“弱いつながり”で仕事が増える?
さかえ通りを進む。こうして街歩きをしている中、たまたま出くわして立ち話ができるような“弱いつながり”は、なくなってみると貴重なものであると思わないこともない。最新の研究では“弱いつながり”が職探しに有利に働くことが報告されていて興味深い。
弱いつながりの効力は、社会的ネットワークを介した情報の伝達に影響を与える上で、弱い関連性の重要性を強調する有力な社会科学理論です。
実験ではつながりが弱いと求人情報が増加することが示されましたが、それはある程度までであり、その後はつながりの弱さによる限界利益が減少します。
著者らは最も弱いつながりが仕事の流動性に最大の影響を及ぼし、最も強い結びつきが最も影響が少なかったことを示しています。
まとめるとこれらの結果は明らかな「弱いつながりのパラドックス」を解決するのに役立ち、弱いつながり理論の妥当性の証拠を提供します。
※「Science」より引用
マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院をはじめとする合同研究チームが2022年9月に「Science」で発表した研究では、弱いつながりからもたらされた情報が転職を成功に導く可能性を高めていることを報告している。
1973年にスタンフォード大学の社会学者、マーク・グラノヴェッター氏は「弱い紐帯の強み(よわいちゅうたいのつよみ)」と呼ばれる仮説を提唱している。
グラノヴェッター氏によれば、新規性の高い価値ある情報は、自分の家族や親友、職場の仲間といった社会的つながりが強い人々(強い紐帯)よりも、知り合いの知り合いや、ちょっとした知り合いなど社会的つながりが弱い人々(弱い紐帯)からもたらされる可能性が高いという。しかしこの「弱い紐帯の強み」のメカニズムを証明することは困難であることがこれまでに指摘されている。
そこで今回、研究チームはプロフェッショナル・ネットワーキングサイトのLinkedIn(リンクトイン)の「People You May Know」と呼ばれる機能を通じてユーザー同士がどのようにつながり交流を成立させているのか、2000万人を超えるユーザーを対象に5年間のデータを分析した。
対象のユーザーは5年間で20億件の新しいつながりを得て、60万件の転職が行なわれた。そしてそれぞれの人的つながりの強弱が測定されたのだ。
データを分析した結果、比較的弱いつながりは、強いつながりよりも転職に到る可能性が高いことが浮き彫りになったのである。しかし弱すぎるつながりにはこの効果はなかった。さらにこの調査結果はIT業界などの高度にデジタル化された仕事にのみ適用されることもわかった。
確かによく知っている“強いつながり”の人物についてはプライベートの部分なども知っているだけに気軽に何かを依頼できないという側面もあるのかもしれない。その意味では“弱いつながり”の人物は条件さえ満たしていれば気軽に仕事を依頼しやすいケースもありそうだ。たまに出食わして立ち話をするような“弱いつながり”の人物を多く持っていれば、仕事面でのチャンスなどがそれなりに増えるといえるのかもしれない。
カウンター席だけの洋食店で久しぶりの味を堪能
そういえば久しく訪れていないカウンター席だけの洋食店があったことを思い出した。右側に並ぶ雑居ビルの1階に向かうと、昔と変わらぬその店の外観が見えた。店の正面はガラス張りで店内は外からも丸見えである。人気店だが今は席に余裕がある。久しぶりに入ってみることにしよう。3、4年ぶりくらいかもしれない。
店先にある自動販売機で食券を購入する。店構えは昔のままだが、この券売機はまだ比較的新しい。千円札を投入して「スタミナ焼ランチ」のボタンを押した。かつてここでよく食べていたメニューだ。
店内に入って空いている席に着き、食券をカウンターの高くなっている台に置く。お店の人からコップの水を差し出されると共に調理場の人にメニュー名が伝えられ注文が通る。
調理場に目を向ける。久しぶりの訪問となり、調理に腕を振るっているお店の人の姿も久しぶりに拝見することになった。この店に初めて来たのは優に20年以上も前のことだとは思うが、その時からこの方が料理を作っていたはずだ。素晴らしいことである。
チェーン店ならともかく、個人店の場合は当然だが基本的に店主がずっと店に出て切り盛りしている。長く続いている店であれば、その店イコール店主の顔ということにもなるだろう。常連にもなれば店主とちょっとした雑談をするようにもなったりしても不思議ではない。それはまさに“弱いつながり”の交流の場となる。
さらに言えば、別に言葉を交わす間柄にならなくてもいいのだろう。お店の人にたまに来る客だと認識してもらえるだけでも“弱いつながり”は生まれているのだ。前出の研究によれば弱すぎるつながりにはあまりメリットはないようではあるが、別に何か下心があって店に通うわけでもないのだから、それはそれで構わない。
料理がやってきた。味噌汁にライス、そしてスタミナ焼の大皿が目の前の台に置かれる。さっそくいただくことにしよう。
スタミナ焼の甘辛いキャベツと豚肉を噛みしめる。確かにこういう味だったなと思い出しつつも、その美味しさからすぐにライスで追いかけたくなる。けっこうボリュームがあるが腹も減っていたことだし、案外すぐに平らげてしまいそうだ。
……弱すぎるつながりにはあまり実益はないとはいっても、強いつながりを求められるのは個人的には勘弁願いたいものである。ごくたまにではあるが、初めて入った酒場などが完全に常連ご用達の店であることがわかり、すぐ会計を済ませて出ることがあったりもする。当然だが二度とその店に行くことはない。
“弱いつながり”を大事にしていきたいものだが、しかしその“弱いつながり”をむやみに強くさせられるようなプレッシャーからは距離を取りたいものだ。そう考えてみれば、近くにいるが10年以上1度も会うことがない同業者の気持ちもわからなくはない。今後、万が一にも街でその知人を見かけた時、気づかなかったふりをして何気なくすれ違うのが“大人の対応”であるような気もしてくる。
文/仲田しんじ