■連載/ヒット商品開発秘話
石油ストーブの『ブルーフレーム』、オーブントースターの『グラファイトトースター』でおなじみの『アラジン』ブランドと開発元の千石の技術を融合して2018年10月に誕生した新ブランド『Sengoku Aladdin』。これまで、屋内外で使えるカセットボンベを燃料としたストーブやホットプレートなどを発表している。
同ブランドで現在売れ行き好調なのが、2019年10月に発売された『ポータブル ガス カセットコンロ ヒバリン』(以下、ヒバリン)。これまでに累計3万台以上が売れている。
火鉢と七輪を合わせた造語の『ヒバリン』は、ガスの直火はもちろんのこと、遠赤外線により直火では火力が強すぎて焦がしてしまいがちな餅や魚を焼いたり、スルメを炙ったりすることも可能。デザインも火鉢に近く、一般的なカセットコンロとは大きく異なる。
カラーはイエローとレッドほか、販路限定でグリーンやホワイトも販売
火鉢や七輪に着目
誕生のきっかけは、『Sengoku Aladdin』ブランドから初めて発売された『ポータブル ガス ホットプレート プチパン』(以下、プチパン)にあった。『プチパン』は『ヒバリン』同様、カセットボンベを燃料にしており屋内外問わず使用可能なもの。便利だが、「もっと汎用性の高いものがいい」といった反応が聞かれた。
このような声を受け開発されることになったのが『ヒバリン』であった。
検討する中で着目したのが、古くからある火鉢や七輪。どちらも炭火の遠赤外線を利用するので、直火では焦がしやすいものを焼いたり炙ったりするのはお手の物だ。
この特性に目をつけた千石は、ガス火と遠赤外線が使えると同時に、『ブルーフレーム』のコンセプトを受け継ぎつつも火鉢や七輪のように日本文化が感じられるデザインを採用したものをつくることにした。
試作を重ねデザインを固める
デザインは社内のデザイナーが担当し、火鉢や七輪からインスパイアを受けデザインコンセプトを立案した。ただ、カセットコンロとしては今までにないデザインであることから、きちんと性能が発揮できるか、安全性に問題はないか、といった観点からデザインを固める前の検証が不可欠。試作をつくってからデザインを決めることにした。
「ガスを使うので金属を使わなければなりません。試作は手作業で鉄板を切り貼りして製作しています。丸みを帯びているので、大まかな形をつくるのも大変でした」
このように振り返るのは、千石の商品戦略部、高橋弘真氏。手づくりの試作は全部で3パターンほど製作。デザインを徐々に固めていき、これと並行してバーナーでガスを燃やし安全性の検証も実施した。試作を手づくりしながらのデザインの決定と安全性の検証には、半年ほどの時間を要した。
おおよそのデザインは決まった。しかし、量産するには、解決しなければ問題があった。
深くて丸みのある形状の量産に苦心
問題とは金型。量産性の良さから『ヒバリン』の外装はプレス加工でつくることにしたが、プレス加工で丸みを帯びた深さのある形状をつくるのは簡単ではない。加工に不可欠な金型を中国の協力工場でつくってもらったが、その金型では出来栄えや加工品質で満足いくものができなかった。そのため、自社の金型部門の協力を得て、国内外で連携を取りながら金型を製作することにした。
深さがあるので成形するとヒビや割れが発生しやすいことから、試しに成形したものを見ながらデザインの世界観を変えない程度に丸みを緩くしたりするなど変更していった。デザインと製造を同じ会社で担当していることもあり、社内で頻繁に検討を重ねて高いデザイン性と加工性の良さを追求していった。
また、デザインを重視する一方で、『ヒバリン』は一般的なカセットコンロではあまり求められない、アウトドアでの使用を想定した工夫を盛り込んだ。
その工夫とは、風が吹いても火を消えにくくしたこと。汁受けと呼ばれる外装の上部をバーナーより高くしている。
汁受けにはこぼれたものを受け止める役割があるが、高くすることで風防の役割も持たせた。本体側面から見ると、バーナーが隠れて見えないほどである。
汁受けをバーナーよりも高くして風防の役割を兼ねさせたことで、屋外で使用しても火が消えにくくなった
ガス火を遠赤外線に変換するふく射プレート
『ヒバリン』はガスの直火だけではなく、遠赤外線での調理もできるが、これを可能にしたのが、付属するグリルキットにあるふく射プレートである。
『ヒバリン』に付属するグリルキット。左から焼き網、焼き網ステイ、ふく射プレート、収納袋
ふく射プレートは炎を遠赤外線に変換するパーツで、バーナーの上にセットして使用。プレートが直火を受け赤熱することで、遠赤外線を発するようになる。
高橋氏は「ふく射プレートの設計は難しいものでした」と振り返る。最大の理由は、プレートの中心に熱が集まりすぎるため。渦を巻くように炎が中心に集まりガスが効率的に使えるトルネードバーナーを採用したので、プレート中央部に熱が集まりすぎていた。
