■連載/ヒット商品開発秘話
レトルト食品を温めることに特化した家電が話題を集め、現在売れている。アピックスインターナショナルの『レトルト亭』のことである。
2022年1月に発売された『レトルト亭』は、レトルト食品1食分を温める。本体にセットし内容量に応じてタイマーで時間を設定したら、あとは時間が来るのを待つだけだ。これまでに5万3000台以上が売れている。
便利なレトルト食品の面倒な点を解消
開発のきっかけは新型コロナウイルスの感染拡大。外出自粛などからレトルト食品の売上が伸びたといった報道を受けて、2020年に社会問題になった直後から検討された。
「オフィスへの出勤からテレワークに移行して、私自身も家でレトルト食品を食べる機会が増えました。何かつくって食べるほど休憩時間があるわけではないからです。仕事に集中していると休憩をとる時間が押してしまうことがあることも、レトルト食品を食べる機会を増やしました。こうしたことから、より簡単に温めることができないか、お湯を沸かすのが面倒だ、といった課題が見えてきました」
このように話すのは、開発を担当した商品開発部の佐藤元紀氏。食べる機会が増えるにつれていろいろ見えてきた面倒な点を解決できるものを開発することにした。
コタツから得た温め方のヒント
『レトルト亭』は本体に差し込んだレトルトパウチの両側を100℃前後の低温ヒーターで温める。姿形が似ているのでポップアップトースターを参考にしたように思えるが、ヒントはコタツから得た。その経緯を佐藤氏はこう話す。
「まだ寒い4月頃のことですが、家でコタツに入りながら仕事をしていました。寒かったのでコタツから出てお湯を沸かしレトルトを温めるのが面倒臭かったので、コタツのヒーターに当てていれば少しは温まるだろうと思いました」
早速レトルトカレーをコタツのヒーターに当ててみた佐藤氏。コタツに入り手や膝でレトルトカレーをヒーターに押し当てること30分ほど。ぬるいが美味しく食べられるぐらいに温めることができた。
コタツでは片面しか温められなかったが、両面から温めれば温かく仕上がり、なおかつ短時間でできる。コタツでの検証で得られたこのような気づきから、レトルトパウチの両側を温めるアイデアが生まれた。
このアイデアが生まれてすぐさま、どこで使うかを構想。最適な場所は炊飯器の横とした。
ただ、炊飯器の横は概して狭い。コンパクトにすることが不可欠だった。佐藤氏は次のように話す。
「ずっと置きっ放しにしておかないと継続して使ってもらいづらいので、狭い幅のわずかなスペースにも置きっ放しにできるサイズにすることが必要だと感じました」
サイズは結果的に、幅255×奥行80×高さ200(単位mm)となった。カレーの特盛、メガ盛クラスまで対応。カレーだけではなくパスタソース、丼物、スープ、惣菜など様々なレトルト食品に対応する。
日中の文化の違いを乗り越えて開発
『レトルト亭』のアイデアについて同社のトップマネジメントは「こんなもの売れるのか?」と懐疑的。社員は世代によって反応が分かれた。若い世代ほど「こういうのがあったら便利」と肯定的だったが、40代以降は「お湯ぐらい沸かせよ」「レトルト食品はすでに便利だろ」とトップマネジメントと同様に懐疑的であったり、否定的であったりした。
設計や生産を委託する中国企業の理解もなかなか得られなかった。中国ではレトルト食品を食べる習慣がほとんどないためである。
商品企画がなかなか伝わらず、開発着手前に文化の違いを乗り越える必要に迫られた。日本文化を理解している現地の中国人スタッフの協力も得て説明を繰り返したほか、温めるレトルト食品の現物を見てもらうなどして、ようやく理解される。理解してもらうまでに2、3か月はかかったそうだ。
開発で悩んだことの1つが、タイマーの表示だった。分表示にするとレトルトを湯煎もしくはレンジで温める時間に合わせてしまう懸念があったからであった。レトルトの内容量に合わせてタイマーを設定してもらうことにしたが、「これがわかりやすいのかどうかの判断はなかなかつかず、最後まで迷ったところでした」佐藤氏は振り返る。
