DX人材の必要性などから「リスキリング」が重要視されるなか、スキルを上げたいと思うビジネスパーソンは多いと思われる。その方法の一つが、IT資格を取得することだ。しかしIT資格は数多く、何を選択すればいいか迷うかもしれない。そこで今回は、自分に適したIT資格をうまく選択する方法を有識者に聞いた。
IT資格は一般的な資格とは異なる
先日、米国シカゴに本部を置く非営利のIT業界団体「CompTIA(コンプティア)」が、オンラインセミナーを開催。その中でIT資格の位置づけや選び方などをCompTIA日本支局 シニアコンサルタントの板見谷剛史氏が解説した。
CompTIAは、ネットワーク、セキュリティ、クラウドといったIT業務分野の実践力と応用力を評価する「CompTIA認定資格」を運用していることから、IT資格の全体像に詳しい。
セッションの中では、まずIT資格とは何かという解説がなされた。板見谷氏は、「IT資格はすべてオンリーワン」と強調する。
「IT資格は免許制ではありません。そして500~1,000と数が多いです。その理由は、さまざまな職種や技術、サービス、製品など、ある特定の目的に合わせてIT資格が開発されているからです。つまり、IT資格にはそれぞれの役割があり、その役割のもとで初めて役に立ちます。オンリーワンなのです。IT資格は『努力の証明』とする方もいますが、努力の証明でもないのです」
「特定のIT資格が万能なわけではありません。なりたい自分、求める能力、求める人材像に近付くためには、目的に正しく紐づくIT資格を選択しなければまったく役に立たないことになってしまいます。
その意味で、IT資格の知名度や難易度はまったくあてにはなりません。重要なのは、目的に紐づくIT資格を選んでいるかどうか。そして実践できる環境と時間があるかどうかです」
IT資格は「努力の証明」とはならない理由とは
板見谷氏が述べた「IT資格は、努力の証明にはならない」というフレーズが気になった人もいるかもしれない。実際、IT資格をがんばって取得し、転職等に役立てる人も多いだろう。これにはどのような意味合いがあるのだろうか。板見谷氏に、詳しく解説してもらった。
「IT資格が努力の証明にはならないというのは、IT資格のみならず、資格全般にも言えることです。そもそも資格は、それぞれの役割に基づき求められる知識やスキルが洗い出され、それらの保持を確認できる問題を出題することによって、公正に客観的にそれらを評価するために存在します。
資格取得を『努力の証明』と位置付けているということは、『勉強をして結果を出すこと』がゴールであり、その『培った能力を活かすこと・評価すること』を求めてはいません。この考えが背景となり、難易度や認知度の高い資格が評価につながり、資格本来の役割はないがしろにされます」
「IT資格は、努力の証明」という考え方が日本に広がっている背景について、板見谷氏は次のように続ける。
「これはメンバーシップ型と言われる年功序列、終身雇用が特徴の日本型雇用の弊害と言えると思っています。メンバーシップ型は、職務要件が不明確で、雇用した後、その人の適正や性格によって仕事が決まります。資格を取得したとしても、その資格の役割を人事担当者が理解しているわけではなく、そこまで『勉強をした努力』を理解、評価しようとしています。
最近IT企業で急激に検討が進むジョブ型の場合、職務要件が明確で、仕事が決まっている中で人を雇用することになります。これから本当に『使える』人材を必要とされるのであれば、また本当に必要とされたいのであれば、資格それぞれの役割を理解し、求める人材、求めるキャリアに紐づけるべきです。結果として、求職者にも資格の役割を意識する流れができるのではないでしょうか」
IT資格の4分類
自分に適したIT資格を実際に選んでいく際には、IT資格の全体像を把握しておく必要がある。板見谷氏は、セミナーでIT資格の4つの分類と特徴を解説した。
IT資格の役割から考えると、この図のように4種類に分かれるという。
「ランニングに例えましょう。ゴールまでの全体を俯瞰する能力が、スペシャリスト系の『国家資格』です。国家資格の中でも、ITパスポート、基本情報・応用情報などの『国家資格』は、運動生理学や栄養学など広い理解、論理的知識に例えられます。
そして、『ベンダー資格』は、最新のシューズやウェアに例えられます。私も厚底シューズを持っていますが、私が履いてもマラソンランナーのように早くなれませんし、実は股関節も傷めました。新しいものを使うにしても、それに耐えうる身体が必要ですし、ランナーとしての体幹がないと身体がついてきません。
その意味で、『CompTIA認定資格』は体幹であり、いかなる環境でも対応できる力。走れるだけの身体づくりを行います。組織におけるスキルアップやリスキリングにおいて、事業に貢献するためには、製品やサービスの知識を取得する前に、業務の理解がなければなりません。業務の力量があった上での、製品やサービスの知識です」
●CompTIA認定資格とは
「CompTIA認定資格は、どの環境でも誰が対応しても、相手がどのお客様でも、その業務が一人前にできる能力の基準が培われる認定資格です。ベンダー・メーカーに依存しない、業務能力の基準となります。世界で270万人以上が認定されています(2021年1月時点)」
DXのために取得するIT資格の選び方
一般ビジネスパーソンが、DXを担う人材になるために、今後スキルアップを考える際、IT資格はどのように選んでいけばいいか。板見谷氏にアドバイスしてもらった。
「DXを推進する企業では、経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)を分解し、結び付け直して新たな付加価値を考えます。その手段として、ITやICTで結び付けを実現します。一般の会社員が今後、その環境下に置かれることを想定した場合、大きく次の3つが求められます」
1.ITを活用する会社の仕組みの理解
2.DXを支援するために必要なIT力
3.クラウドコンピューティングで変わるビジネスの理解
「これをIT資格に紐づけていくと、1は国家資格、2と3は、複数あるCompTIA認定資格のうちの2つが役割を果たします。2は『CompTIA IT Fundamentals』、3は『CompTIA Cloud Essentials+』です。特に2に関しては、日頃のITの運用によってDXを支援する上で重要です」
新しい「CompTIA Data+」はどんな人におすすめか
ところで、CompTIA認定資格のうち、このほど新しい「CompTIA Data+」という認定資格試験が生まれ、2022年8月3日に日本語試験の提供が開始された。
この資格は、データドリブン型のビジネスの意思決定の構築を促進する、データアナリスト向けのプロフェッショナル認定資格だという。データライフサイクルのスキルセットすべてを習得できる。
背景として、近年、データ活用文化が高まっているのにもかかわらず、データが十分に使用されていないことがあるという。今後は、「データの収集と保存→データフローに合わせた処理と整理・体系化→データの分析と視覚化」といったデータライフサイクル全体を把握し、遂行できる人材が必要になっていくそうだ。
「CompTIA Data+」がおすすめのビジネスパーソンはどんな人か、板見谷氏に尋ねた。
「CompTIA Data+は、データでビジネスの意思決定を支援する、あらゆる方におすすめしたい資格です。事業企画担当かもしれませんし、マーケティング担当かもしれません。またはエンジニア、セールスの方かもしれません。社内または顧客の事業にこれから深く関わることを望むすべての皆様に門戸を開きたいです。
データ主導でビジネスを前に進めるために、データの収集、分析、レポートの作成は、スキルとしての優先順位が高まっています。自信を持ってデータを考察し、ビジネスに関わるチャンスを得るためのスキルととらえていただきたいです」
これからIT資格を取得する際には、自分の目的に正しく紐づくIT資格を選択することが重要であるようだ。特にDX領域においては、多様な人材が求められている。詳細に資格を選び分けられることも、一つのスキルと言えるのかもしれない。
取材・文/石原亜香利