ビルや工場などに使われるエアコン。空気を冷やしたり温めたりするのに〝冷媒〟の働きは欠かせません。その冷媒が循環する配管には、長らく銅製の管が使われてきました。
銅は人類が初めて使った金属だといわれ、紀元前7000〜8000年頃の新石器時代に偶然発見されたという歴史を持つ、人類との関わりの長い金属です。加工しやすく曲げやすい銅は、配管の材料として重用されてきたのです。
しかし、2004年以降に銅の価格が急上昇し、1kgあたり200円程度だったものが、2007年にはその4倍、800円あまりまで上昇しました。価格高騰がきっかけとなり、銅以外の素材を用いた配管に注目が集まるようになったのです。
「銅は電気自動車や洋上発電などの電動部分に欠かせない金属です。今後、これらの銅の需要が増加していく中で、カーボンニュートラルを実現するためには、銅資源をまかなえない状況が予測されます。電動に関係のない構造材(配管)などには、なるべく銅を使わない。つまり、冷媒配管は銅の一択からアルミも選択できる環境を構築することが重要です」と、アルミ配管設備工業会の込山理事は言います。
一般社団法人アルミ配管設備工業会(APEA) 代表理事 込山 治良さん
その後も銅の価格は上昇し、2022年6月の平均価格で1kgあたり1207.43円という状況。1kg200円あまりだった2004年に比べて、6倍以上の値上がりとなっています。
しかも、電気自動車の急速な普及に伴い、銅の需要は拡大。また、銅資源の可採年数は30年といわれており、銅に代わる素材の開発は待ったなしの状況となっています。
豊富で安価なアルミニウムを使った冷媒配管を作れ!
一方、アルミニウムは精錬方法が150年前に発見され、工業製品として本格的に利用されたのがこの100年あまりと、人類にとっては〝若い〟金属。しかし、アルミニウムは地球上で最も多い金属の元素とされ、潤沢な資源として今後が有望視されています。
また、アルミニウムの2022年6月の平均価格は1kgあたり342.98円ほどと、銅にくらべて1/4ほどの安価。この豊富な金属資源を有効利用できないか? と期待が高まっていました。
ですが、アルミニウムには〝水に弱い〟という弱点があります。しかも、銅の冷媒配管が規格化されているのに対して、アルミニウムの冷媒配管の規格化は未達で、冷媒配管はほぼ100%、銅管がシェアを持っていました。
行き詰まった状況を打破するべく、一般社団法人アルミ配管設備工業会(以下、APEA)はアルミ冷媒配管の規格を制定。さらにアルミ冷媒配管の施工指針を改定し、公開しました。
その結果、アルミ冷媒配管用分岐管ユニットや、
アルミ冷媒配管用機械式継手など、規格に即した冷媒配管器具が次々に登場しました。
さらに、アルミ冷媒配管を接続するための〝ろう付工法〟も明確化しました。
もちろん、冷媒配管自体もアルミ合金化。〝水に弱い〟とされるアルミニウムですが、冷媒には酸素が含まれておらず、アルミニウムでも安定しているという冷媒配管ならではの特性をうまく利用して、アルミ冷媒配管の製品化が可能になりました。
そんなアルミ冷媒配管は当初の期待通り、銅管に比べて重量が劇的に軽量化されています。
アルミニウムに代えるとCO2が30%削減、施工20%省力化、材料費10%低減って本当?
