社員の年収が高い会社と低い会社には、はっきりとした違いがあります。儲かっている、成長している、特殊なスキルが要求されるなど、何となくイメージはつかめるものの、ビジネスモデルや収益構造、社員の働き方まではあまり想像が及びません。
高年収ランキングで頻繁に顔を出すキーエンスとM&Aキャピタルパートナーズ、年収が低いことで知られるトスネット、東天紅をもとにその違いを解説します。
製造業なのに工場を持たない?不思議なビジネスモデル
有価証券報告書によると、キーエンスの平均年間給与は2,182万円。M&Aキャピタルパートナーズが2,688万円でした。日本人の平均給与は461万円であり、この2社の社員は5倍近く稼いでいる計算です。
とんでもない報酬を得ていますが、2社に共通しているのが営業力の強さ。そして社員には報酬に見合った営業活動が求められます。
キーエンスのビジネスモデル、収益構造から見てみましょう。
有価証券報告書には、主な事業内容として電子応用機器の製造及び販売と書かれています。東京証券取引所では電気機器に分類されます。一見すると製造業のようにも見えますが、キーエンスは工場を持っていません。製造は取引先に外注しています。
キーエンスはファブレス化することにより、営業に特化した事業展開を行っています。ここが一番のポイントです。しかもメインで扱う商材は、工場の生産工程を自動化するセンサーなどの、ファクトリーオートメーション向けの機器。単価と付加価値の高い製品を販売しているのです。
キーエンスの2022年3月期の売上高は7,551億円。原価は1,339億円でした。売上総利益率(粗利率)は82.3%にも上ります。
工場の生産設備を提供している会社に平田機工がありますが、この会社の売上総利益率は18.9%。似た事業を展開していたとしても、ビジネスモデルの差がこれだけの違いを生んでいます。
営業マシーンと化したキーエンスの特異なスタイル
キーエンスの営業活動は属人化を徹底的に排除していることで有名。社員は細部までKPIで管理されます。KPIというと聞こえはいいですが、要するにノルマです。営業の電話をかけた回数を報告し、達成していなければなぜできなかったのかを徹底的に追及されます。
契約を獲得するまでの面談回数、提案回数などもすべて数値で管理し、スコア化されます。これにより、成約率の高い社員と低い社員の何が違うのかを見分けるのです。
成約率の低い社員は高い社員の数字をもとにKPI管理され、改善活動を続けなければなりません。
キーエンスの提案先は工場の生産管理者や経営者など、専門的な知識を持っている人が対象。新人だからといって、知識量に差があっては契約がとれません。そのため、顧客の課題に沿った提案事例がすべてマニュアル化され、それを自分の中に落とし込みます。
つまり、提案資料を作る代わりに、提案方法を繰り返しトレーニングすることが求められるのです。一連の営業活動はプロセス化されており、営業部にありがちな「〇〇さんしかこの案件はできない」ということがありません。
キーエンスは高報酬であることは間違いありませんが、普通の会社員ならすぐに音をあげてしまうような過酷な環境で働いています。
高報酬にはそれなりのワケがある
M&AキャピタルパートナーズはM&A仲介業です。会社を売りたいと考えているオーナーと、買いたいと考えている経営者をマッチングする仕事です。中小企業基盤整備機構によると、日本の中小企業者数は350万社を超えています。高度経済成長期に立ち上げた会社も多く、後継ぎが不足する事業承継問題に悩んでいる経営者が多くいます。
M&A仲介業はそのような時代背景があって勢力を拡大しました。
同業他社も年収が高いことが特徴。ストライクは1,432万円、M&Aセンターホールディングスが1,243万円です。
M&A仲介は基本的に売り手と買い手を繋ぐ仕事であり、営業活動に特化しています。設備投資はほとんど必要ありません。
M&Aキャピタルパートナーズの2021年9月期の売上総利益率は64.4%。粗利率は高い傾向がありますが、実は原価に人件費が含まれています。
下の表はM&Aキャピタルパートナーズの原価明細書です。2021年9月期の原価46億8,400万円のうち、78.2%の36億6,100万円が人件費に充当されています。
※有価証券報告書より
この原価明細書のポイントは、人件費のうち賞与が28億2,200万円となっていること。年収のほとんどは成約数に応じて支払われるインセンティブなのです。M&Aキャピタルパートナーズの求人を見ると、初年度見成約時の平均年収は715万円となっています。
M&A仲介業は競合が多く、売り手1社に対して複数の会社が声をかけているケースが少なくありません。長い時間をかけて交渉をしても、成約に至るケースは少なく、厳しい営業活動が要求されます。
売り手や買い手の課題や狙いが千差万別のため、キーエンスのように営業活動をマニュアル化できません。属人的になりやすい業種だと言えます。
やり手の営業担当者は稼げるものの、提案力に欠ける人は長く続かない厳しい世界でしょう。
価格交渉力の弱い業界は低年収に甘んじることも
年収が低いことで知られるトスネットは平均年収が267万円。日本人の平均年収のおよそ6割に留まっています。
トスネットの年収が低い理由は2つあります。1つは宮城県仙台市に本社を構え、地方都市を中心にビジネスを展開していること。もう1つは警備という他社と差別化を図りづらい業種であることです。
厚生労働省の「令和3年賃金構造基本統計調査」によると、2021年の都道府県別賃金(1ヶ月当たり)で、東京都は36万4,000円ですが、宮城県は27万7,000円と23.9%低い結果が出ています。
東京は他県と比較して突出して高くなっています。コロナ禍をきっかけとして地方への移住が一部進みましたが、賃金格差の解消までには至っていません。
トスネット単体の損益計算書を見ると、売上総利益率が36.7%と低い傾向があります。この会社もM&Aキャピタルパートナーズと同じく、原価の多くを人件費が占めています。
原価8億2,800万円のうち、給料と賞与が6億1,500万円(74.3%)。トスネットは売上高のおよそ半分が人件費で消えていることになります。警備会社の難しさは、付加価値をつけづらい業種だということです。
他社との差別化が図れないため、価格交渉力が弱いのです。それが年収の低さに表れています。
中華料理店の東天紅はコロナに翻弄されました。2022年2月期の平均年収は296万円。しかし、コロナ前の2019年2月期は396万円でした。100万円減っています。
東天紅はやや単価の高い中華料理店を展開しています。特に企業などの大宴会に強みを発揮していました。宴会需要消失の影響を真正面から受けたのです。2022年2月期は9億4,600万円、2021年2月期は19億3,800万円の純損失を計上しています。
東天紅は幸いにも資本に厚みがあったため、何とか耐えています。社員ともどもコロナ禍からの立ち直りを待っているというのが実情でしょう。
取材・文/不破 聡