが多い」と、ヒラノさん。1日だけでなく、週単位、月単位でグラフを見ることで、週の中でもアベレージから上がっている日、下がっている日を可視化できる。「アスリートも遠征が続いてたり体が疲れていたりすると、就寝中の呼吸数とか心拍数が増えてしまうことがある。みなさんも夜ギリギリまでお仕事をされていたりすると、脳が活発な状態で心拍数もあがっていてなかなか寝付けないといった経験があるのでは?可視化して行動を見直すことが、原因の把握と対策のための第一歩」と話す。
「交感神経が活発になっているときは、リラックスに欠かせない副交感神経をオンにするために、マインドフルネスのアクティビティを利用するのもいいでしょう。呼吸は自分でコントロールできる唯一の自律神経とも言われています。呼吸が落ち着いてくると、心拍数も落ち着いてくる。副交感神経のスイッチを入りやすくして、眠りやすい体にすることができます」。
また、長時間座りっぱなしでいると立ち上がるように促してくれる、『Apple Watch』の「スタンド」機能も、「良い睡眠のためにおすすめ」とのこと。「こまめに立ち上がる動作をすることで、疲労物質を体外に排出しやすくして、自律神経の負担を減らせます。自律神経の負担を減らすことは、睡眠の質を維持することにもつながるので、うまく活用して欲しいですね」。
自律神経に負担をかけないという観点からは、「規則正しい睡眠も大切」だというヒラノさん。寝る時間、起きる時間が安定すると「体内時計も安定する」と話す。「時差ボケは海外に行ったときになるものというイメージがありますが、国内にいても週末に寝だめしたりすると、体内時計がずれて時差ボケになることがあります。体内時計は先ほどお話しした成長ホルモンやインスリンなど、私たちの体に大切なホルモンの分泌にも大きく関わっています。健康を維持するためにも体内時計を固定化すること。つまり規則正しい睡眠が大切だということが、いろんな研究からわかってきています」。
『Apple Watch』で「睡眠ステージ」を記録するには、毎日の就寝時間、起床時間を設定して「睡眠スケジュール」をセットした上で、「“睡眠”集中モードにスケジュールを使用」がオンになっている必要がある。「Watch OS 9」がインストールされているにも関わらず、「睡眠ステージ」が記録できていない場合は、『iPhone』の「ヘルスケアApp」の「睡眠」で、ぜひこの設定を確認してほしい。設定した就寝時間になると自動的に、『iPhone』と『Apple Watch』が「“睡眠”集中モード」に切り替わり、「睡眠ステージ」が記録されるしくみだ。
「『“睡眠”集中モード』になると、『iPhone』も『Apple Watch』も画面が真っ暗になります。良い睡眠のためには、ブルーライト対策や余計な情報を遮断することも大切になってくるので、その意味でもとても良い機能だと思います」。
規則正しい睡眠のほかにも、たとえば香りや音、明るさといった寝室の環境や、ちゃんとパジャマに着替えるといった外側からのアプローチ。毎日の活動量や食事、入浴習慣といった身体の内側からのアプローチなど、自分の苦手とその理由がわかってくれば、様々な対策ができるとヒラノさん。忙しくなるとどうしても睡眠時間を削ってしまいがちだが、「睡眠は人生のギフト。睡眠の質があがれば、人生の質もあがる」という。
「人生をステージアップするには良い睡眠が欠かせません。私自身、それを実感したからこそ、この仕事をしているのですが、実際に睡眠が健康だけでなく、コミュニケーションやパートナーシップなどいろんなところに影響しているという研究もあります。とはいえ、なかなか睡眠を見直そうとはならないと思うので、まずは『Apple Watch』のようなデバイスを使って、データを目に見える形にすることで、実感したり意識するきっかけにしてもらえればと思います」。
取材・文/太田百合子