アメリカに本拠地を置く投資ファンド・ベインキャピタルが、マッチングアプリ「Omiai」を運営するネットマーケティングにTOBを仕掛け、子会社化しようとしています。経営陣はこの買収に賛同しており、株主に対してTOBへの応募を推奨しています。
ベインキャピタルは、2021年4月にマッチングアプリ「with」を主力サービスとするイグニスを子会社化していました。
なぜ、アメリカの巨大投資ファンドは、日本のマッチングアプリ市場に手を伸ばすのでしょうか?
ユーザー満足度と月額利用料が高いマッチングアプリの世界
マッチングアプリに注目している理由は大きく3つあると考えられます。1つ目は市場規模が着実に拡大している有望市場であること。2つ目はビジネスモデルが単純で、企業価値を高めやすいこと。3つ目はアメリカでの成功事例があることです。
サイバーエージェントのマッチングサービス「タップル」の調査によると、国内マッチングアプリサービスの市場規模は2021年に768億円。2026年には2.2倍の1,657億円に拡大すると見られています。
※サイバーエージェント「タップル、国内オンライン恋活・婚活マッチングサービスの市場調査を実施」より
使い慣れない人にとってマッチングアプリは「怪しい」「危ない」といったイメージを持ちがちですが、利用者の満足度は高いという特徴があります。三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行ったアンケート調査によると、20代でマッチングアプリに対して不満・非常に不満と答えた人の割合はわずか12.6%。44.2%が非常に満足・満足と回答しています。
※三菱UFJリサーチ&コンサルティング「マッチングアプリの動向整理」より
ユーザー満足度が高いため、単価も高く設定できます。
1ヶ月当たりの支払額は、20代のボリュームゾーンで3,001円~5,000円。サブスクリプション型アプリの一般的な月額単価は1,000円以下。マッチングアプリのユーザーの年齢が上がるにつれて単価は下がる傾向にありますが、それでも高水準にあるのは間違いありません。
※三菱UFJリサーチ&コンサルティング「マッチングアプリの動向整理」より
マッチングアプリは出会い系サイト規制法という法律により、テレビや新聞での広告出稿が認められていません。Web広告を中心にユーザーを獲得しています。
マッチングアプリの運営会社は、苛烈な広告合戦を繰り広げています。1ヶ月当たりの広告費は数百万円というのが当たり前の業界です。損益分岐点を超えた会社は利益を享受できます。そこに行きつくまでに事業を継続できるかどうかの体力勝負なのです。
その一方で資金が豊富な投資ファンドからすれば、生き残った会社を手にしてしまえば素早く利益を獲得できることになります。
「Omiai」のデータ流出事故はファンドにとってラッキーだった?
イグニスのマッチングアプリ事業は、2020年9月期通期の営業利益率が30.5%。極めて高い水準です。2021年9月期第2四半期は25.0%。広告費が嵩んで利益を圧迫してもなお、高水準をマークしています。
※イグニス「決算説明資料」より
「Omiai」のネットマーケティングは2021年6月期の営業利益率が14.3%。イグニスの「with」には劣るものの、比較的高い水準を維持していました。
しかし、2022年6月期に入ると、4Q単体で赤字に陥るなど、売上高及び営業利益の減少が顕著になります。
これは「Omiai」が第三者から不正アクセスを受け、大規模な情報漏洩が確認されたため。運転免許証、健康保険証などの情報171万件が流出したことを、2021年8月に公表しました。これを受けて一部のユーザーが離反。セキュリティ強化対策費用も利益を圧迫しました。
ネットマーケティングが公開した「公開買い付けの実施及び意見表明に関するお知らせ」によると、同社の経営陣は2021年9月下旬にベインキャピタルの関係者と接触したといいます。情報漏洩を公にしたわずか1か月後。株式を公開したまま単独で業績を回復するのが難しいと感じていたのかもしれません。2022年3月には株式を非公開化することで協議しており、買収の話は本格化していました。
アメリカでは3,000億円が9,000億円に大化け
ベインキャピタルからすると、これほど“おいしい話”はありません。マッチングアプリは単価の高いサブスクリプション型のビジネスモデルであり、会員が多いほど企業価値は上がりやすくなります。
しかも、「with」は恋人探しをメインとしたアプリであるのに対し、「Omiai」は真剣に婚活をする人向けのサービス。年齢も「with」は若年層、「Omiai」はやや高い傾向があります。属性が異なるためにユーザーの共食いが起こりません。
投資ファンドにはロールアップという、企業価値を上げるための得意技があります。同業の会社や事業の買収を繰り返し、市場シェアを高める方法です。多くの場合、出口戦略として株式の上場を行います。
その成功モデルがアメリカのマッチングサービスの運営会社BumbleのIPO。この会社はBumbleとBadooの2つのサービスを持っています。創業者のアンドレイ・アンドリーブ氏は2019年11月にアメリカの資産運用会社大手ブラックストーンに持ち株の大半を売却。3,270億円という巨額のM&Aでした。
Bumbleは2021年2月にナスダック市場に上場。時価総額は9,000億円を超えました。ベインキャピタルが一連の成功を意識しているのは間違いないでしょう。
国内のマッチングアプリ市場が伸び盛りといっても、少子高齢化が進む中で中小の運営会社が生き残るのは厳しい世界。ベインキャピタルは業界再編を促す台風の目となるかもしれません。
取材・文/不破 聡