外国人観光客に人気のお店と聞いて「ドン・キホーテ」や「マツモトキヨシ」を思い浮かべる人は多いかもしれません。事実、新型コロナウイルス感染拡大前はその旺盛な需要を取り込んで成長していました。RCJリサーチとナイトレイが共同で調査した「インバウンドレポート2018」によると、訪日外国人が好むショッピング施設の2位にドン・キホーテがランクインしています。
新型コロナウイルス感染拡大で渡航が制限されると、インバウンド需要は完全に消失しました。ところが、ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの業績は意外にも堅調です。
その理由はどこにあるのでしょうか?
マツキヨとドンキの違い
緊急事態宣言が発令されたことにより、街から人の姿が消えました。繁華街型かつ、インバウンド需要を取り込んでいた店舗は大打撃を受けます。その一つがマツモトキヨシ。ココカラファインと経営統合する前のマツモトキヨシホールディングス、2021年3月期の売上高は前期比5.7%減の5,569億円、営業利益は同16.1%減の315億円でした。
競合でドラッグストア大手のウエルシアホールディングスの2021年2月期の売上高は前期比9.4%増の9,496億円、営業利益は同13.7%増の429億円でした。コロナ禍でマツキヨは減収減益、ウエルシアは増収増益となったのです。
郊外、地域密着型のウエルシアが強みを発揮しました。
繁華街型、インバウンドという条件はドン・キホーテにも当てはまります。しかし、パン・パシフィックの2021年6月期の売上高は前期比1.6%増の1兆7,086億円、営業利益は同7.8%増の813億円でした。売上高はやや鈍化しているものの、コロナ禍でも増収増益でした。2022年6月期の売上高は前期比9.4%増の1兆8,700億円、営業利益は4.6%増の850億円を予想しています。
※決算短信より筆者作成(営業利益の目盛りは右軸)
パン・パシフィックはドン・キホーテのほか、スーパーマーケットの「アピタ」や「ピアゴ」も運営しています。巣ごもりによるスーパーマーケットの旺盛な需要が会社の業績を下支えしているようにも思えますが、ディスカウントストア事業単体で見ても堅調に推移しているのがわかります
※決算短信より筆者作成(営業利益の目盛りは右軸)
ドン・キホーテを運営するディスカウントストア事業の2021年6月期の売上高は前期比5.9%増の1兆1,835億円、営業利益は同17.0%増の553億円でした。
コロナ禍にも関わらず、売上高は萎んでいません。しっかりと伸びています。
その理由は販売品目別の売上高を見るとわかります。
※決算短信より筆者作成
コロナをきっかけとして食品カテゴリが大幅に伸張しています。2020年6月期の食品カテゴリの売上高は前期比20.0%増の4,211億円、2021年6月期は更に10.4%増加して4,649億円となりました。
コロナ禍で外食を控える動きが消費者の間で広がり、ドン・キホーテの食品カテゴリの売上高が伸びたものと考えられます。
ふたを開けてみれば巣ごもり特需の恩恵を受けたのか、とも思えますが、ドン・キホーテは集客には苦戦しています。ここがポイントです。
既存店の客数は10%も減少していた
ドン・キホーテ既存店の客数は、2020年6月に前年同月比89.5%となりました。客数は10%以上落ち込んだのです。インバウンド消失の影響を強く受けたものと考えられます。客数は現在も回復しきっていません。むしろ2020年6月の水準よりも落ち込んでいます。2022年1月は2019年同月比で87.0%でした。1月から5月までの客数を2019年の同期間と比較すると89.2%に留まっています。
ドン・キホーテが巧みなのは、客単価の引き上げに成功していること。2022年1月から5月までの客単価を2019年と比較すると103.2%となっています。
パン・パシフィックの2021年6月期の原価率は70.9%。2019年6月期と比較して1.2ポイント下がりました。
※決算短信より筆者作成
ドン・キホーテはプライベートブランド商品を販売しています。
2021年2月にブランドを強化・刷新し、「にんにく6倍ペペロンチーノ」など、競合他社との差別化を図る商品を次々と投入しました。それにより、2022年6月期第3四半期のプライベートブランドの売上高は前期比199億円、粗利は81億円のプラスとなりました。
付加価値の高い商品で客単価を上げ、粗利を稼いでいる要因の一つがプライベートブランドです。
販売員の勘と経験×AIの実力
パン・パシフィックの取り組みとして注目されるのが、2019年に立ち上げた「マシュマロ構想」。顧客理解を深めるための取り組みで、従来の社風や常識にとらわれない新たな発想からマーケティングや販売戦略を行うというものです。
これまでは販売員の勘や経験に基づいて商品展開していましたが、データで科学するAIの要素を融合させました。顧客が何を必要としているのかを正確に把握し、来店する客層やエリアのニーズに沿った商品展開を進めています。
蓄積されたデータを商品開発に活かせるようになれば、高付加価値のヒット作を生み出すことにつながります。
現在、ドン・キホーテのプライベートブランド商品は売上高全体の14%を占めるほどまでに成長しています。ブランドをリニューアルした直後の2021年は12%ほどでした。着実に比率を上げています。
万人受けする店づくりは時代遅れか
更に店舗展開にも変化が訪れています。
ドン・キホーテは万人に受け入れられる店舗で安売りを続けるよりも、ターゲットを絞り込んでニーズに沿った付加価値の高い商品を展開をする方向へとシフトしています。
2022年5月3日にオープンしたのが「キラキラドンキ ダイバーシティ東京 プラザ店」です。Z世代をターゲットとし、韓国・中国系のアジアンコスメを中心に扱います。韓国産のSNS映えするグミやキャンディなどの食品も販売しています。Z世代が“わざわざ足を運ぶ”価値のある店舗だと言えます。
2021年11月には千葉県柏市の「モラージュ柏」に「驚辛ドンキ」を出店していました。世界中の辛い食品1,000点を扱う店舗です。この店も辛い物ファンにターゲットを絞っています。
どんなものでもWebで手に入る時代。小売店に来店する動機は“買い物”から“エンタメ”へとシフトしています。他では味わえない顧客体験を提供し、ターゲットに沿った付加価値の高い商品を販売しようとするパン・パシフィックの取り組みは、小売業界のあるべき姿の一つと言えるのかもしれません。
それが結果として客単価の向上や原価率の低減につながり、業績を支えることになります。
取材・文/不破 聡