日本人旅行者が素通りしてしまうような場所に、実は本当のアメリカ旅の魅力が隠されているもの。現地ライターならではの目線で、そんなおすすめのアメリカ旅行先をガイドしていくシリーズ、第2回はセドナ。
第1回「日本人が知らないハワイの原風景を感じるおすすめスポット」はこちら。
先住民が大切にしてきた聖地、セドナへ
日本の水際対策が緩和され、3回目のワクチン接種者は入国時の陰性証明も免除となった。このタイミングで3年ぶりの海外旅行を計画する人は多いだろう。しかし、ひと足早くハワイやニューヨークで過ごした日本人旅行者からは、家族での食事に1万円、2万円超えは当たり前という驚きのコストの高さが次々と報告され、日本のメディアをにぎわせている。
1ドルが145円(2022年9月22日現在)という歴史的円安の中で、物価上昇の止まらないアメリカ。「もう気軽にアメリカへは旅行できない?」という声も聞こえてきそうだ。しかし、それは目的地次第なのかもしれない。
ハワイのワイキキやニューヨークのマンハッタンは、もともとアメリカの中でも物価の高さで有名だ。アメリカでは、パンデミック中の国内旅行先として「自然公園巡り」がトレンドとなっている。国や州の公園なら入園料も無料もしくは低額で済み、お金をかけずに非日常の体験がかなう。
広大な土地で人が密になることも少なく、そもそも車での移動が中心なので感染対策はバッチリ。パワースポットとして日本人に人気のセドナもその一角に入る。アメリカらしい大自然に抱かれながらコロナ疲れを癒やし、自分を見つめ直す旅を決行してみてはいかがだろう。
古来、先住民が儀式を執り行う地として名高いセドナは、スピリチュアルな人々の間で「呼ばれた人だけが入ることを許される」ともささやかれる聖地。「ボルテックス(Vortex)」と呼ばれる強いエネルギーが渦巻くポイントが集まるとされ、日本人の間では「4大ボルテックス」巡りが知られる。先住民に長らく「人類発祥の地」と信じられてきたボイントンキャニオン(Boynton Canyon)もそのひとつ。
実は、アメリカではボルテックスの通説は一般的に知られておらず、現地では「ここがボルテックスですよ」とわかりやすく案内もされていない。それでも、セドナは独特な赤岩の風景を望むトレッキングの場として愛されている。自然豊かなボイントンキャニオントレイル(Boynton Canyon Trail)は、その筆頭だ。そして日本人観光客がわんさか集まる場所のその先に、思いがけない絶景が広がっているのである。
ねじれた木々があるスポットは、ボルテックスの強いエネルギーが渦巻く目印とされる
ボイントンキャニオンのトレイルヘッド。手前に駐車場があり、利用には1日5ドルのレッドロックパス(Red Rock Pass)が必要
自分が地球とつながるような不思議な一体感
アリゾナ州に位置するセドナは、「グランドサークル(Grand Circle)」と呼ばれる国立公園群、グランドキャニオン、モニュメントバレー、アンテロープキャニオンなどに日帰りで訪れることができ、ロードトリップの拠点としても申し分なし。ラスベガスから車で約4時間と、ビジネスパーソンが出張がてら立ち寄ることも可能だ。見渡す限り広がる赤い砂岩と青空のコントラストが印象的な街には、おしゃれなホテルやレストランも充実し、ロングステイが基本のアメリカ人観光客にも好まれる休暇先となっている。
コロナ禍に訪れた久々のセドナは、旅行者らしきアメリカ人は見かけるものの、日本人含めアジア人の姿はほぼ皆無であった。筆者はこれまで、4大ボルテックスと呼ばれる岩山群は、カテドラルロック(Cathedral Rock)、ベルロック(Bell Rock)、エアポートメサ(Airport Mesa)の順に足を運んでおり、このボイントンキャニオンを最後に残していた。ボイントンキャニオンは、日本の有名人カップルもお忍びで泊まるセレブ御用達ホテル、エンチャントメントリゾート(Enchantment Resort)のちょうど外側にある。女性性、男性性の両方のエネルギーを持ち、4大ボルテックスの中でもパワーが強いとされる。
その理由となっているのが、女性性を有するとされるカチーナウーマンロック(Kachina Woman Rock)、そして向かいに見える男性性を有するとされるウォリアーロック(Warrior Rock)の存在だ。ここに行くには、駐車場からボイントンキャニオントレイルに入ってすぐ、ビスタ(Vista)と案内板が出ている脇のトレイルを登る。その抜群の眺めと片道1キロという難易度の低さから、日本人の多くはこのコースを選択し、折り返して帰っていく。しかし、ボイントンキャニオンに来たからには、トレイルをしっかり最後まで歩き切り、入り口からは見えない谷底の風景を目に焼き付けて欲しいと思うのだ。
往復約8キロの道のりは、徒歩で3時間ほどかかるが、難易度は決して高くはない。特別な装備は不要で、足元は普通のスニーカーで十分。ほかのボルテックス3カ所と違って木陰が多く、セドナの強い日差しもあまり気にならないのは特筆すべき点だろう。途中にトイレはないので、駐車場で済ませておこう。木立のトンネルをくぐり、両側に迫るレッドロックの岩壁を抜け、ようやくたどり着くゴールには、思わず息をのむ壮大な峡谷美が待ち受けている。
