■連載/ヒット商品開発秘話
1979年にステンレス製のメタルウッドを生み出し、それまで約100年続いたパーシモンウッドの時代に終止符を打ったのがテーラーメイド ゴルフ。その後、ステンレスよりも軽量・高強度のチタンをヘッドに採用するなどテクノロジーは進歩したが、同社はまたしてもゴルフ界の常識を覆した。2022年に2月4日にカーボンフェースを採用した『STEALTH(ステルス)』シリーズを発売したのである。
『STEALTH』シリーズは、カーボンを活用したヘッドの可能性を追求したもの。ドライバーのフェースにカービンを採用した。商品名は、極秘裏での開発を意味するコードネーム『STEALTH』に由来する。プロジェクト開始から20年以上の年月をかけ誕生した。
発売されるや否や爆発的に売れた。発売された2月4日は金曜日だったが、発売から3日間で、その週に売れたドライバーのシェア80%(金額ベース)を達成。2022年1月から9月末までの間に売れたドライバーのシェアでは38%(同)となりトップに立っている。
『STEALTH』シリーズ2月の発売時、全4モデルを発売。写真は『STEALTH』のドライバーで、ドライバーのほかにはフェアウェイウッド、レスキュー(ユーティリティのことを指すテーラーメイドの呼称)、アイアンをラインアップしている
20年間研究とテストを繰り返す
開発プロジェクトがスタートしたのは2000年。カーボンはすでにシャフトには活用されていたが、ハードグッズプロダクト アジア ディレクターの高橋伸忠氏はこのように振り返る。
「金属に比べて設計自由度が圧倒的に高いカーボンの特性を、シャフトだけではなくヘッドに生かすために研究が始まりました」
誕生までに20数年の時間を要したが、これほどまで長い時間を要したのは試行錯誤の連続だったからである。高橋氏は開発全体を次のように話す。
「カーボンをこのように織り込んだらどこに使えるか、何層重ねると使うのに適したものになるのか、といったことも含め、いろんな研究やテストを行なってきました。研究とテストを繰り返してきたので20年以上かかってしまいました」
地道な研究とテストの一方で、デザインやボールを打ったときの音といった購買動機につながる点にも注力。デザインでは、ドライバーのフェースを一般的なブラックやシルバーではなくレッドにした点が大きな特徴となっている。
音については、ソールが金属のため反響しやすくなっているほか、カーボンフェースを溶接ではなく接着しているのでソールの金属音が溶接したところでこもることがない。このため打ったときの音は、「バチーン」という音と金属ならではの「キン」という音が融合したようなものになった。
テーラーメイド ゴルフ
ハードグッズプロダクト アジア
ディレクター
高橋伸忠氏
気に入って持ち帰ったサンプルで復帰戦に出場したタイガー・ウッズ
開発にはプロゴルファーにもサンプルが提供されテストに協力してもらったが、サンプルの段階からいたく気に入ったのがタイガー・ウッズ。プロの使用は一般販売に先行して2022年1月のツアーからとしており、これに合わせて準備をしていたが、タイガーは2021年秋のテストでサンプルを気に入ってしまい、持ち帰ってしまった。
本来、サンプルを持って帰ってしまうのはプロであっても厳禁な行為。しかも、タイガーはこれだけにとどまらず、2021年12月に開催されたエキシビションマッチに息子と一緒に出場した際、サンプルを使ってしまったほどだった。高橋氏は次のように話す。
「本来ならまずいことですが、タイガーがそこまで気に入っていると『ダメです』とは言えないです。エキシビションマッチは、交通事故によりゴルフができないと危ぶまれたタイガーが復帰したことから世界が注目しましたが、このタイミングで赤いフェースのドライバー使ったので、一般販売後の売れ行きに火がついたところがありました」
4月末まで続いた品薄状態
発売開始時に4つのモデルを発売した『STEALTH』シリーズだが、当初は一般ゴルファー向けの『STEALTH』と上級者やプロを対象にした『STEALTH Plus+(ステルス プラス)』の2つだけが企画されていた。
『STEALTH Plus+』。写真はドライバーで、このほかフェアウェイウッドとレスキューをラインアップする。SELECTFIT STORE(カスタマイズの対応などが可能なテーラーメイド認定店)限定で販売される
ただ、一般ゴルファーの力量は様々。『STEALTH』だけではカバーしきれないことから、途中からより扱いやすい『STEALTH HD』が企画・開発された。
『STEALTH HD』。ラインアップされているのは写真のドライバーのみ
