エイチ・アイ・エスが運営する長崎県佐世保市のテーマパーク「ハウステンボス」が、500~700億円で売却される見通しだと報じられています。買い手は香港系投資ファンドPAG。
売却額は決して高いものとは言えず、エイチ・アイ・エスがコロナ禍に苦しむ様子が伝わってきます。
自己資本比率は10%を下回った
エイチ・アイ・エスの2021年10月期の売上高は前期比72.4%減の1,185億6,300万円、500億5,000万円の純損失(前年同期は250億3,700万円の純損失)を計上しました。売上高は新型コロナウイルス感染拡大前の2019年10月期の15%ほどにまで縮小しています。
※決算短信より筆者作成(純利益の目盛りは右軸)
エイチ・アイ・エスの2019年6月期旅行事業に占める国内旅行取扱高はわずか8.5%。コロナ前は海外旅行やインバウンドへの依存度が高く、それが消失すると大打撃を受ける事業構造をしていました。
2021年10月末時点での自己資本比率は安全基準と言われる30%を大幅に下回る9.9%。エイチ・アイ・エスは資金を確保するため、移転してわずか1年ほどしか経っていない本社を325億円で売却しています。
観光需要の喚起策「Go To トラベル」で子会社が給付金を不正受給していたことが発覚。国土交通省は2021年12月、不正に関与した3社を次の「Go To トラベル」に参加させないと発表しました。親会社であるエイチ・アイ・エスは厳重注意を受け、6億円超を返還することとなりました。
正に踏んだり蹴ったりと言える状況です。
日本人の海外へ出国者数は2022年3月からわずかに上向いていますが、完全回復には程遠いのが現実。エイチ・アイ・エスは長期戦に耐える体力をつけなければなりません。
オリエンタルランドに匹敵する高利益テーマパーク
ハウステンボスは奇跡の復活劇を遂げたテーマパークとして有名です。エイチ・アイ・エスが再生に寄与する前の2010年までは、18期連続赤字という不名誉な記録を持っていました。しかし、2011年9月期から2019年9月期までは純利益を出し続けています。2016年9月期は特別損失を出して純利益は6億円程度まで沈んだものの、純利益率は平均で18.1%という極めて高い水準で推移していました。
なお、オリエンタルランドの2019年3月期の純利益率は17.1%。同水準の高い利益率を保っていたことになります。
※ハウステンボス電子公告より
ハウステンボスはコロナ禍で赤字に陥っていましたが、2021年11月から2022年4月までで2億円程度の営業利益が出るようになっています。キャッシュベースでの儲けを表すEBITDAは12億円です。
ハウステンボスは開業30周年のアニバーサリーイベントを実施しており、それが奏功して利益を出すことができました。根強い人気を誇っている施設です。
ハウステンボスの2021年9月末時点の純資産額はおよそ400億円。負債額は30億円程度しかありません。極めて健全な経営をしていたことがわかります。
■ハウステンボス貸借対照表
ハウステンボスのコロナ前3期の平均純利益額は56億円。コロナが収束して日常を取り戻せば50億円程度の利益をコンスタントに出せる潜在力を持っています。
500億円ほどでの売却は安いと言えるでしょう。
カジノリゾートの候補にも挙がっている
ハウステンボスは1992年3月にオープンしました。2,000億円以上を投じたと言われています。初期投資額をカバーするほどの集客力を得られず、2003年2月に2,300億円の負債を抱えて倒産。野村プリンシパル・ファイナンス(野村ホールディングスの子会社)が再建に乗り出しました。
韓国、台湾、中国などの訪日外国人を取り込んで来場者は増えたものの、2008年の世界金融危機の影響で来場者が激減。野村プリンシパル・ファイナンスは2010年3月に手を引きました。
2010年4月にエイチ・アイ・エスがスポンサーに名乗り出ます。名乗り出るといっても、実は経営への関与には否定的で、どちらかというと九州財界から押し出されたような恰好でした。
再生に臨む際、エイチ・アイ・エスは60億円の債権の8割を放棄。更に、佐世保市から固定資産税納付額に相当する支援金を10年受け取る契約を結んでいます。ハウステンボスは負債の少ないきれいなバランスシートでしたが、その背景には債権放棄や支援金を得ていたことがあります。
エイチ・アイ・エスの会長で、当時のハウステンボス社長だった澤田秀雄氏の強力な交渉力が垣間見えます。また、西日本鉄道、九州電力、西部ガスなどの九州財界がハウステンボスへの出資を決定。エイチ・アイ・エスの幅広く強固なネットワーク力も見せつけました。
再出発後の奇跡と言われた再生物語は、黒字を出し続けたことが物語っています。
勢いに乗った澤田秀雄氏は、2019年4月長崎県知事と佐世保市長との間で、ハウステンボスの土地と建物の一部をIR候補地にすることで合意を得ました。いわゆるカジノリゾート構想の候補地となったのです。
ハウステンボスはエイチ・アイ・エスの手を離れると見られていますが、佐世保市長は資本の移動があるだけとの認識を示し、IR誘致には影響がないとしています。エイチ・アイ・エスにとっては、観光立国日本の目玉政策であり、インバウンド需要を喚起するIRには何としてでも参加したかったに違いありません。
成長期待が高かったハウステンボスの売却は、エイチ・アイ・エスの窮状が伝わってきます。
取材・文/不破 聡