レトルト亭のタイマー。内容量に合わせ小盛(130g〜179g、時間は約6分半)、普通(180g〜259g、同約8分)、大盛(260g〜300g、同約10分/最大)に合わせる。100g〜129gと小盛よりも少ないものはパイロットランプの下に合わせる(同約5分)。
中国で試作されたものは日本に送ってもらい検証。完成品の検証は3、4回だったが、構造の検証を含めるとさらに5、6回はやり取りをしている。
想定外のアクシデント対応に追われる
社内で反応が割れたことから、同社は2021年2月頃、消費者に直接、欲しいかどうかを問うことを決定。試しにクラウドファンディングで販売し、反応が良ければ市販化、良くなければ市販を見送ることした。
8月に実施したところ、開始当日に目標をクリアし、最終的に3200台を販売。文句なしで市販化は決まった。「1000台売れれば万々歳と思っていたので、この結果はできすぎです」と佐藤氏は話す。
11月に市販開始する予定で準備が進められたが、思わぬ事態が発生する。クラウドファンディングで購入したユーザーから、レトルトパウチが温まりすぎて膨張するという現象が報告されたのだ。原因の究明と対策のため、市販が延期されることになった。
膨張原因はレトルトパウチの個体差、環境要因、食品そのものなどと想定されたが、結論は突沸(液体を加熱した際、突発的に沸とうする現象)とした。対策として、投入口にセットしたらヒーターとレトルトパウチが密着しすぎないようにする追加パーツを購入者に提供することにした。市販品は対策済みになっている。
試作検証では膨張は確認されなかった。佐藤氏はこのように話す。
「レトルトパウチがヒーターと密着しすぎて圧力鍋のような状態になり、中の具材が急に沸とうすることで気化膨張。水分が少なく油分が多いもので突沸を起こしやすい傾向があることがわかりましたが、後に小豆を使った商品も突沸を起こす確率が高いことがユーザーの報告から判明しています。安全に使えるよう、なるべく圧力をかけず熱を少し逃すことができる仕様を変えました」
タッチポイントを増やし認知拡大を図る
『レトルト亭』は小売店で販売されたときに機能が正しく伝わるかどうかが懸念された。こうしたことから、専用什器を用意して店頭に置いてもらうことにした。感度の高い小売店になると、独自にPOPをつくったり、専用の売場をつくってくれたりしたところもあったほどだった。
クラウドファンディングで成功しメディアでの注目度も高かったが、まだ広く知れ渡っているとは言い切れず、認知度の向上はこれからの課題。今後はタッチポイントを増やして利用イメージや利用シーンを訴求していきたい考えだ。手始めに10月1日と2日に実施されたアウトドアにまつわるブランドが集まるイベント『OUTDOOR SMILE』に出展。キャンピングカー内での使用はもちろんのこと、ポータブル電源につなげば屋外でも使え便利であることを訴求した。
コンパクトなのでキャンピングカーに置いても邪魔にならず、車中泊も際も便利
ポータブル電源に接続して使えるので、キャンプでも使うことができる
取材からわかった『レトルト亭』のヒット要因3
1.尖っていて目立つ
レトルト食品を温めることに特化。これだけ尖っていると、感度の高い人たちが真っ先に飛びつくのも自然なことだった。
2.不便を感じていた人に深く刺さった
レトルト食品は便利だが、お湯を沸かすのが面倒、湯煎している間はガスコンロから目が離せないといった不便さがあった。今までこうした不便さを解消する手立てが見当たらなかったが、目立ったがゆえに不便さを感じていた人には深く刺さった。
3.コンパクト設計
使い終わってもちょっとしたすき間に置いておけるほどスリムでコンパクトに設計。出しっ放しにできるので、使いたいときにすぐ使える。レトルト食品をよく食べる人にとって後片付けの煩わしさがなく、便利この上ない。
「発売から1年経っていませんが、当社の看板商品になった感があります」と『レトルト亭』を評する佐藤氏。ユーザーの声を聞きながらこれからの展開を検討、実施していく。
製品情報
https://www.apix-intl.co.jp/products/arm110/
文/大沢裕司