規格も定まり、アルミニウムによる冷媒配管が可能となる中、銅からアルミに素材を代えることで、大きなメリットが生まれることがわかってきました。
それは、CO2の排出量削減と、省力化、コストダウンです。
まず、CO2の排出量削減ですが、およそ30%削減が期待されています。アルミニウムの生産には多大なエネルギーを要するのですが、リサイクルが銅に比べて有利です。
日本の銅管のリサイクル率は45%と目されますが、一方のアルミ管のリサイクル率は85%を提唱。各口径のCO2排出量の削減率平均で28.5%となっています。
次に冷媒配管工事の施工では、20%の省力化が可能となりました。これは、配管材料の軽量化による作業負担軽減がまず1つ。そして、管を接続する際のろう付に銅の場合は窒素を封入する必要がありますが、アルミでは窒素封入の必要がないといった、アルミ配管ならではのメリットも活用。実際に施工実験をしたところ、施工時間が約20%短縮されました。
そして、アルミニウムに素材を代えることで、材料費の10%削減が目指せることに。
以上のように、アルミ冷媒配管は地球環境に良く、しかも働き方改革にもつながる2020年代にふさわしいアイテムとなったのです。
パナソニックは業界で初めてアルミ冷媒配管で施工した業務用電気空調機器をメーカー機器保証
このように、冷媒配管を銅からアルミニウムに変更するメリットは大きく、積極的に素材を代えていきたいところですが、銅冷媒配管は広く一般化されており、また、従前は設計基準が未整備であったこと、材料変更による空調機器の故障リスクへの懸念もあり、アルミ冷媒配管への置き換えはまだこれから。
そんな中、パナソニックはAPEAがアルミ冷媒配管の規格化を行ったことを受けて、業務用電気空調機器を対象に、アルミ冷媒配管で施工した場合の性能および機器本体の安全性に関する検証を行いました。
「メーカーの責任として、機器本体の耐久性などを徹底的に検証。実際の現場でも2019年から確認してきました」とパナソニックの小松原さんは話します。
パナソニック株式会社 空質空調社 空調冷熱ソリューションズ事業部 業務用空調ビジネスユニット ビジネスユニット長 小松原 宏さん
高温・高圧の圧力容器に銅冷媒配管、アルミ冷媒配管それぞれに冷媒や部材を投入し、配管部材の劣化速度の比較検証を、175℃で336時間、140℃で1000時間実施する「オートクレーブ試験」や、実機耐久試験を3000時間連続して行うなど、厳しい基準の検査を実施。さらに、2019年より実際のビルでフィールド検証を行いました。
その結果、アルミ冷媒配管の実用にゴーサインが出されました。
同社では、
・APEA認定アルミ部材を使用していること
・パナソニック推奨メーカーアルミ分岐管(株式会社ベンカン製)を使用していること
・APEA会員企業により、APEA施工指針とパナソニック施工要領に則って施工されていること
など指定の条件が確認された場合、2022年9月受注分からメーカー機器保証を開始。 銅冷媒配管で施工した機器と同じく、購入後1年間は機器に起因する故障が発生した場合、無償で保証することとしました。
パナソニック製「ビル用マルチエアコン」(CU-P280UXS)
なぜ、パナソニックはアルミ冷媒配管を推奨するの?
ここまで、アルミ冷媒配管に関わる状況を見てきました。銅の価格上昇や需要のひっ迫など、銅管のみでの施工に限界が見えてきた現状、アルミ冷媒配管への期待は高まっていますが、なぜパナソニックは業界に先んじてメーカー機器保証を開始したのでしょうか? パナソニックの答えは明確でした。
「業界は銅を中心に動いてきましたし、故障のリスクなどもあり保守的にならざるを得ない環境です。しかし、銅が高騰していくなか、実験結果、フィールド検証結果がよかったことで、メーカー機器保証に踏み切りました。もちろん、銅冷媒配管が今すぐ全てアルミ冷媒配管になるとは思っていません。しかし、まずはメーカーが一歩踏み出すことにより、業界環境が変わっていくのではないかと期待しています」(小松原さん)
そして、パナソニックは電力需要がひっ迫する昨今で、注目を集めているガスヒートポンプエアコンについても、2023年度中にメーカー保証対応を開始できるよう準備しているそう。
「規定通りアルミ冷媒配管で施工した場合、全ての業務用空調機器でメーカー機器保証します」(小松原さん)といいます。
ガスヒートポンプエアコンU形「GHP XAIR(エグゼア)III」
2050年のカーボンニュートラルの実現に向けて世の中が変わっていこうとしています。そんな中、パナソニックの空調機器も時代を見据えて、新しい社会の実現に貢献していく……そんな決意の表れかもしれません。
アルミ冷媒配管へのシフトは、一見地味な動きに見えるかもしれません。しかし、素材特性を生かして環境問題に貢献し、働き方改革にもつながるこの取り組みが、広く伝わることに期待しましょう。
取材・文/中馬幹弘