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サッポロビールが気候変動に適応する大麦の新品種を開発、2035年の実用化を目指す

2022.06.08

■連載/阿部純子のトレンド探検隊

世界でも珍しいビール会社による原料開発研究

1876年の創業時からビールの主原料となる大麦とホップの「育種」(品種改良)を行ってきたサッポロビール。2006年からは麦芽やホップの栽培から加工プロセスまで生産者と協力してつくり上げる独自の原料調達システム「協働契約栽培」を導入。ビール会社が自らの手で原料を育種するのは世界でも珍しく、育種と協働契約栽培の双方を実施しているのは世界で唯一となる。

サッポロビールの原料開発研究所は全国で2拠点あり、ホップの研究は北海道上富良野町、大麦をテーマに研究を進めているのが、群馬県太田市の「サッポロビール原料開発研究所原料育種開発グループ」だ。

サッポロビールでは、温暖化による降雨量増加など気候変動により影響が大きくなると想定される原料農産物への対策として、気候変動に対応できる大麦、ホップの新品種の開発を進めている。研究の中で、降雨量増加への耐性があり、麦芽成分のバランスを向上させる大麦を世界で初めて発見し、2022年に開催された日本育種学会で発表した。

2035年の実用化に向けて、現在さらに研究、改良が進められている「N68-411」をはじめとする原料研究についてプレス向け見学会が開催された。

研究成果の発表や進捗の報告と共に、敷地内にある研究用の大麦畑を案内してくれたのは、

サッポロビール原料開発研究所 所長の須田成志氏、同研究所 グループリーダーの保木健宏氏、主任研究員の木原誠氏(下記画像は右から須田、木原、保木の三氏)。

ビールの原料である大麦は、一般的に大びん1本あたり(633ml)に手のひら2杯分(約90g)を使用、下記画像の400mlのジョッキでは約57g使用している。大麦はアルコール発酵に必要な酵母の栄養源となり、ビール醸造に必要な酵素を生成する。焙燥、焙煎によってついた麦芽の色がビールの決め手になるなど、ビールにとって“魂”といえる原料だ。

原料の安定供給のため同社では大麦の育種に力を入れてきたが、1981年に日本のビールのスタンダードとなった大麦「はるな二条」を開発。国産ビール麦の歴史を変えた品種ともいわれ、はるな二条の血統を持った品種が多く作られている。

2001年にはリポキシゲナーゼ(LOX-1=脂質酸化酵素)を含まないLOXレス大麦を発見。ビールは保存する際にさまざまな物質が変化して「老化臭」が生じるが、LOXレス大麦を使うことで老化臭を減らし、ビールの泡持ちを良くしたり、新鮮さを保つことに貢献する。2007年にはLOXレス大麦品種を実用化し、2012年から“旨さ長持ち麦芽”として「サッポロ生ビール 黒ラベル」に使用。2022年現在、国内にとどまらず、海外でもLOXレス大麦を展開している。

大麦を麦芽に加工する「製麦」は、吸水させる工程、発芽させる工程、乾燥させる工程に分かれている。発芽の工程で種子に含まれるデンプン、β-グルカンが糖に変化し、タンパク質がアミノ酸になることでアルコール発酵につながる。このような発芽にともなう種子貯蔵物質の変化を業界用語で「溶け」と呼ぶ。

各工程のサンプルを見せてもらった。上段左は未発芽の大麦、上段中央は緑麦芽(発芽5日)で乾燥させる工程の前の段階。未発芽の大麦はカチカチだが、「溶け」が始まった緑麦芽はやわらかく、緑麦芽を裂いて中身に触ると白い部分がねっとりとしている。上段右は麦芽で、下段左は麦芽から根を取り除いた状態。下段中央と右は後述する発芽2日の「N68-411」と「りょうふう」。

穗発芽しにくい、「溶け」やすい、2つの性質を併せ持つ大麦を発見

温暖化による降雨量増加で懸念されているのが「穗発芽」。穗発芽とは収穫時期の降雨により、穂上の種子が穂に実ったまま発芽してしまう現象。穗発芽してしまった大麦はビールの原料はもとより食用として使えず、飼料としての使い道しかないため、生産者にとって大きなダメージとなる。下記は穗発芽した状態の大麦。

大麦の安定した生産量を確保するには穗発芽耐性が強い大麦が必要とされるが、原料開発研究所が保有する大麦遺伝資源を探索し、世界で初となる、穗発芽しにくい性質と、おいしさやサステナブルな醸造につながる「溶け」やすい性質を併せ持つ大麦を発見した。

一般的なビール大麦では、北米の品種は溶けやすいが穗発芽しやすい性質があり、日本や欧州、豪州の品種は溶けやすさ、穗発芽耐性も中間程度、日本で食用や麦茶用として作られている、麦芽にする必要のない品種は穗発芽耐性が強いが溶けにくい性質がある。

過去には、溶けやすさを付与したオーストラリアの「サザンスター」という品種を10年かけて作ったが、穗発芽に弱く現地での栽培ができず、北海道でも同じような失敗例の「ほくりょう」があり、北米の「CDCリザーブ」も穗発芽耐性の強化を狙ったが溶けにくくなってしまって、こちらも普及できなかった。

こうした過去の苦い経験も踏まえて、溶けやすく、穂発芽耐性も高い性質を育種目標に定め、研究を進めてきた。

はるな二条に近い「新田系68(N68)」にアジ化ナトリウムの薬剤処理をして突然変異を起こさせ、世代を重ねて種子を増やしていき、4世代目で575系統からN68-260、271、411の3系統を発見。ここからさらに世代を進めて種子を増やして麦芽品質や穗発芽耐性を確認していった。

