「ナラティブ」という言葉を耳にしたことがある人もいるのではないでしょうか。文芸理論から発展し、医療現場に派生していった言葉ですが、近年ではビジネスや教育などの場でも使われています。ナラティブの意味や、ビジネスシーンでの活用例について紹介します。
「ナラティブ」の意味とは?
ビジネスや医療などの場で使われている「ナラティブ」とは、どのような意味なのでしょうか。ナラティブの意味やストーリーとの違いなどについて、詳しく見ていきましょう。
「物語」をより広い意味で捉えた言葉
ナラティブは英語の「narrative」から来ている言葉で、直訳すると「物語」「語り口」「話術」などを意味します。医療やビジネス・教育などの現場でも使われており、一つのテーマや物事に対して、さまざまな人が自分を主体として語ることです。
ナラティブで語られる「物語」には単なるストーリーだけではなく語る人の感情や身振り手振りなども含まれているため、物語をより広く捉えた言葉といえます。
1960年代のフランスで生まれた概念といわれており、心理学や哲学をはじめ、多くの専門家によって研究されてきました。もともとは文学理論で用いられていた言葉ですが、現代ではその範囲を超えてさまざまな場で注目されています。
ストーリーとの違い
ストーリーもナラティブと同じように「物語」という意味ですが、二つの言葉は物語の語られ方が一方的かどうかという点で大きく異なります。
ストーリーは、すでに完成された小説や物語などが一方的に展開されていくのに対し、ナラティブは与えられたテーマや設定に対して、語り手が物語を自由に作り出していけるものです。
物語の内容を重視するのがストーリーであり、誰がどのように物語を語るのかを重視するのがナラティブであるともいえます。また、ストーリーは結末が決まっていますが、ナラティブの場合は必ずしも完結するとは限らないのも大きな違いです。
「ナラティブ」が重要視される背景
ナラティブが重要視されるようになった背景には、ネットやSNSなどの普及や、人々の社会的意識への高まりなどがあるといわれています。
ネットの口コミやSNSなどで、特定の専門家やプロではない一般の人がさまざまな情報を発信できるようになりました。それらの情報一つ一つがまさに「物語」であり、企業側が一方的に発信するストーリーよりも影響を及ぼすことも少なくありません。
また、SDGsやESGといった社会的問題への共通認識が広がったことで、人々が同じテーマに関して個人的な体験を持つようにもなりました。そのため、企業側にとってもビジネスの手法としてナラティブを取り入れやすくなったのも理由とされています。
注目されるナラティブアプローチとは?
物語をどう語るかが重要視されているナラティブは、「ナラティブアプローチ」としてカウンセリングや問題解決の手法として実践されています。ナラティブアプローチとはどのようなものか、詳しく解説します。
臨床心理学から生まれた支援療法
ナラティブアプローチは、もともと臨床心理学の領域から生まれたものです。相談者が抱える悩みを本人の言葉で語らせ、問題を乗り越えていくための療法のことをいいます。
物語の内容がたとえ客観的事実と異なるとしても、それが本人にとっての真実であるという考えです。この、「本人にとっての真実(=相談者の思い込み)」を「ドミナント・ストーリー」と呼びます。
ナラティブアプローチでは、まず相談者のドミナント・ストーリーを聞いて問題を外在化させ、対話によって心理的支配を解いていくのが主な流れです。
最終的に、自分の思い込みだけで語られていたドミナント・ストーリーを、ポジティブな視点で捉えた「オルタナティブ・ストーリー」に置き換えていきます。
ナラティブアプローチで組織を活性化
ナラティブアプローチは、医療の現場だけでなくビジネスにおいても有効な方法です。ネガティブな思い込みをポジティブに書き換えることで、人間関係を円滑にし組織を活性化します。ビジネスシーンにおけるナラティブアプローチの進め方について、具体的に解説します。
まずは話を傾聴する
ビジネスの現場でナラティブアプローチを実践するには、まず抱えている問題を明らかにする必要があります。そのためには、相手の話を傾聴することが大切です。
傾聴とは、ただ話を聞くだけでなく、相手の立場や気持ちを共感し理解するということです。上司が部下に対してナラティブアプローチによる問題解決を試みるのであれば、まずしっかり部下の話を聴くことから始めます。
話を聞いている間は、たとえその内容が事実と異なっていたとしても、否定せずに最後まで相手に語らせることが重要です。
問題を「内」から「外」に出す
相談者の話を傾聴したあとは、問題を外在化していきます。問題の外在化とは、相談者から悩みを切り離して客観的に見られるようにすることです。
そのためには、相談者が抱えている問題(=物語)に、自ら名前をつけさせるという方法をとるケースもあります。例えば、同僚との価値観の違いに悩んでいる部下を例にすると、以下のようになります。
「この話に名前を付けるとすると何になると思う?」
「『仲間に溶け込めない変わり者』だと思います」
相談者が主観的に捉えていたことを客観視させるのは、問題解決のために欠かせないプロセスです。
話し合う
相手の悩みや問題を外在化させたら、次はその問題についてしっかり話し合っていきます。話し合いのプロセスは傾聴とは異なり、相手の話をそのまま聞くのではなく「なぜそう考えるのか」「ほかの捉え方はないか」などと問いかけて、問題をさらに表面化させていくことが大切です。
話し合いを繰り返していくと、相談者が自身のネガティブな考え方に捉われていたことに気付き、問題をこれまでとは違った視点で見られるようになります。
これが、自分だけの思い込みだけで作られていた「ドミナント・ストーリー」を、ポジティブな視点も加えた「オルタナティブ・ストーリー」に置き換えるというものです。