朝日新聞社が2022年3月期に129億4,300万円の純利益を出しました。441億9,400万円という大赤字を出した2021年3月期から一転して黒字化を果たしました。
朝日新聞は45歳以上の社員を対象とした希望退職者を募集するなど、大規模なリストラを敢行しました。
利益が出ているのはその成果と見ることができますが、中長期的には苦戦が予想されます。
朝刊の発行部数は8%のペースで減少
朝日新聞は朝刊、夕刊、週刊朝日ともに発行部数を落とし続けています。2022年3月期の朝刊の発行部数は455万部。前期から7.9%減少しています。2018年3月期と比較すると25.4%落としました。コロナ前は5%前後で緩やかに減少していましたが、コロナ後は8%と落ち込みのスピードが加速しました。
※有価証券報告書より筆者作成
コロナ禍で部数の落ち込むペースが早まった背景として、朝日新聞の営業活動が制限されたことや、企業が社員向けに購入していた新聞の廃止、ホテル・飲食店などが顧客向けに購入していたものを一時中断したことがあると考えられます。
企業は経費を削減する方向に進んでおり、部数の減少ペースは元に戻り切らないかもしれません。
朝日新聞は売上高のおよそ9割を、新聞を主軸としたメディア・コンテンツ事業に依存しています。そのため、売上高は部数と連動するように減少しています。
※有価証券報告書より筆者作成
つまり、朝日新聞は事業構造を大きく転換しない限り、売上高は減少の一途を辿ることになる可能性が高いのです。
分かりづらい動きをしているのが純利益。なぜ、2021年3月期に突如として大赤字を出し、2022年3月期に一転して黒字となったのでしょうか?
大きな要因の1つとして、人員削減を軸としたリストラ策があります。朝日新聞は2019年3月期を境に社員数を減らしていました。
更に早期退職者向けの退職金を2021年3月期までに損失として先出ししており、2022年3月期はその影響を受けなかったのです。つまり、“会計上のリストラ”は2021年3月期に完了していました。
この点について詳しく説明します。
効率よく稼ぐ不動産に助けられている特殊な構図
朝日新聞のメディア事業の売上高は、コロナ禍の2021年3月期に前期比15.7%減の2,627億1,400万円となりました。これは部数を落としたことも関係していますが、多くの企業が広告出稿を手控えたことがあります。
2022年3月期は東京オリンピックというビッグイベントがあったものの、売上高が回復することなく、前期比9.0%減の2,392億3,700万円となりました。
※有価証券報告書より筆者作成
朝日新聞は不動産事業も行っています。オフィスビルの他に商業施設や劇場を所有しているのです。
不動産事業の売上高は2021年3月期に前期比24.8%減の289億8,600万円となりました。経済活動の再開とともに売上高は回復し、2022年3月期は前期比6.1%増の307億5,900万円となりました。
売上高はメディア事業が他を圧倒していますが、利益で支えているのはこの不動産事業です。
※有価証券報告書より筆者作成
不動産事業の営業利益率は平均16.8%。メディア事業は1.2%ほどです。不動産事業はメディア事業の10倍以上も効率よく稼いでいることになります。
事業別で営業利益を見ると、2020年3月期はメディア事業の損失を不動産事業がカバーしているのがわかります。2020年3月期は106億8,800万円の純利益を出していますが、これは不動産事業に救われたとも言い換えられます。
2021年3月期に広告収入が得られなくなってメディア事業は120億2,500万円の大赤字を出します。不動産事業はそれを吸収することができませんでした。
メディア事業を対象に500人以上を削減
メディア事業は2022年3月期に44億6,600万円の営業利益を出しました。120億2,500万円の営業損失から一転して黒字化を実現しています。
朝日新聞は2019年12月から希望退職者の募集を行っていました。人員を整理していたのです。
※有価証券報告書より筆者作成
メディア事業の従業員数は2019年3月期を境に減少しています。2022年3月期は5,766人で、2019年3月期と比較すると8.1%(506人)減少しています。更に2022年9月から11月にかけて45歳以上の社員を対象に200人以上の希望退職者を募る方針だと報じられています。
痛みを伴うリストラであることは間違いありませんが、確実に営業利益が出る体質に戻りました。2022年3月期のメディア事業の営業利益率は1.9%ですが、これはコロナ前の2019年3月期の0.6%と比較して1.3ポイントも上昇しています。
2021年3月期に悪材料を出し尽くしたか
2021年3月期の大赤字には会計処理も大きく影響しています。
朝日新聞は2020年3月期に19億6,200万円、2021年3月期に25億3,900万円の早期割増退職金を特別損失として計上しています。
※決算短信より
早期割増退職金は、早期退職者に対して通常の退職金とは別に支払われる優遇装置です。通常、会社は見込みの金額を先んじて損失として計上しておきます。これが2021年3月期に純損失を出した一因になっています。
損失を見込んでいるものという性格上、この金額は現金として実際に支払われるわけではありません。
事実、キャッシュフロー上で実際に早期割増退職金が支払われたのは、2020年3月期に25億5,700万円、2021年3月期に3億5,000万円でした。
※決算短信より
2022年3月期の損益計算書上に計上された早期割増退職金はわずか500万円。会計上のリストラは済んでいることがわかります。
朝日新聞社の元社長だった渡辺雅隆氏は、2020年9月の中間連結決算で赤字に転落した責任を取り、2021年4月に引責辞任しました。退任することが明らかになったのは、2020年11月。リストラに関わる一連の会計処理を見ると、2021年3月期中に悪材料をすべて出し尽くし、新体制に向けて利益が出る体質へと転換を図ったように見えます。
利益が出るようになったとはいえ、部数の減少による売上高の縮小という根本的な問題は解決できていません。次の一手に注目が集まります。
取材・文/不破 聡