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栽培開始から100周年を迎えるホップ育種の聖地でサッポロビールのものづくり魂を味わう

2022.09.19

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

来年ホップ栽培100年を迎える上富良野で行われているホップの「育種」

サッポロビールは、ビールメーカーとして世界で唯一、大麦とホップの育種(品種開発)と協働契約栽培の双方を実施している。以前、群馬県太田市にある大麦の原料開発研究所(「サッポロビールが気候変動に適応する大麦の新品種を開発、2035年の実用化を目指す」)を紹介したが、今回はホップの育種を行う北海道上富良野町の「原料開発研究所 北海道原料研究所グループ」のホップ開発や栽培の現状などをレポートする。

上富良野の原料開発研究所は、1926年(大正15年)に建てられた木造の建物を現在でも資材やホップの一時保管などで倉庫として利用している。歴史を感じる建屋にて、北海道原料研究グループリーダーの鯉江弘一朗氏から、サッポロビールのホップの取り組みを詳しく伺った。

【鯉江弘一朗氏 プロフィール】

愛知県出身、1999年入社後すぐに上富良野配属となり今年で23年目。20年間ホップ品種開発に携わり、静岡県焼津市で2年間香りの研究を行う。材料の調達を行うフィールドマンとして欧州ホップ を16年、ニュージーランドホップ を2 年担当。開発品種数は14種(うち出願中4種)にのぼり、日本の開発品種の半数以上に関わっているホップ育種のスペシャリスト。

○「ビールの魂」とも呼ばれるホップとは?

ホップはアサ科の多年性ツル性植物。雄株と雌株があり、ビールに使うのは雌の球花のみ。日本にも北海道、本州の日本アルプス近辺などに野生種が分布している。球花には鎮静効果があるとされ、古来、健康面の機能から使われていた。

ホップはビール特有の苦みや香りのもとになる原料で、16世紀以降ビールの主原料となった。ホップは苦味、香りの付与のほか、ビールの泡持ちを良くしたり、雑菌の繁殖を防ぐ役割もある。生水が飲めなかった昔のヨーロッパでは、ビールが健康的で安全な飲み物とされていたほどだ。

球花は収穫から時間が経つと傷みやすいため、通常は収穫後すぐに乾燥させるが、一部に生ホップを使う製品もあり、その場合はすぐに工場に運ぶ必要がある。生ホップを品質の良い状態で使うのが、秋に北海道限定・数量限定で販売する「サッポロ クラシック 富良野VINTAGE」(国産ホップは一部使用)で、今年は10月18日に発売する。

○北海道におけるホップ栽培の歴史

サッポロビールのルーツである「開拓使麦酒醸造所」が開業する5年前の1871年(明治4年)に、アメリカ人研究者のトーマス・アンチセルが産業視察のために来日、岩内で野生ホップを発見する。アンチセルは、北海道はホップ栽培が可能な土地で、将来輸出産業にも成長し得ると、開拓史長官の黒田清隆へ建言書を提出した。

1877年(明治10年)に「冷製札幌ビール(赤星)」を発売。1881年(明治14年)には大麦、ホップ共に北海道産で賄うことができた。創業時から原料調達とビール生産を一緒に行うことがサッポロビールの伝統となり、『麦とホップを製すればビイルといふ酒になる』を掲げ、現在も世界で唯一、大麦とホップの両方で育種と協働契約栽培を行っている。

(※下記画像は札幌にあるサッポロビール博物館)

上富良野でホップの試験栽培が開始されたのは1923年(大正12年)。来年でホップ栽培100周年となる。サッポロビールが開発した代表的な品種「リトルスター」や「フラノスペシャル」をはじめとして上富良野ではさまざまな品種が栽培されている。

2010年に品種登録された「フラノビューティ」は、上富良野町商品「まるごとかみふらの」に欠かせない希少ホップ品種。「富良野ホップ炭酸水」(ポッカサッポロ)はフラノビューティをエキス化して使用した炭酸飲料で、畑で感じられる生ホップの香りを再現している。