ボックス状に岩壁と緑に囲まれた峡谷は外界から遮断されたかのように、静寂そのもの。蝶が舞い、ジュニパーツリーからは独特の香りが漂う。何より筆者が驚いたのは、その空間に足を踏み入れた瞬間、目に飛び込んでくる巨岩だ。神聖な空気をまとい、空に向かってそびえ立つ姿が、巨大な観音像と重なって見えた。
ボイントンキャニオンに到達。清々しいエネルギーに身が清められる思いがした
パワースポットでの感じ方は人それぞれ、だが…
「セドナの岩に人の顔が見える」と話す旅行者は少なくない。しかも筆者の場合は、どうしても「仏の顔」に見えてしまう。最初に気軽な女子旅でセドナを訪れた際、車を走らせるそばから仏の顔が次々に岩に浮かび上がり、畏怖を感じたものだ。初ボルテックス体験となったのは、4大ボルテックスでも難易度マックスのカテドラルロックだった。腹ばいになり岩をつたってよじ登り、ついに頂に立つと、心地良い風を受けながら温かい何かが山肌から伝わってきた。身体が浄化され、新しいエネルギーが入り込んだような気がした。
パワースポット、セドナへの旅は人生のターニングポイントになり得るとよく言われるが、実際に筆者はその旅の直後に結婚し、アメリカに永住することになって現在に至る。今回のボイントンキャニオンにしても、偶然かもしれないが、出世にまったく興味がなさそうだった夫が急にやる気を出し、旅の2カ月後にめでたく昇進が決まったことを付け加えておく。
女性性を高める優しいエネルギーに満ちると言われるカテドラルロック。トレイルの険しさはダントツ
そして不思議なことに、セドナでの旅はなかなか計画通りにいかない。筆者の場合はいつも、なぜか予定していた場所と違うところに連れていかれるのだ。セドナでは、旅のスケジュールにゆとりを持たせ、ハプニングを楽しむくらいがちょうど良いのかもしれない。そして、残念ながら足を運べなかった場所は、次回にとっておくことにしよう。
たとえばボイントンキャニオンにしても、今回は子連れのためにチャレンジできなかったが、SNS映えフォトスポットとして今、アメリカ人ハイカーの間で注目を集めている洞窟がある。その名もサブウェイケーブ(Subway Cave)。まるで地下鉄のトンネルのような形状をしており、パックリ開いた空間がユニークな風景をつくり出す。そばには先住民の遺跡も広がる。ただし、トレイルは急勾配のうえ、入り口がわかりにくい。ボイントンキャニオントレイル2マイル地点にある、ひと際大きなジュニパーツリーを目印に右にそれて脇道を入る必要がある。
大自然の真っただ中にありながら快適に過ごせるセドナでは、トレッキングに明け暮れて1日が終わる。イノシシにも似たハベリナなど、珍しい野生動物に出くわすことも。レッドロックを照らす見事な夕景は、誰にとっても忘れられない思い出となるはず。満天の星空もセドナ滞在の醍醐味だ。
トレッキングで汗をかいたあと、セドナで味わいたいのはクラフトビール。筆者はアメリカの旅では必ずブリュワリーに立ち寄り、できたて地ビールを堪能することにしている。アメリカのブリュワリーが併設するパブの多くはお得なキッズ専用メニューを用意しており、子連れで訪れやすいうえ、食堂や大衆酒場のような気さくな雰囲気がある。アウトドア・アクティビティーのあとにも直行しやすい。
セドナのオーククリークブリュワリー(Oak Creek Brewery)もまた、地ビールに加え、酒のアテにぴったりの地元の味覚がそろう。ちなみに、このパブが立地するテラカパキ(Tlaquepaque)は、アリゾナらしいメキシコ風の建物が特徴的な地元のショッピングビレッジ。アーティストが多く移り住むセドナならではの、旅人の心をくすぐる個性的なギフトショップやギャラリーが並ぶ。食事や土産物探しには、セドナ中心地のアップタウン(Uptown)よりもこちらを推したい。アップタウンからは徒歩圏内だ。
セドナはトレッキングには過酷な気候となる夏と冬より、旅のベストシーズンである春と秋に訪れて欲しい。特に秋は、オーククリーク(Oak Creek)の清流に映る黃葉が美しい。パンデミックを機に大きく価値観の変わる地球の過渡期は、多くの人にとっての転換期でもある。西洋占星術ではこれを物質的な「土の時代」から精神的な「風の時代」への移行による変化だと言う。もし今、セドナに行くことができたなら、それは人生に小さな風を起こし、新しいスタートを切るサインかもしれない。もちろん、信じるか信じないはあなた次第だ。
市街を一望できるアップタウン近くのエアポートメサは、男性性のエネルギーを持つとされる。4大ボルテックスの中で最もアクセスしやすい
オーククリークブリュワリーのあるテラカパキは、アーティスティックな雰囲気が漂う
文・写真/ハントシンガー典子
アメリカ・シアトル在住。エディター歴20年以上。現地の日系タウン誌編集長職に10年以上。日米のメディアでライフスタイル、トレンド、アート、グルメ、カルチャー、旅、観光、歴史、バイリンガル育児など、多数の記事を執筆・寄稿する傍ら、米企業ウェブサイトを中心に翻訳・コピーライティング業にも従事。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。