企業の買収防衛策の一つに『ポイズンピル』と呼ばれるものがあります。M&Aの分野に詳しくない人にとっては、聞き慣れない言葉かもしれません。ポイズンピルとは何の概要から、施策の内容と発動させるメリット・注意点まで基本を押さえておきましょう。
ポイズンピルとは?
将来性が高く多数の顧客を抱えている企業は安定性があり、市場における存在感がライバル企業にとって魅力的に映るでしょう。主に欧米では、魅力ある企業が買収されてしまう動きも見られます。そのとき買収に対抗する手段の一つが『ポイズンピル』です。
まずはポイズンピルが何なのかを、語源とともに見ていきましょう。
企業の買収防衛策の一種
ポイズンピルとは、企業が敵対的買収から自社を防衛する施策の一つです。
買収者が行使できないオプションを事前に既存株主に与えておき、買収が実行された際にそのオプションが行使されるようにします。買収者の持株比率を下げ、結果的に買収を防ぐのが狙いです。
既存株主に付与するオプションとは『新株予約権』で、敵対的買収者以外の株主に、時価よりも安く新株を取得できる権利を与えます。
新株予約権が行使されると市場に出回る当該企業の株式総数が増加するので、結果的に買収者の持株比率が低下し、買収に足る支配権を獲得しづらくなる仕組みです。
敵対的買収とは?
企業の買収についても、用語の定義を再確認しておきましょう。まず買収とは、他企業の支配権を獲得することを目的に、当該企業の発行済株式の過半数を買い取る行為です。企業間の買収は、以下のように『友好的買収』と『敵対的買収』に二分できます。
- 友好的買収:買収対象の企業に了承を得て実行される買収
- 敵対的買収:買収対象の企業に了承を得ず、強引に実行される買収
買収企業が対象企業の株式を入手する方法としては、『株式公開買付(TOB)』を利用するのが一般的になっています。TOBは証券会社を通さずに、不特定多数の株主から株式を購入する方法です。
買収によって対象企業の過半数の株式を取得すれば、株主総会で買収者の意図通りの議決が可能になります。買収企業の意向をくんだ人材を経営層に送り込めるので、実質的にその企業を支配下に置けるのです。
ポイズンピルの語源と始まり
ポイズンピルは日本語にすると『毒薬条項』です。買収者の議決権の比率が下げられて買収が難しくなるため、まるで買収者が毒を飲まされる図が想起できることから、ポイズンピルと命名されました。日本では『ライツプラン』と呼ばれる場合もあります。
企業のM&Aが盛んに行われているアメリカにおいて、1980年代から普及した施策といわれています。日本では敵対的買収そのものがあまり見られませんが、ポイズンピルが発動された事例も実際にあります。
ポイズンピルが必要な理由
アメリカでは敵対的買収によって企業の支配権が奪われている事例が、日常的に発生しています。買収者と企業側が納得し合って実施されるわけではなく、買収される側の了承を得ずに買収者が株式を大量に取得し、強引に支配権を奪おうとするようなケースです。
買収される企業からすれば、自らの意思に反して支配権が一方的に奪われるのは避けたい事態です。防衛策として、さまざまな防衛策が生み出されてきました。
ポイズンピルもその一つです。日本でもアメリカと全く同じ仕組みするのは難しいものの、敵対的買収に対する防衛策として検討されるようになっています。
ポイズンピルを導入するメリット
買収防衛策として企業がポイズンピルを導入するメリットとして、具体的に何が挙げられるのでしょうか?実際に買収を阻止できる可能性がある点に加えて、発動を示唆するだけで買収を抑止する効果もあります。
敵対的買収を防止できる
ポイズンピルを発動すると、企業のマネジメント層の意思に反した強引な買収を防止できます。いざというときの備えになるでしょう。
日本はアメリカと違って企業間の買収劇が日常茶飯事ではないものの、経営陣に反発的な株主が買収を仕掛けてくる可能性は否定できません。
日本で敵対的買収が起こりそうになった事例が実際にある点に加えて、外資系企業が突然買収を仕掛けてくる可能性もあります。防衛策の一つとして知っておくに越したことはありません。
ただし敵対的買収とはいえ、公正な手続きを経て実行されるM&Aを完全に否定するような防衛策は、実行されるべきではないという見方もあります。
事実、経済産業省や法務省は企業の買収防衛策の実行に関して、買収を逃れて非効率な経営が続けられる可能性を指摘しています。怠慢経営を続けるマネジメント層の保身により、防衛策を乱用するのは認められないことは覚えておきましょう。
参考:公正なM&Aの在り方に対する指針 P.18|経済産業省
買収の抑止力として機能する
ポイズンピルは実際に敵対的買収が実行される際の防衛策として役立ちます。ただ、発動されなかったとしても、発動の可能性があるという情報が流れるだけでも買収行為を抑える効果を期待できます。
M&Aの事例が豊富なアメリカでも発動されるケースはまれで、主に買収の抑止力として機能しているのが実態のようです。
買収を仕掛ける側としては、ポイズンピルによって大きな打撃を受ける可能性があります。防衛策の一つとして検討している旨を公にするだけでも、敵対的買収に対するけん制になるでしょう。
ポイズンピルの注意点
ポイズンピルは有効な買収防衛策ではあるものの、実行に当たっては注意したい点もあります。以下のような問題が起こる可能性があるので、導入を考えているならよく理解しておきましょう。