収穫したばかりの生のフラノビューティの球花に触れてみた。縦に割ると中には黄色の粒状の「ルプリン」と呼ばれる分泌腺が。ルプリンには苦みと香りが含まれる。筆者はルプリンの香りを強調したクラフトビールを愛飲しており、マンゴーのような桃のような甘い香りにうっとり。

1984年に生まれた「ソラチエース」はマツやレモングラスと表現される、独特の香りが特徴。しかし品種登録した当時、ビールはのど越しの良さや爽快感で、ぐいぐいと飲めることに価値が置かれていた時代で、特徴的なその香りが受け入れられず長く日の目を見なかった。

2000年前後からアメリカのクラフトビールで、ホップがビールのフレーバーを差別化できる原料として注目されるようになり、ソラチエースも2000年代半ばから、Brooklyn Brewery、Elysian Brewingなどで使用され、アメリカで知られるようになった。

2015年は日本でのクラフトビール元年といわれ、味や香りが注目されるようになり、ソラチエースの個性が受け入れられる時代が到来。2019年にソラチチ―スを100%使った、ホップを主役にしたビール「サッポロ SORACHI1984」が全国で通年発売された。

現在販売している「SORACHI1984」のホップは、アメリカ産ソラチエースを使用し、国産ソラチエースは一部のみの使用。しかし、日本生まれのホップであることから、サッポロビールではソラチエースの栽培の拡大を目指し、国産ソラチエース100%「SORACHI1984」への挑戦をスタートした。

2019年から北海道原料研究グループにおいて苗を増殖、2020年に上富良野町にある生産者の畑にて苗を植え付けし、2021年から収穫を開始。今年は450kg程度の収穫を予定している。

○気候変動への取り組み「環境適応性育種」

ホップの交配育種は6~10年かけて行う。現在、課題になっているのが気候変動に対応できる品種の開発。2019年から外部のコンサルタントを入れて、50年後のさまざまな気象変動シナリオを想定し、ホップの生産量が気候変動でどのように変化するか予測をしている。

欧州で近年、高温や降水量不足が頻発し、ホップの不作年が顕著になってきている。地球温暖化では、高温、干ばつによるによる植物の「水ストレス」が大きな問題になっており、ドイツのハラタウでは灌漑が広く導入されつつある。

水ストレスへの対応策で注目されるのがホップの耐乾性。根の発達と耐乾性の関係について研究が進められており、サッポロビールも東京農業大学と共同でホップ根系の調査を行っている。調査から根の深さはホップでも重要であるという気付きを得て、現在も気候変動に対応できる品種開発のために調査を続けている。

大麦、ホップの安定供給のため、2030年までに気候変動に適応するための大麦、ホップの新品種を登録出願、2035年までに新品種を国内で実用化、2050 年までにこれらの品種の他に、新たな環境適応性品種を開発し国内外で実用化することを目指す。

独自の原料調達システム「協働契約栽培」

「協働契約栽培」は、栽培から加工プロセスまで、フィールドマンと呼ばれる担当者が生産者やサプライヤーとコミュニケーションをとりながら品質を作りこんでいく、サッポロビール独自の原料調達システム。「大麦とホップの産地と生産者が明確であること」「生産方法が明確であること」「サッポロビールと生産者の交流がされていること」を条件として規定している。

フィールドマンは世界に赴き、鯉江氏も長くヨーロッパのフィールドマンを担当。耕作が始まる前の3月に現地を訪れ生産者とのミーティングを開催したり、8月にはフィールドマンが生産者のところに赴き、生育とともに農薬散布の状況や管理状態を確認する。生産したホップがどのような商品や活動に使われているかを説明し、品質評価が高かった農家には表彰を行う。

国内のホップの協働契約栽培者の数は約20軒。大半が手作業という重労働のため人手不足の問題や、乾燥機など設備投資が必要といった事情もあり、ホップ農家は減少し続けており、上富良野エリアでは最盛期は100軒ほどあった農家が今では4軒のみとなっている。

上富良野町で米栽培と兼業でホップ栽培を行っている、協働契約栽培農家の大角友哉氏の畑を訪ねた。今年のセブンプレミアム限定ビール「セブンプレミアム 上富良野 大角さんのホップ畑から」で使われた「フラノマジカル」を生産した。

