■連載/ヒット商品開発秘話
冬のファッションで持っておきたいのがニット。しかし、毛玉ができてしまうのが難点だ。
この問題を解決した毛玉ができにくいニットが現在、評判を呼んでいる。LEPSIM(レプシィム)の『満たされニット』のことである。
2021年10月に発売された『満たされニット』は、毛玉ができにくい独自素材を採用。プルオーバーやカーディガンなどをラインアップしている。
2021年シーズンは6型販売し7万6000枚を売り上げた。2022年シーズンは10型に拡大し14万3000枚を生産しているが(2022年末入荷分も含む)、現在のところ順調に売れているという。
ニットは毛玉ができるものだけど……
LEPSIMは40代以上の女性をメインターゲットにしたアパレルブランドで、全国で114店舗を展開(2022年12月4日時点)。GLOBAL WORK(グローバルワーク)やniko and …(ニコアンド)、LOWRYS FARM(ローリーズファーム)などを展開するアダストリアが手がけている。
『満たされニット』の開発は、アダストリアの自社ブランド商品を販売する公式WEBストア『.st(ドットエスティ)』に書き込まれたユーザーレビューの内容に着目したことが発端になった。LEPSIMのMD(マーチャンダイジング)を担当するレプシィム営業部 マネジャーの加藤祥史氏は次のように話す。
「ニット商品をお買い上げいただいたお客様の声をチェックしていると、毛玉ができることの不満が書き込まれていることがあります。私たちからするとニットはそういうものだというのが認識なのですが、その反面、毛玉ができにくいものができればすごくいいものになると思っていました」
確かにニットは毛玉ができやすいが、12ゲージ以上のハイゲージで編まれた薄手のニットは毛玉ができにくい(ゲージ:編機の針の密度)。しかし編み上がるとボリュームが出てくるミドルゲージ(7〜10ゲージ)やローゲージ(5ゲージ以下)のニットになると、毛玉ができやすくなる。
「ニットは、モノによっては10回ぐらい洗濯したら毛玉ができます。価格が高かろうが安かろうが関係ありません。すぐにはできるとは思っていませんでしたが、LEPSIMを一番ご愛用いただいている40代女性に長く愛してもらえるものの1つにミドルゲージ以上で毛玉ができにくいニットを位置づけ、実現するための素材を生産部にリクエストしました」
このように振り返る加藤氏。こうして、独自開発した素材を使って『満たされニット』をつくることにした。
完成に3年近く要した新素材『ラクリル』
加藤氏からリクエストを受けた生産部レプシィム生産チーム マネジャーの寺坪靖宗氏は、当時のことを次のように振り返る。
「生産に携わっている人間からしても、ニットは毛玉ができるものという感覚です。だけど、お客様の声をわれわれがしっかり受け止めて次の商品開発につなげていくことが、今後の売上であったりブランドの成長につながったりすると思いました」
新素材は後に『ラクリル』と名付けられたが、リクエスト受けてから完成までに3年ほどの時間を要した。実現するには3つの課題を克服しなければならなかった。
第1の課題は柔らかさ。毛玉をできにくくする一方で、厚手になっても柔らかさを維持できるようにすることが求められた。
第2の課題は原料。糸が飛び出しづらく柔らかいものを使うことにした。この条件に合致するのはアクリルだが、紡績メーカー各社のアクリル糸で編んだ生地を、寺坪氏を始め加藤氏やLEPSIMのデザイナーなどがチェック。LEPSIMに求められている風合いに近いものを選び、その後撚糸を行ない検証した。
第3の課題は価格。LEPSIMは冬物の1品単価が平均で3000円から4000円あたりだが、いくら高機能な素材を使い毛玉をできにくくしても単価が突出して高くなるとユーザーの納得が得られない。
このような課題克服に挑んだが、毛玉はできにくいものの風合いが硬かったり、糸を改良し柔らかい風合いにすることができてもコストがかかりすぎたりしてしまった。機能、風合い、価格のバランスをうまく取ることは容易ではなかった。
