こんにちは。
弁護士の林 孝匡です。
今回は裁判例のザックリ解説です。
「チミ、帰国して5年以内に辞めたよね」
「海外研修の費用を払え!約338万円!」
と、会社が従業員を訴えた事件です。
会社は ↓ この規則を根拠として従業員を訴えました。
海外企業研修員派遣規則
研修員が ~ 研修終了後、5年以内に退職する場合、~ 会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがある
結果。
会社が撃沈しました(富士重工業事件:東京地裁 H10.3.17)
従業員の勝訴です!
裁判所はザックリ「会社の業務命令で行ったんだから、会社が出すべきっしょ」と言ってます。
以下、詳しく解説します。
どんな事件か
皆さんの会社には、海外研修制度ってありますか?
この会社には、社員を海外の企業で研修させる制度がありました。
Xさんは海外企業研修員に応募し、選考試験をクリアしました。
その後、アメリカで研修するとになりました。
アメリカに行く前に、Xさんは会社から「以下の規則をよく読んでおくように」と言われました。
海外企業研修員派遣規則
研修員が ~ 研修終了後5年以内に退職する場合、~ 会社が負担した費用の全額または一部を返済させることがある
ウチがもろもろ費用を出すんだから5年は辞めんじゃないよ
ってプレッシャーですね。
Xさんはアメリカへ出発しました。
帰国~退職~覚書の作成
アメリカで働いて、約1年後、Xさんが帰国しました。
そして、帰国から約6ヶ月後に、Xさんは退職を申し出ました。
すると会社は、
「ウチが出した研修費用、約452万円を払ってね」
「規則に書いてるでしょ」
と、Xさんに請求しました。
内訳は、Xさんと妻の航空券代や荷造運送費、トランクルーム賃借料などです。
きっつ・・・。
Xさんは減額を申し入れました。
理由をザックリいうと「他の研修生と違ってSOAの本社で財務内容の調査などして会社のために働いたじゃないですか」「研修期間の途中で急遽帰国させられたので配慮してほしい」というもの。
Xさんと会社は話し合い、ちょい減額した上で分割払いで合意しました。
総額約348万円。7年間の分割払い。年間に10~60万の支払いです。
そして、覚書を作成して、Xさんは署名捺印しました。
その後、Xさんは、初回の10万円を払いました。
しかし・・・Xさんは色々と知識を獲得したのでしょうか
その後、会社に対して「費用を返す必要はないはずです」と言いました。
この費用って会社が負担すべきものでしょ、という主張です。
しかし、会社は聞き入れず・・・。会社はXさんを訴えました。
裁判所の判断
Xさんの勝訴です!
裁判所は「この規則は労働基準法16条に違反しており無効」と判断しました。
労働基準法 第16条(賠償予定の禁止)
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
会社が「返せ」といった費用が違約金と認定されたんです。
裁判所が着目したポイントはザックリ「これって業務命令だよね」「会社のために派遣されてるよね」という点です。
以下のように認定しています。
・この研修は、会社の関連企業で業務を行うことにより、会社の業務遂行に役立つ語学力や海外での業務遂行能力を向上させるものであって、その実態は社員教育の一態様である
・費用は、業務遂行のための費用として、本来会社が負担すべきもの
ザックリと裁判所の思考過程をお伝えすると、
・これ会社が出すべきものだよ
・Xさんに負担させちゃダメ
・Xさんに返還義務はないので、会社が求めている費用は違約金だわ
・ってことで労働基準法16条に違反しており無効ね
・グッバイ!
ってことになります。
今回はXさんが勝ちましたが、従業員が負けた裁判もあります。
ほかの裁判例
一部を紹介しますね。
○従業員が勝った裁判例
新日本証券事件:東京地裁 H10.9.25
和幸会事件:大阪地裁 H14.11.1
徳島健康生活協同組合事件:高松高裁 H15.3.14
× 従業員が負けた裁判例
長谷工コーポレーション事件:東京地裁 H9.5.26
野村證券事件:東京地裁 H14.4.26
東亜交通事件:大阪高裁 H22.4.22
ポイント
勝負を分けるのは、その費用が会社が出すべきものと認定されるか、それとも、従業員が出すべきものと認定されるかです。
今回の事件のように業務命令なのであれば会社が出すべきものと認定されて勝ちます。逆に「それって【自主的な】技能習得だよね」と認定されれば負けます。己のスキルアップなんだから、それは自分で払わなきゃという価値判断です。
最後に
従業員を足止めするために研修費用の返還を義務づけている企業もあるようなので、「これっておかしくない?」「しばりすぎじゃない?」と感じたら、社外の労働組合か弁護士に相談してみましょう。
今回は以上です。
では、また次の記事でお会いしましょう!
取材・文/林 孝匡(弁護士)
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