世間で売られている商品には「定価」があると思われがちですが、実際に「定価」が設定されている商品は少数派です。
ほとんどの商品は「オープン価格」とされているか、または「小売希望価格」が設定されています。
「定価」と「小売希望価格」は混同されがちですが、実は異なる意味を持ちます。その違いを正しく理解するには、独占禁止法で定められた「再販売価格維持行為」の禁止に関するルールを知っておかなければなりません。
今回は、定価と小売希望価格の違いや、再販売価格維持行為の禁止に関するルールの内容などをまとめました。
1. 「定価」と「小売希望価格」の違い
「定価」と「小売希望価格」は、いずれも法律上の用語ではありませんが、一般に以下の意味合いで用いられています。
(1)定価
メーカーにより、小売価格として指定された価格です。小売店は原則として、定価以外の価格で商品を売ることはできません。
(2)小売希望価格
メーカーによって示された、小売価格の目安です。小売希望価格にかかわらず、小売店は自由に価格を設定して商品を販売できます。
定価と小売希望価格の大きな違いは、小売店に対する拘束力の有無です。定価は小売店を拘束しますが、小売希望価格は小売店を拘束しません。
自由競争の観点からは、商品の価格は市場原理に任せるべきであり、「定価」を設定することは原則として不適切と考えられます。
そのため独占禁止法※では、「再販売価格維持行為」の禁止に関するルールを設けて、メーカーによる小売価格のコントロールを制限しています。
※正式名称:私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律
2. 独占禁止法による「再販売価格維持行為」の禁止
独占禁止法は、事業者間の公正かつ自由な競争を促進するために、必要な規制を定めた法律です。
メーカーが「定価」を定めることは「再販売価格維持行為」に該当し、原則として独占禁止法違反となります。
再販売価格維持行為とは、以下のいずれかに該当する拘束条件を付して、商品を供給する行為を指します(独占禁止法2条9項4号)。
(1)小売店に対して、商品の販売価格を定めてこれを維持させること、その他商品の販売価格の自由な決定を拘束すること
(2)卸売業者に対して、小売店に商品を卸す際に(1)の条件を付けさせること
再販売価格維持行為は、小売店による自由な価格設定を妨げ、市場における公正・自由な競争を阻害する面があるため、原則として「不公正な取引方法」に当たり違法です。
商品のメーカーが「定価」を設定して、小売店による販売価格を拘束することは、再販売価格維持行為そのものにほかなりません。したがって、メーカーは原則として商品の定価を設定できず、「オープン価格」や「小売希望価格」などが採用されています。
3. 「定価」の設定が独占禁止法違反に当たらないケース
ただし独占禁止法では、以下のいずれかに該当する場合には例外的に、メーカーによる「定価」の設定を認めています。
3-1. 一部の著作物には「定価」を設定できる
著作物を発行する事業者等による再販売価格維持行為は、正当なものである限り、禁止の例外とされています(独占禁止法23条4項)。
ただし、公正取引委員会の運用上、すべての著作物について再販売価格維持行為が認められているわけではありません。再販売価格維持行為が認められる著作物は、以下の6品目のみです。
・書籍
・雑誌
・新聞
・レコード盤
・音楽用テープ
・音楽用CD
これらの著作物について再販売価格維持行為(=定価の設定)が認められているのは、歴史的な商慣行による部分が大きいと考えられます。そのため、現代においても再販売価格維持行為を認めるべきかどうかについては、賛否両論がある状況です。
3-2. 正当な理由がある場合には「定価」を設定できる
再販売価格維持行為は、正当な理由がある場合には例外的に認められます。
正当な理由の有無については、公正取引委員会の定めるガイドラインにおいて基準が示されています。具体的には、以下の要件をすべて満たす場合に限り、再販売価格維持行為の正当な理由が認められます(第1部第1「2再販売価格の拘束」(2))。
①事業者による自社商品の再販売価格の拘束によって、実際に競争促進効果が生じてブランド間競争が促進されること
②①によって当該商品の需要が増大し、消費者の利益の増進が図られること
③当該競争促進効果が、再販売価格の拘束以外のより競争阻害的でない他の方法によっては生じ得ないものであること
④再販売価格の拘束が、必要な範囲および必要な期間に限られること
参考:流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針|公正取引委員会
4. 独占禁止法に違反して「定価」を設定した場合のペナルティ
独占禁止法に違反して再販売価格維持行為(定価の設定)を行った商品メーカーは、以下のペナルティを受ける可能性があります。
(1)排除措置命令(同法20条1項)
公正取引委員会により、再販売価格維持行為の差止めや、関連する契約条項の削除などが命じられます。
(2)課徴金納付命令(同法20条の5)
公正取引委員会により、違反行為期間における売上高の3%に相当する金銭の納付が命じられます。課徴金納付命令の対象となるのは、10年以内に複数回の違反を犯した事業者です。
(3)損害賠償責任(同法25条、26条1項)
排除措置命令の確定後、正当な理由なく行った再販売価格維持行為によって、他事業者に損害を与えた場合、その損害を賠償する責任を負います。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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