■連載/ヒット商品開発秘話
夏になると食べたくなる麺といえば素麺。ただ、食べ方がめんつゆにつけて食べるぐらいしかないので、そのうち飽きてしまうのが常だ。夏になると余らせてしまう家庭も多いのではないだろうか?
そんな素麺の新しい食べ方を提案したのが中川政七商店。2020年から毎年、夏季限定で『素麺専用ソース』シリーズを販売している。
『素麺専用ソース』シリーズは現在、具入り4種、ジュレ2種の計6種をラインアップ。ゆでた素麺にかけるだけで食べられる。季節限定の上に販路が全国約60店舗の中川政七商店と自社オンラインショップに限られるが、これまでに累計3万1000食以上が売れている。
食をきっかけにして工芸に触れてほしい
中川政七商店の商品といえば、日本の工芸をベースにした生活雑貨のイメージが強いが、最近は食品に力を入れるようになった。
初めて発売した自社オリジナル食品が、2019年11月に発売した『産地』シリーズ。食をきっかけに工芸に触れてほしいという想いから、各地の風土が育んだ食文化や郷土料理から学んだ美味しさを家で簡単に味わえるようにするために考案・開発された。
「産地のカレー」を皮切りに、「産地のおかず」「産地の漬けもの」「産地の汁もの」「産地のごはんのとも」「産地のとうふのとも」「産地のパンのとも」「産地のラーメン」「産地のおやつ」「産地のお茶」を発売中。一番の売れ筋は「産地のカレー」で、累計8万2000食以上を売り上げている。
『産地』シリーズは『産地のうつわ』に盛り付けを楽しむことも提案。「産地のカレー」であれば、佐賀の有田焼に佐賀の郷土料理をもとにつくった煮ごみカレーを、栃木の益子焼であれば益子のご当地名物であるビルマ汁を盛り付けるといった具合だ。
佐賀の有田焼の平皿に、佐賀の郷土料理をもとにつくった煮ごみカレーを盛り付けた例
栃木の益子焼の中鉢に、益子のご当地名物であるビルマ汁を盛り付けた例
『素麺専用ソース』シリーズは『産地』シリーズではないが、誕生のきっかけは『産地』シリーズの開発経緯と似ており、素麺に興味を持ってもらうことにあった。素麺は中川政七商店の創業地と同じ奈良発祥。奈良のある製麺所を訪れたことから始まった。
素麺の地位は麺類の中で低い
「当社が創業300年を迎えた2016年に、各地の方と商品開発コンサルを行ないました。この一環で手延べ素麺をつくる奈良の製麺所に伺ったとき、素麺業界の課題に直面したのです。課題は、素麺は1200年以上の歴史があるにもかかわらず麺類の中で地位が低いのではないか、ということ。製麺所は麺の中で3位ぐらいとイメージしていましたが、私たちは世間の認識にギャップがあるように感じました。一方、奈良の人にとって素麺は県民食といってもよく、冬にも汁物に入れて食べるほど。何とかしたいという気持ちをずっと抱えていました」
こう話すのは『素麺専用ソース』シリーズの開発を担当する商品一課 課長の田出睦子さん。製麺所は食べ方のバリエーションが乏しいことにやるせなさを抱いていた。
地元・奈良という産地に根ざす素麺でいつか何かしたい、という気持ちが一層強くなったという田出さん。当時は自社ブランドのテキスタイルデザインを手がけながら、創業300年に関連して奈良の会社と一緒にものづくりをするチームに所属していた。
転機が訪れたのは2019年。田出さんは食品の開発担当になった。
当時の中川政七商店では素麺は販売していたものの、食べ方の提案まではしていなかった。製麺所との話にもヒントを得て、簡単かつ新しい素麺の食べ方を提案することにした。
開発に生きた「産地のカレー」の開発経験
現在6種類販売されている『素麺専用ソース』シリーズだが、まずレトルトの「素麺のための鶏塩レモン」(以下、鶏塩レモン)「素麺のための豚肉ごま豆乳」(同、豚肉ごま豆乳)「素麺のための花椒肉みそ」(同、花椒肉みそ)の3つを企画する。
鶏塩レモンは塩味よりも旨味を強くしつつ、レモンの爽やかさを感じられるよう工夫。豚肉ごま豆乳は豆乳によりマイルドで塩味が強くならないものになるが、素麺の水切りが弱いと水っぽくなってしまうことから、ごまは強めにしたという。
最後まで悩んだのが花椒肉みそであった。男性向けの味の強いものとして考えられたが、田出さんは「本当は山椒を使いたかった」と振り返る。