『STEALTH』のデザインやサイズ感を見直した『STEALTH Women’s』も途中から企画・開発された。つくることにしたのは、女性上級者向けのモデルがほとんどないため。女性ゴルファーの上級者では男性用のクラブを短くして使う傾向が多く見られた。
『STEALTH Women’s』写真のドライバーのほか、フェアウェイウッド、レスキュー、アイアンがラインアップされている
発売に当たり記者発表された『STEALTH』シリーズは、メディアにも大きく驚かれた。チタンヘッドをやめてカーボンヘッドにすると明言したからだが、衝撃的な発表だったことから大々的に報じられた。
発売と同時に爆発的な売れ行きになったが、高橋氏によれば、特別なことは何もしていないそうだ。メディアが大々的に報じたことで、多くのゴルファーの興味・関心を惹きつけることができた。
発売後は供給が追いつかず、4月いっぱいまで品薄状態が続いた。店舗によっては、発売前に予約の受付を打ち切ったほどだった。
日本市場専用モデルとの融合
『STEALTH』シリーズは発売後、ラインアップを拡大していく。
まず3月に、公式オンラインサイトと直営店(銀座、南町田、軽井沢、岡崎、広島)で『My STEALTH Plus+』ドライバーの予約受付を開始する。『STEALTH Plus+』ドライバーのカラーを自分好みにカスタマイズするもので、フェースやクラウンの仕上げなど4か所のオプションを好きなものに変更することができる。
『My STEALTH Plus+』ドライバーのカスタマイズ例
7月になると『STEALTH UDI』(以下UDI)と『STEALTH DHY』(同DHY)が発売された。UDIは“ULTIMATE DRIVING IRON”、DHYは“SUPERIOR DRIVING HYBRID”の略である。
UDI/DHYはともに、フェアウェイウッドとアイアンの中間に位置するユーティリティ(テーラーメイドでは「レスキュー」と呼称)というカテゴリーに分類されるもの。ユーティリティにも初心者向けのやさしいものから上級者向けのものまでいろいろあるが、UDI/DHYはどちらも上級者向けになる。
そして10月に、『STEALTH GLOIRE(ステルス グローレ)』シリーズが発売される。日本人が日本人のために企画・開発・テストして完成させた日本市場専用モデルの『GLOIRE』に『STEALTH』の最新テクノロジーを融合した。高橋氏は次のように話す。
「『GLOIRE』は日本人が好みを突き詰めて開発したモデルですが、最新技術をどんどん採り入れていきたいという想いがあります。われわれの最新技術はカーボンウッド。『GLOIRE』も一歩進んでカーボンウッドで展開しようとしたとき、このカテゴリーを拓いた『STEALTH』のインパクトが必要でしたので『STEALTH GLOIRE』に進化させました。『STEALTH』というグローバルモデルのいいところと、『GLOIRE』という日本市場専用モデルならではのいいところ、大切なところをしっかり融合させています」
『STEALTH GLOIRE』シリーズ。写真は『STEALTH GLOIRE』のドライバーで、このほかにはフェアウェイウッド、レスキュー、アイアンをラインアップする。『STEALTH GLOIRE Women’s』(ドライバー、フェアウェイウッド、レスキュー、アイアン)とSELECTFIT STORE限定販売の『STEALTH GLOIRE Plus+』(ドライバー)の2モデルもある
取材からわかった『STEALTH』シリーズのヒット要因3
1.スペックの向上
ドライバーのフェースにカーボンを採用した最新テクノロジーを搭載。初速が速くなったり飛距離が伸びたりといった従来のクラブからスペックが上がっている。
2.所有欲を満たせる
ゴルフクラブは決して安いものではないので、使いやすさや性能の高さはもちろんのこと、デザインやボールを打ったときの音の良さも重要になる。ドライバーのフェースをレッドにしたり音をつくり込んだりして、ユーザーの所有欲を満たせるものができた。
3.インパクトが大きかった
フェースにカーボンを採用したカーボンヘッドを初めて世に送り出した。しかも、それまでのメタルウッドをやめてカーボンウッドにスイッチすることを明言。このインパクトは大きく話題性十分だった。
『STEALTH』シリーズを使ったユーザーの反応で多いのが「飛ぶ」「打感が好き」だという。気になる人は試し打ちしてから購入を検討したいと思われるが、試打会が開催されたときに参加して実際に確かめてみるのがいいだろう。
製品情報
https://www.taylormadegolf.jp/2022-new-product.html?lang=ja_JP
https://www.taylormadegolf.jp/stealth-gloire.html?lang=ja_JP
文/大沢裕司