仕事の現場でよく聞く『コアコンピタンス』という言葉について、正しく理解できていますか?何となくイメージはできても、意味をしっかり説明できない人もいるでしょう。コアコンピタンスの意味から見極めるときの考え方、企業の成功事例まで紹介します。
コアコンピタンスの意味
会議中や職場での会話で耳にする『コアコンピタンス』という言葉は、何を意味するのでしょうか?まずは使い方を理解する上で最も重要な、言葉の意味を解説します。
コアコンピタンスとは企業の核となる能力
コアコンピタンスとは『企業の中核を担う能力』を表すビジネス用語です。コンピタンス(competence)は『能力』や『力量』を表し、企業が持つ能力(コンピタンス)の中でも経営のコア(核)となるものが『コアコンピタンス』と呼ばれます。
企業独自の核となる能力という考え方を提唱したのは、ロンドン・ビジネススクールのゲイリー・ハメル客員教授(当時)と、ミシガン大学ビジネススクールのC・K・プラハラード教授(当時)です。
1990年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』に共同投稿した論文『The Core Competence of the Corporation』の中で、コアコンピタンスについて議論されています。
参考:The Core Competence of the Corporation
ケイパビリティとの違い
コアコンピタンスと意味合いが似ている言葉が、同じく企業の能力を表す『ケイパビリティ』です。ただ、具体的に表す事柄は違います。ケイパビリティの意味を踏まえ、両者の違いを見ていきましょう。
ケイパビリティとは
ケイパビリティとは『能力』や『才能』を表す英語です。ビジネス用語としてのケイパビリティは『企業経営を大きく動かす組織的な能力』を指します。
ボストン・コンサルティング・グループのジョージ・ストークス氏、フィリップ・エバンス氏、ローレンス E.シュルマン氏の3人が、1992年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』で発表した論文『Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy』の中で提唱した言葉です。
ケイパビリティは企業の数だけ存在し、同じ業界でしのぎを削るライバル同士でも、企業の強みとなるケイパビリティは異なります。
例えば、新しい技術の開発力に大きなアドバンテージを持っている企業もあれば、質の高いアフターサービスで成功を収めている企業もあるでしょう。
参考:Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy
ケイパビリティはプロセスを指す
ケイパビリティとコアコンピタンスは、双方とも企業の『強み』を表す言葉で、競争に打ち勝っていくために重要な概念です。両者の違いは、何を企業の強みと捉えるかです。
ケイパビリティは、一連のビジネスプロセスを強みとします。安価かつ高性能な製品を世に送り出すことをケイパビリティとする企業であれば、原材料の調達、精緻な加工、効率的な配送システムなどがそろって初めてケイパビリティが形成されます。
一方でコアコンピタンスは、企業経営を力強く支えている商品を生産するために最も重要な技術を指します。競合他社にはまねできない自社ならではの価値を生み出す圧倒的な能力であり、プロセスではなくピンポイントの技術を強みと捉えるのです。
コアコンピタンス経営とは
企業経営の核をなす技術を中心に据えた経営を『コアコンピタンス経営』と呼びます。高い技術力に定評がある企業なら、コアコンピタンス経営を実践すれば企業経営を安定的に継続できるでしょう。
コアコンピタンス経営の条件
コアコンピタンス経営を成功させるには、設定したコアコンピタンス(自社の核になる強み)が次に挙げる要件を全てクリアしている必要があります。
- 顧客に何らかの利益を提供する能力
- 他社からまねされにくい能力
- 複数の商品や市場に応用できる能力
他社と比べて圧倒的な技術を持っていたとしても、その技術を使って顧客に利益を与えられなければ経営は成り立ちません。簡単にまねできてしまう技術も企業独自の核として優位性を保ちにくく、模倣されれば企業としての強みを失ってしまうでしょう。