中でもN68-411は可溶性窒素含量(アミノ酸含有量)が非常に高く、「溶け」やすい性質を持っている。一方、β-グルカン(水溶性食物繊維)は粘性がとても高い物質でビールの製造上においては悪影響があるため、ビール醸造ではβ-グルカンは低い方がよいが、411は突出してβ-グルカンが低くなっていることがわかった。

北米の品種、もしくはそれ以上の溶けやすさを持ちながら、北米品種に比べて、N68-411は穗発芽しにくいことが確認できた。さらに特筆すべきは「溶け」やすさの速さで、標準的な発芽日数の6日に対し、N68-411はわずか2日で、良い麦芽の目安となるβ-グルカン量に達している。

発芽2日のN68-411とりょうふうを割ってみると、N68-411はさらっとしているが、りょうふうはまだ粘性が高いかたまりが残っている。N68-411は発芽2日でも「溶け」が進んでおり、分解速度の違いがわかる。

こうして、実用的な穗発芽耐性を有し、「溶け」やすさは高いという世界でも非常に珍しい特性を持つ大麦N68-411を発見。気候変動に適応できることからリスク管理への対応のみならず、製麦工程の発芽日数を短縮できる可能性も確認でき、発芽日数に伴って消費する熱エネルギーや水の量を減らすことができる、サステナブルな醸造原料として期待される。

N68-411は、はるな二条と近いN68を親にしており、本州での栽培適性はあるが、北海道や欧州、北米では栽培できないため、各地での栽培に適性のある品種に作り替えていく必要がある。今後も品種改良を重ね、2030年までに新品種の登録出願、2035年までに実用化を目指す。

以上の発表をわかりやすく可視化した実験が行われた。1・通常大麦麦芽、2・穗発芽大麦麦芽では、穗発芽が麦汁の色度に影響を与えるということを視覚化。

3・N68発芽1日、4・N68-411発芽1日、5・N68発芽2日、6・N68-411発芽2日は、麦汁ろ過工程を模した実験。粘性のあるβ-グルカンが高い状態ではろ過が妨げられ、発芽時間が長くなるとβ-グルカンが低くなりろ過しやすくなる。N68-411はろ過のスピードが速く、短い発芽期間でも分解が十分に進み、ろ過速度が影響を受けにくいことがわかった。

【AJの読み】ビールにおける大麦の重要性を再認識

見学会が実施されたのは5月末で、大麦畑は収穫時期の「麦秋」を迎えていた。大麦は年に1回の収穫で、本州では昨年11月に種をまき、5月末に収穫。北海道では春に種をまいて秋に収穫するので栽培の時期が異なる。育種用の大麦畑は1ヘクタールほどで、数千種類を栽培。その日に収穫する大麦には赤で印をつけていた。

ここで栽培されている大麦は品種改良のためのもので、育種された大麦はさらに改良を経て世界各地へ旅立つ。いうならばこちらの大麦畑は新品種の源となる「大麦バンク」の役割を担う。

大麦は六列に実る六条大麦(下記画像上)、二列に実る二条大麦(下記画像下)があり、二条の方が種子が大きくなりやすくデンプンも豊富でアルコールを多く作れることから、ビール大麦は二条大麦を使用している。六条大麦はタンパク分が多く麦茶によく使われる。

大麦畑にはビニールハウスもあり、研究機関や外国から研究用の材料として集めてきた品種を数千種類保存。そのうちの一部を毎年更新して種を新しくする。LOXレス大麦も共同研究を行った岡山大学で保存していたインドの在来種から発見された。未知の性質、新たなターゲットが出てきたときに、こちらで保存している材料がその可能性を持っていることもあり得る。

温度や湿度を管理して育成している人工気象室では、季節に関係なく生育を早めることができる。苗から種まで育てて、畑だと1年に1世代しか育成できないが、ここでは3世代、4世代と世代をどんどん進めることができるため、育種の研究には欠かせない施設となっている。

「大麦はビールの中でも多く使う重要な原料ですが、苦味や香りを付与する華やかなイメージのホップに比べると地味な存在です。しかし、大麦のダイバーシティは我々からするととても魅力的で、こんな大麦でビールを作ったらどんな味になるのだろう?というところから研究は始まります。原料の品種開発から自社でできることがサッポロビールの特徴であり、創業当初からの『麦とホップを製すればビイルといふ酒になる』の精神を体現した、ビール会社としてのこだわりの一つでもあります」(木原氏)

サッポロビールはユニークアロマホップの開発にも力を入れ、1984年に品種登録されながら個性的な香りから日の目を見ず、2000年代に入り香りがアメリカで評価されて再注目された「ソラチエース」のようにホップの話題は多い。

しかし大麦は確かに地味な存在で、ビールを飲むときに大麦の品種までチェックする人は多くはないと思われる。筆者も黒ラベルにはサッポロ独自の「旨さ長持ち麦芽」が使用されていることは知っていたが、それが老化臭を防ぎ、泡持ちや新鮮さを保つLOXレス大麦だったことも初めて知った。

生の大麦も、発芽工程の大麦も今回初めて見たが、麦芽がどれほどビール造りを左右するのか認識を新たにした。今回のプレス見学会のように、原料開発研究所が行っている取り組みを消費者にもわかりやすく伝えてくれたら、さらにサッポロビールを深く味わえると思う。

文/阿部純子

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