しかし、山椒はレトルトにすると風味が飛んでしまうという問題にぶつかった。大量に使えば問題はクリアできるがコストアップになることから断念。山椒と花椒をブレンドしたものも試作したが、山椒の風味がわからなくなるほど花椒の風味が強いことから花椒に変更した。
悩んだといはいえつくった試作は3、4個。3つ全体を見ると、開発は概ね順調に推移した。「同じレトルトの『産地のカレー』を開発するときは経験がなくもたついたのですが、このときにいろいろ経験したことが生かすことができたので、開発をスムーズに進めることができました」と田出さんは話す。
また、開発では素麺だけではなく、うどんや中華麺、パスタといった他の麺類にもかけて試食。一番美味しいと評価できたのは、細くソースが絡みやすい素麺だったという。他の麺類は素麺より太いこともあり、味が薄く感じられたそうだ。
お客様の味の好みを知る頼もしい協力者
2021年の夏季はこの3種に加え、「素麺のための唐辛子豚タケノコ」(以下、唐辛子豚タケノコ)「素麺のためのジュレソース 柚子胡椒」(同、ジュレソース 柚子胡椒)「素麺のためのジュレソース 梅かつお」(ジュレソース 梅かつお)をプラスした。
唐辛子豚タケノコは、辛いものを揃えたいということから企画。ジュレソース2種については、素麺を生野菜やサラダと同じ感覚で食べられるものにするため開発した。
開発はすんなり進んだそうだ。ジュレソースは見た目や粘り気をやや調整したものの、唐辛子豚タケノコは最初の試作が完成形になった。「レトルトをつくってくださるパートナー企業が中川政七商店のお客様の味の好みをよく理解してくださり、それに合わせたものをつくってくれたことで開発がスムーズにいきました」と田出さんは話す。
2022年から始まった店舗での本格展開
中川政七商店の店舗では6月頃から「夏の愉しみ」という企画展を実施している。ガラスの器など夏の食卓にまつわる商品を集めて売場をつくっているが、『素麺専用ソース』シリーズも陳列。来店客の目を引くようにした。
2021年に関しては「夏の愉しみ」のほか、「休みの昼は麺がいい!」というテーマでも商品を置いた。ゴールデンウィークあたりから、麺をはじめ関連商品を集めた売場を各店舗でつくり、手早くつくりたい休日の昼食向け商品の1つとして提案している。
こうした店頭での訴求について田出さんは、「お客様には伝わり始めたばかり」と控え目に話す。新型コロナウイルスの感染拡大により、店舗を開けることができなかったところもあったためだ。これまでの2年間は主にECサイトで売上をつくってきたが、店舗での本格展開が始まったのは2022年からといってもいい。
2022年の発売前までの売上は累計2万5000食だったが、発売されると店舗での売れ行きが好調で、短期間で売上を伸ばしている。企画展のほかテレビ番組で紹介されたことも売上増につながっている。
このほか、アレンジレシピもECサイト上で数点公開。素麺以外に使えることも訴求している。
「素麺のための唐辛子豚タケノコ」を使ってつくったアレンジレシピ「豆腐を加えるだけ簡単麻坊丼」
「素麺のためのジュレソース 柚子胡椒」を使ってつくったアレンジレシピ「サバ缶簡単パスタ」
取材からわかった『素麺専用ソース』シリーズのヒット要因3
1.簡単・便利
ゆで上げてから冷水で冷やし水気を切った素麺にかけるだけ。この簡単・便利さがファミリー層を始めとした家事に忙しい人たちから支持された。
2.素麺専用にした
専用に開発しただけあり素麺との相性がよく、味わいが申し分ない。素麺という限定されたジャンルで産地に根ざしたことも興味を引いた
3.新しい食べ方の提案
めんつゆにつけて食べる以外の食べ方がほぼ見当たらず、徐々に飽きてしまいがち。しかし、新しい食べ方を提案したことで飽きずに食べ続けられるようになった。
全6種類の中で一番人気は鶏塩レモンだが、2022年はすでに完売。中川政七商店の利用客は、さわやかであっさり目の味わいを好む傾向にあるという。販売は8月いっぱいまでの予定だ。
今後も夏季限定で販売したい考え。ようやく店頭展開できたラインアップをまずはしっかり販売していきたいため、今のところラインアップを増やす予定はないが、将来的には入れ替える可能性はあるという。
製品情報
https://nakagawa-masashichi.jp/
文/大沢裕司