「商品ごとに適した柔らかさなど細かいことは皆がわかっているので、実現するためにトライ&エラーを繰り返し、検討を重ねてきました」と話す寺坪氏。将来いかなるものをつくることになっても対応できるよう、編み方、何ゲージで編むか、柄なども念頭に入れて検討を重ねた。
未着用(左)と10回着用して10回洗濯したもの(右)の比較。10回洗濯しても毛玉がほぼ見当たらず、パッと見ただけでは未着用と判別がつかないほど
12月にはほとんど売り切る
こうして完成した『ラクリル』を使い、2021年シーズンはプルオーバーやカーディガン、パンツ、スカートなどをつくる。
「トレンドに沿ったものをつくりたかったのはもちろんですが、いい素材ができたのでトップスだけつくるのはもったいないと思っていました」と加藤氏。ニットアップ(ニットの上下)がトレンドになり始めた頃だったので、トップスだけではなくボトムスもつくり、上下をニットでコーディネートできるようにすることを意識した。
販売を始めると、予想を超える売れ行きとなった。モノによっては10月中に売り切れてしまったほど。12月にはほとんど売り切ってしまい、結果的に欠品を起こしてしまったほどだった。寺坪氏は次のように話す。
「生産の立場から言うと、どれだけ売れるかがわからなかったので追加生産できるだけの原料を確保していませんでした。追加生産をしたとしても、コスト削減の一環で生産の一部を中国からベトナムに移管していましたので、つくっても日本に持ってくるのに時間がかかり、必要なときに間に合わなかったです」
予想を超える売れ行きは、会社を挙げて押し出したことも実現の一要因になった。モデルを起用して商品を見せる、バナーをつくりサイト上の特集ページに誘導するといったことを『.st』上で展開したほか、POPのような店頭販促物も制作した。
アダストリア
レプシィム営業部 マネジャー
加藤祥史氏(右)
生産部レプシィム生産チーム マネジャー
寺坪靖宗氏(左)
新作のワンピースはニットにニットを重ねる
前年の結果を受け、2022年シーズンは品番数と生産枚数を大幅に増やしている。タートルネックだけで3万枚生産したほど。『ラクリル』についてはより柔らかく改良したものを使っている。
2022年シーズンから新たに発売されたアイテムの1つがワンピース。1着がニットの2枚セットになっており、重ねて着ることでワンピースになる。ニットにニットを重ねると擦れて毛玉ができやすくなるが、毛玉ができにくいことを生かして意欲的なものを送り出した。
2枚セットになっているので、それぞれをバラバラに着ることも可能。ワンピースでありながら着回しがきく。
ワンピースは2枚に分かれ、それぞれ単独で使用可能。手持ちの服と合わせられるので着回しがきく
また、2021年シーズンは色物で展開したが、2022年シーズンは色物と柄物の2つで展開。スカートなどの新作で柄物を発表しており、トレンドになっている幾何学模様を取り入れた。
12ゲージ満たされアソートスカート。トレンドの幾何学模様を取り入れた
取材からわかった『満たされニット』のヒット要因3
1.デザイン、機能、価格のバランスが取れている
最新トレンドに毛玉ができにくいという新機能を盛り込みながらも、1品当たりの平均単価を大きく逸脱していない。デザイン、機能、価格のバランスが取れているといってもいい。
2.ターゲットが求めているものと会社が求めるものが合致
手頃な価格ながらオシャレで高品質。LEPSIMのメインターゲットである40代以上の女性が求めているものとアダストリアも求めていることは同じだったが、両者の求めるものが実現した。
3.しっかり訴求できた
優れた新素材による新しい機能は必ず支持されるとの思いから販促施策を展開。訴求に力を入れた結果が実った。
GLOBAL WORKやLOWRYS FARMなどアダストリアの他のブランドでも、2022年シーズンから『ラクリル』を使ったニットの展開が始まった。『満たされニット』についてはリピータが多く、昨シーズン気に入った人が今シーズンも買い求めたりするといったケースや同じものの色違いを購入するといったケースが見られるという。手頃な価格帯なので、気になる人は試しに買い着てみるのもいいだろう。
文/大沢裕司