会社に対して実費よりも多くの金額を申告し、交通費(通勤手当)を不正受給した場合、懲戒処分や犯罪による処罰の対象になり得ます。
少額であっても違反の責任を問われる可能性があるので、交通費は実費どおりに正しく申告してください。
今回は、会社から交通費(通勤手当)を不正受給した場合のリスクについてまとめました。
1. 交通費(通勤手当)の不正受給に該当する主な行為
交通費(通勤手当)は就業規則等のルールに従って支給されますが、実態とは異なる申告を行い、適正な水準よりも多くの金額を受給することは不正受給に当たります。
たとえば、以下の行為は交通費(通勤手当)の不正受給に該当する場合が多いと考えられます。
・実際とは異なる通勤経路を申告し、通勤交通費を水増しして受給した
・徒歩や自転車で通勤しているにもかかわらず、電車で通勤していると偽って申告し、通勤交通費を受給した
・会社の近くから通勤しているにもかかわらず、実家など離れた住所を申請し、通勤交通費を水増しして受給した
など
2. 交通費(通勤手当)を不正受給した場合のリスク
交通費(通勤手当)を不正受給した場合、就業規則等の違反により懲戒処分の対象となるほか、刑事罰を受ける可能性もあるので注意が必要です。
2-1. 就業規則等の違反に該当|懲戒処分の対象になり得る
交通費(通勤手当)は、就業規則等のルールに従って申請しなければならず、不正な申請・受給は就業規則等の違反に該当します。
多くの会社において、就業規則等の違反は懲戒処分の対象です。懲戒処分の種類としては、以下の例が挙げられます。
①戒告・けん責
口頭または文書で厳重注意を行う懲戒処分です。始末書などの提出を求められる場合もあります。
②減給
賃金を減額する懲戒処分です。1回の減給処分につき、以下のいずれか低い金額が上限となります。
・平均賃金の1日分の半額
・一賃金支払期(月給制なら1か月)における賃金総額の10分の1
③出勤停止
労動者に出勤を禁止し、その期間中の賃金を支給しない懲戒処分です。
④降格
労動者の役職を降格させ、役職手当を不支給または減額とする懲戒処分です。
⑤諭旨退職
労動者に退職届の提出を促す懲戒処分です。拒否した場合、懲戒解雇が行われることが一般に予定されています。
⑥懲戒解雇
労動者を解雇し、強制的に退職させる懲戒処分です。
2-2. 国家公務員の場合、減給または戒告
国家公務員の場合、人事院が懲戒処分の指針を定めています。
参考:懲戒処分の指針|人事院
人事院の指針では、国家公務員が交通費(通勤手当)を不正受給した場合、減給または戒告の懲戒処分に該当することが示されています。
第2 標準例
2 公金官物取扱い関係
(8) 諸給与の違法支払・不適正受給
故意に法令に違反して諸給与を不正に支給した職員及び故意に届出を怠り、又は虚偽の届出をするなどして諸給与を不正に受給した職員は、減給又は戒告とする。
なお地方公務員については、各自治体が定める懲戒処分の基準に従いますが、おおむね国家公務員に準じた基準が定められているケースが多いです。
2-3. 詐欺罪により処罰される可能性がある
交通費(通勤手当)の不正受給については、詐欺罪(刑法246条1項)が成立する可能性があります。
詐欺罪は、他人を騙して財物(金銭など)を交付させる犯罪です。虚偽の通勤経路等を申告し、適正な水準よりも多くの交通費(通勤手当)を受給する行為は、使用者(会社など)に対する詐欺罪に該当します。
詐欺罪の法定刑は「10年以下の懲役」です。実際の量刑は被害額や常習性などに応じて決まりますが、初犯でも実刑があり得るのでご注意ください。
なお、交通費として金銭の前渡しを受けており、実費精算を行う際に虚偽の申告を行って返還を免れた場合にも詐欺罪が成立します(詐欺利得罪。同法2項)。
3. 交通費(通勤手当)の不正受給で解雇される可能性は?
交通費(通勤手当)の不正受給が懲戒事由に該当すれば、違反者は会社から解雇される可能性があります。
ただし、解雇は常に認められるわけではなく、客観的に合理的な理由があり、社会的に相当と認められる場合に限って認められます。たとえば、軽微な就業規則違反等に対して、重い懲戒処分である懲戒解雇を行うことはできません。
交通費(通勤手当)の不正受給を理由に解雇された場合、解雇の有効性を判断するに当たっては、被害額や常習性、さらに他の就業規則違反等の有無などが主なポイントとなります。
過去の裁判例では、諭旨退職処分または懲戒解雇処分の適法性について、以下のように判断されています。
①東京地裁平成25年1月25日判決
住所が変わったのに通勤経路の変更を届け出ず、2年余りにわたって15万1,980円の交通費を不正受給した事案で、諭旨退職処分が無効とされました。
②東京地裁平成18年2月7日判決
虚偽の通勤経路を申告し、約4年8か月にわたって34万円余りの交通費を不正受給した事案で、懲戒解雇処分が無効とされました。
③東京地裁平成15年3月28日判決
3年間弱にわたって102万8,840円の交通費を不正受給した事案で、他にも会社に対する複数の背信行為があったことを考慮して、懲戒解雇処分が有効とされました。
裁判例の傾向としては、不正受給が多額に及び、かつ他にも就業規則違反等が認められる場合でなければ、諭旨退職や懲戒解雇は違法・無効と判断される例が多いようです。
しかし、会社での立場が悪くなったり、戒告・けん責・減給などの懲戒処分を受けたりする可能性はある点にご注意ください。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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