さらに、たとえずば抜けて優れた能力(技術)であっても一つの商品にしか使えなければ、その商品が廃れると技術に対する需要がなくなってしまいます。
コアコンピタンス経営のメリット
コアコンピタンス経営のメリットとして挙げられるのが、市場の変化に対応できる点です。
他社にはまねできない自社独自の強みを確立している企業では、特定の商品が競争力の源泉になっているわけではありません。商品を下支えするスキルが競争力であるため、市場のニーズが変化しても技術を活用する方法を変えていけば柔軟に対応できます。
他社との連携によって新たな商品やサービスを生み出せるのも、コアコンピタンス経営のメリットといえるでしょう。他社をねじ伏せるほどの技術力は、メインの事業以外の分野における活用も期待されます。
結果として、新たな市場の開拓が可能になる可能性が高まります。
コアコンピタンス経営のデメリット
コアコンピタンス経営のデメリットとして挙げられるのが、技術者が離職すると自社の核となる技術が成り立たなくなる可能性です。技術はそれを支える技術者がいてこそ成り立ちます。
コアコンピタンスとなる技術を支える人材が他社に引き抜かれてしまえば、企業は一気に競争力を失うでしょう。
応用の利くスキルを確立するのが難しい点も、コアコンピタンス経営のデメリットです。設立して間もない企業では蓄積された技術も乏しいため、企業の核となるスキルの確立自体に困難が生じます。
たとえ経営の核となる強みになりそうな技術が見つかっても、さまざまな商品に応用可能なものとなると、ハードルがぐんと上がってしまいます。
コアコンピタンスを評価するポイント
評価のポイントを確認すれば、コアコンピタンスに必要な要素が見えてくるはずです。自社の核となる独自の技術を評価するときに重要な視点も押さえておきましょう。
模倣可能性
模倣可能性とは『持っている技術がライバル企業にまねされる可能性がどれだけあるか』という視点です。他社から模倣されにくい技術であればあるほど、高い競争力を持つとされます。
簡単にまねされてしまう技術なら自社のみが保有している特殊な能力とはいえず、市場で優位性を発揮するのは難しいでしょう。
競合他社は常にライバル企業の動向に目を光らせています。核となる技術の模倣が可能であれば、商品のリリースとともに研究され、あっという間に同じような技術を開発されてしまうでしょう。市場を独占できてしまうほどの高度な技術だからこそ、企業独自の核となり得るのです。
移動可能性
移動可能性とは『一つの技術をさまざまな製品に応用できる柔軟性』を表します。
たとえ他に類を見ない技術であっても、一つの商品にしか活用できなければ活用の幅が広がりません。商品が時代遅れになると、自動的にその商品に活用していた能力も陳腐化してしまうでしょう。
コアコンピタンスを幅広い分野や商品に応用できれば、自社にしか作り出せない商品を生み出せるチャンスが広がります。さまざまな商品で競争力の維持が可能となり、事業拡大の可能性を引き寄せられるでしょう。
代替可能性
代替可能性とは『他の技術に取り替えられるか』という視点です。代替可能性が低いほど、企業が持つコアコンピタンスの競争力は高いといえます。
模倣は難しくても同じような技術に取って代わられてしまう技術であれば、競争力を維持するのは困難です。替えが効く技術には市場を独占するほどのパワーはありません。
代替する技術がなく特定の企業しか持ち得ない技術であれば、その恩恵にあずかりたい企業は、技術を持つ企業と取引するしかなくなります。代替可能性の低さこそ、企業経営の中核をなす技術の競争力を上げる要因なのです。
希少性
希少性とは『コアコンピタンスとなる技術の珍しさ』を表す視点です。希少価値が高い技術であるほど、コアコンピタンスとして適切であるといえます。
いくら自社の叡智を総動員した技術でも、ありきたりの技術では競争力は不十分でしょう。戦う分野において唯一無二の技術だからこそ、高い競争力で企業経営の核を担ってくれるコアコンピタンスとなります。
代替可能性と模倣可能性が低い技術であれば、自然と希少性もクリアしている場合が多いはずです。
耐久性
耐久性とは『長期間にわたって競争力を失わず、自社の優位性を保ってくれるか』という視点です。