北海道のホップの収穫は8~9月で、訪れた際は「ふらのほのか」の収穫が行われていた。作業は10日ほどかけて行うとのこと。ホップ棚は5.5mあり、高所は荷台に乗って長い鎌を使って刈るという。収穫したホップは葉や茎を取り除いて球花を選別したのち乾燥させる。

「ホップ栽培は他の作物と比べてとても手間がかかり、すべて手作業で行なう重労働です。高棚を作って絡ませ蔓を誘引、草取り、収穫とすべて手作業で、50年前と変わらない方法で行っています。収穫の際も応援を頼んで作業してもらう必要があり、人手の確保にも苦労しています。今回も12人ほどお願いしましたが、2人は確保できませんでした。

北海道内でホップ栽培をしている農家は、今は4軒しかありません。手間を考えると割の良い仕事ではなく、後継者不足ということもあり、機械で効率よく作業できる作物に移行してしまうのは仕方がないと思います。自分も農家を継ぎたくなくて、実家を出て旭川にいましたが、10年前に戻ってきました。子どもは中学生ですが、後を継ぐかどうかはまだわからないですね。

でも自分もビールが大好きで、苦労して育てたホップが製品になったときの喜びは大きく感動します。今回のように自分たちが育てたホップがビールになり、農家の名前を出して全国発売の商品として販売していただけることは、やりがいにつながります」(大角氏)

ホップ育種を行っているサッポロビールの自社研究圃場も訪問。遺伝資源は200~300種類ほどあり、その中から目的に適したものを選び交配する。

「日本は降水量が多いので水やりはあまり必要ありません。しかし、降水量が多すぎると適切な農薬散布ができなくなってしまいますし、近年散見される高温、降水量不足の水ストレスも生育にダメージを及ぼします。昨今の気候変動に適応する品種の開発は喫緊の課題です。耐乾性に重要な地中の根の調査は非常に手間がかかるため、もっと簡単に評価ができる方法を現在検討しています。

お客様に飲んでいただいているホップがもたらす味やフレーバーのバリエーションをこれからも長く楽しんでもらうためには、きめ細かく品種改良していく必要があります。自社育種と協働契約栽培を同時に行っているサッポロビールの強みを、気候変動対策にも活かしていきたいと考えています」(鯉江氏)

【AJの読み】開業当時からのサッポロビールのものづくりに対する精神が今も受け継がれている

サッポロビールでは良質な原料をつくるために、品種の交配・選抜を長い年月にわたって繰り返す、非常に地道で手間のかかる育種に取り組んでいる。なぜこれほどの手間をかけてまでメーカーが育種を行うのか疑問だったが、サッポロビール博物館館長の栗原史氏の言葉にその答えがあった。

「大麦やホップを育種したからといって特別なビールができるというわけではありません。それにもかかわらず育種にこだわり続けるのは、それがサッポロビールの根源であり歴史だからです」

サッポロビールの原点は、北海道に置かれた明治政府の機関「開拓使」の官営事業として、日本人が主導する初のビール製造を行った「開拓使麦酒醸造所」。先に紹介した、視察団のアンチセルの提言により、開拓使を主導し多くの事業を立ち上げた黒田開拓使長官、日本人で初めてビールの本場のドイツ・ベルリンで醸造を学んだ初代醸造責任者・中川清兵衛、東京での試験醸造所の計画を覆し、北海道に醸造所を建てることを提案したビール事業責任者・村橋久成により1876年に開拓使麦酒醸造所は開業した。開拓使の五稜星マークがサッポロビールのトレードマークとして使われ、今日のサッポロビールにも受け継がれている。

サッポロビール博物館」ではサッポロビールのあゆみを知ることができる。館内には「サッポロ生ビール黒ラベル」、北海道限定の「サッポロ クラシック」、創業地で造り続けている札幌開拓使麦酒醸造所製の「開拓使麦酒」が楽しめる有料テイスティングエリア「スターホール」がある。また、敷地内には生ビールとジンギスカンが楽しめる「サッポロビール園」も併設されているので、ビールを飲みながらホップの奥深さに思いを馳せてはいかがだろう。

文/阿部純子

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