プレート全体が赤熱するようにするために、形状や炎との距離を工夫することが求められた。ゆうに10種類以上試作した末に、現在のように中央部がやや盛り上がったドーム状に行き着いた。
プレートにはスリットが入っているが、これがないと炎が当たったところしか赤熱しないという。スリットがあることで炎の逃げ道ができ、プレート全体が加熱され赤熱するようになるというわけである。スリットには液体などが落ちてもバーナーに当たらないような大きさにすることと、全体に炎の熱が回るようなピッチで入れることが求められたという。
餅のように直火だと焦がしやすいものも、『ヒバリン』にグリルキットをセットし遠赤外線で焼けば焦がさず焼くことができる。スルメを炙ったりするときにも最適だ
「ハネる」と期待させた前評判の高さ
高橋氏によれば、『ヒバリン』は発売前の評判が高かった。2019年5月に東京・表参道で実施したアラジンブランドの展示会で紹介した際にヒアリングしたところ、最も多かった反応が「カワイらしい」で、他には「アラジンらしい」といった声も聞かれた。あまりの前評判の高さに、社内では「ハネるのではないか」と期待が一気に高まった。
高い前評判を背景に、発売後の販促にも力が入った。目立つのが他ブランドとのコラボレーション。『Sengoku Aladdin』ブランド全体でBEAMS JAPAN やLOGOSとコラボしているので、ブランドごとの限定カラーモデルを発売した。
Sengoku AladdinとBEAMS JAPANのコラボ第3弾で登場した『ヒバリン』のBEAMS JAPANモデル(橙色)。2020年1月にBEAMS JAPAN各店などで数量限定販売された
同じくSengoku AladdinとBEAMS JAPANのコラボ第3弾で登場した『ヒバリン』のBEAMS JAPANモデル(黒色)。販売開始時期、販売店は橙色と同じ
Sengoku AladdinとBEAMS JAPANのコラボ第4弾で登場した『ヒバリン』のBEAMS JAPANモデル(茶色)。数量限定販売で、2020年9月に先行予約受付を開始し、同10月に一般販売された。過去好評だった橙色も同時期に限定販売された
Sengoku AladdinとアウトドアブランのLOGOS(ロゴス)のコラボ第4弾で登場した『ヒバリン』(グリーン)。2020年9月より全国のロゴス直営店、ロゴス取り扱い店舗で発売されている
コラボレーションと並び目立つ展開が、アラジン公式オンラインショップ『アラジンダイレクトショップ』での購入者を対象としたプレゼントキャンペーン。まず2020年4月に、NPO法人全日本パエリア連盟が主催するパエリア検定で『ヒバリン』がパートナーグッズとして公認されたことを記念して、数量限定でスペイン製パエリア鍋のプレゼントキャンペーンを実施。翌5月に、同社がある兵庫県加西市の酒蔵、富久錦のフラッグショップ『ふく蔵』とタイアップし、購入者に富久錦の「純米吟醸 播磨路(はりまじ)」をプレゼントするプレゼントキャンペーンを行なった。
2020年4月に実施されたキャンペーンでプレゼントされたスペイン製のパエリア鍋
このほか、グランピング施設もある『ネスタリゾート神戸』でプロモーション用動画を撮影。YouTubeのアラジン公式チャンネルで公開している。
『ネスタリゾート神戸』で撮影された『ヒバリン』のプロモーション動画のワンシーン(アラジン公式チャンネル/Aladdin Official Channel「センゴクアラジン ポータブル ガス カセットガスコンロ ヒバリン」より)。一般的なカセットコンより高さがあるので、ローテーブルや地べたに直接置いて使うロースタイルキャンプにマッチする
取材からわかった『Sengoku Aladdin ポータブル ガス カセットコンロ ヒバリン』のヒット要因3
1.独特なデザイン
火鉢と七輪の影響を受けた、カセットコンロにしては独特なデザインを採用。唯一無二といってもいいデザインは、所有欲が満たせるものだった。
2.高い汎用性
ガスの直火のほか、付属のグリルキットにあるふく射プレートを使うと炭火と同じ遠赤外線で調理できる。直火だと焦がしやすいものを焦がさず焼くことができたりスルメを炙ったりすることができ、一般的なカセットコンロより汎用性が高い。
3.実用性が高い
屋外での使用を考慮して汁受けをバーナーより高くし風防の役割を持たせた。火が消えにくくなり実用性が高くなった。
「他の会社ではおそらく、企画を立てても企画倒れになりそうなデザインをやりきりました」と開発全体を総括する高橋氏。しかし、こだわった甲斐があり、ユーザーも「かわいい」などとデザインを高く評価する声が多いという。デザイナーのわがままは結実した。
製品情報
https://aladdin-aic.com/product/hibarin
文/大沢裕司