いくらまねされたり他の技術に取って代わられたりしない技術であっても、あっという間に時代遅れになってしまう技術はコアコンピタンスになり得ません。高い耐久性を持ち、末永く企業を下支えしてくれる技術こそがコアコンピタンスとなるのです。
とはいえ、技術は常に進化します。企業の核となる能力の耐久性を、維持し続けるのは容易ではありません。コアコンピタンスを時代に合わせて常に刷新していけるよう、新しい技術を開発し続ける姿勢が欠かせないといえるでしょう。
コアコンピタンスを見つける手順
自社にとってのコアコンピタンスの見つけ方を紹介します。正しいステップを踏んで探求していけば、企業の命運を懸けられるコアコンピタンスを見極められるはずです。
強みを洗い出す
コアコンピタンスを見つける最初のステップは『強みを洗い出す』ことです。自社のコアコンピタンスになる可能性がある強みを、できるだけ多く挙げていきます。
強みを洗い出す手法としておすすめなのが『ブレインストーミング』です。ブレインストーミングとは、複数人でアイデアを出し合い、創造的な発想にたどり着くための会議手法です。ブレインストーミングで自社の強みと思える事柄を挙げていきましょう。
ポイントは、経営陣だけで進めないことです。あらゆる部門の社員に参加してもらうことで視点が増え、思いもよらない気付きに出合える可能性が高まります。
他に『SWOT分析』や『PPM分析』も、強みを洗い出す際に使える手法です。
強みを評価する
徹底的に強みを洗い出したら、導き出したそれぞれの強みを評価します。評価のポイントは、コアコンピタンス経営の3条件をクリアしているかどうかです。
加えてコアコンピタンスを評価するポイント(模倣可能性や代替可能性など) についてもチェックしていけば、その強みがコアコンピタンスとして適切かを判断できます。
強みを評価する上では、数値化が有効です。基準点(ベンチマーク)として競合他社を分析し、相対的に点数を付けていくとよいでしょう。他社との比較が難しければ、求める基準を100として評価していくのもおすすめです。
強みを絞り込む
強みを評価した後は、挙げた強みを絞り込みましょう。評価して点数が高かった項目を機械的にコアコンピタンスとして設定するのはおすすめできません。多角的な視点から精査し、絞り込む過程が必要です。
強みを絞り込むに当たっては、以下の点も考慮しましょう。
- その技術をコアコンピタンスとして育てていきたいか
- 将来的にも競合他社にまねされるリスクはないか
コンピタンスに設定する自社の強みは、企業経営を大きく左右する重要な決断です。自社の将来を見据え、できるだけ幅広い部門を巻き込んで絞り込みましょう。
コアコンピタンス経営の成功事例
コアコンピタンスを経営の中心に据え、成功を収めた企業の事例を紹介します。事例を確認すれば、コアコンピタンスの実像をイメージしやすくなるでしょう。
本田技研工業
本田技研工業のエンジン技術は、成功したコアコンピタンス経営の代表格です。自動車の排ガスによる大気汚染が社会問題化していた時代、規制の強化を見越した同社は、先んじて大気汚染対策の専門研究所を設立します。
企業のリソースを大気ガス研究に注ぎ込んだ結果、生まれたのが低公害技術を生かした新型エンジン『CVCC』です。
CVCCは世界でいち早くアメリカ環境保護局の認定を取得し、厳しい基準をクリアしました。これにより自動車の分野で後発組だった同社は、『技術力のホンダ』というイメージを世界的に確立します。
開発されたエンジン技術は、除雪機やオートバイなどさまざまな商品に応用され、企業独自の技術として同社の経営を支えています。
参考:ヒストリー | 会社案内 | 企業情報 | Honda公式サイト
富士フイルム
富士フイルムの精密技術も、コアコンピタンス経営の成功事例といえるでしょう。同社はフィルムカメラが全盛期だった頃、多くのシェアを維持していました。しかしデジタルカメラやスマホの普及によりフィルムカメラの人気が低迷すると、フィルムの売上は大幅に減少します。
窮地に立たされた同社は、フィルムに活用していた技術を美容や医療の分野に応用し始めました。マイクロレベルの精密な技術と、フィルムに用いていた高品質なコラーゲンを生む技術を生かし、今までに参入していなかった分野に踏み込んだのです。
独自の能力を幅広い分野や商品に応用させ、新しい主力商品を開発するに至りました。
構成/編集部