株式の保有割合が変わってしまう
ポイズンピルは新株を発行し、敵対的買収者の影響力をそぎ落とす施策です。発動によって市場に流通する株式が増えるので、結果として1株当たりの価値が希薄化してしまいます。
つまり、既存の株主が当該企業の株式を保有していることで得られるメリットが、新株の発行によって減少してしまう場合があるのです。その結果、既存株主との関係が悪化する恐れがあることに注意しましょう。
場合によっては、買収者を支持する株主が出てくる可能性もあります。
差し止め請求される可能性がある
ポイズンピルの発動・新株の発行によって1株当たりの価値が下がり、既存の株主が自らに不利益になると判断すれば、差し止め請求を起こされる場合があります。
さらに、新株発行が買収者の持株比率を下げる目的なのは明らかなので、買収しようとする企業に訴訟を起こされる可能性もあります。
ポイズンピルは訴訟のリスクもはらんでいるため、実行されるケースは少ないのが実態です。あくまでも抑止力として、いざという場面では『行使できる』という意思を示すにとどまるケースが多くなっています。
代表的なポインズンピルの種類
ポイズンピルには『事前警告型』と『信託型』の二つの種類があります。それぞれの特徴を確認しておきましょう。
事前警告型
事前警告型は、敵対的買収を仕掛けてくると考えられる相手に対して、ポイズンピルを実行する意思があると事前に警告するタイプです。
買収の動きがある場合、企業はまず相手に買収の目的や買収後の事業計画などを開示するよう請求するとともに、ポイズンピルを発動する意思がある旨を伝えます。
相手方の回答によって不当な買収であると判断した場合、警告通りにポイズンピルを実行するのです。実際はポイズンピルの実行を示唆した時点で、相手方が買収を断念するケースが多いでしょう。抑止力として非常に高い効果があります。
信託型
信託型のポイズンピルは、信託銀行に対して新株予約権を無償で発行し、敵対的買収が実行される際、その信託銀行が発動条件を満たしているかを確認した上で新株予約権を行使するタイプです。
あるいは、買収の防衛を目的として設立したSPC(特別目的会社)に対して新株予約権を発行し、管理を信託銀行に任せるケースもあります。
いずれの場合でも、企業が直接新株予約権を発行するよりもスピーディーに実行できるので、買収の動きにすぐ対応できるのがメリットです。
ポイズンピルの実例
ポイズンピルを巡って実際に起こった事例を三つ紹介します。日本はアメリカに比べて敵対的買収自体が多くはありませんが、その中でも有名な事例を覚えておきましょう。
【2005年】ライブドア/ニッポン放送
2005年、当時急成長を遂げていたライブドアがニッポン放送の株式を大量に取得し、敵対的買収に乗り出しました。それに対して、ニッポン放送は同じグループのフジテレビに対して4,720万株もの新株を発行し、ライブドアの買収を防いだ有名な事例です。
ライブドアは本件の新株発行が違法であるとして、発行の差し止め請求を申請しました。請求は認められたものの、ライブドアも資金が尽きてしまいます。
ライブドアがフジテレビの持株を全て譲渡し和解に至ったことで、結果的にニッポン放送はフジ・メディア・ホールディングスの完全子会社になりました。
当時、日本では珍しい敵対的買収に乗り出したライブドアに対して、大きな批判が巻き起こった事例です。一方、大量の新株を発行して株式の価値を希薄化させたニッポン放送にも、多くの批判が集まりました。
実際、ライブドアだけでなく一部の個人株主も差し止めを請求していたようです。
参考:新株予約権発行差止仮処分決定認可決定に対する保全抗告|高等裁判所 判例集
【2007年】スティール・パートナーズ/ブルドックソース
2007年、アメリカのヘッジファンドであるスティール・パートナーズが、日本のブルドックソースの買収に乗り出しました。ブルドックソースは買収防衛のため、既存株主に対して1株につき3株の新株予約権を無償で発行します。
スティール・パートナーズは新株発行の差し止め請求をしましたが、裁判所に却下され、最終的に買収は失敗に終わりました。
本件は日本国内で初めてポイズンピルが発動された事例です。既存株主の大多数が買収行為に対して株主の共同利益を害すると判断し、新株予約権の無償割り当てを承認しています。
参考:株主総会決議禁止等仮処分命令申立て却下決定に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件|最高裁判所判例集
【2021年】SBIホールディングス/新生銀行
2021年、SBIホールディングスが新生銀行に対して敵対的買収を仕掛けた事例です。もともと新生銀行の発行済株式の約20%を保有していたSBIホールディングスは、そこからさらに半数近くまで株式を取得することで、同社を子会社化する旨を発表しました。
新生銀行は防衛策としてポイズンピルの発動を示唆しましたが、発動には至りませんでした。最終的に新生銀行がSBIホールディングスの傘下に入る結果となっています。
同銀行の前身・日本長期信用銀行に投入されていた公的資金の返済が滞っていたといった理由から、国がSBIホールディングスの買収に好意的だったことが、発動されなかった理由の一つです。
同銀行の株主である預金保険機構などがポイズンピルに賛同しなかったことも、防衛策取り下げの背景とされています。