■連載/ヒット商品開発秘話
雨の日が多い今の時季にかかせないのが長傘。雨をしっかり避けつつ視界をしっかり確保できるものほど頼もしい。
この理想に当てはまる傘が、現在売れている。首都圏を中心に全国で約60店舗展開するライフスタイルショップ、KEYUCA(ケユカ)の『長傘 抗菌手元ハーフビニール』のことである。
2021年2月に発売された『長傘 抗菌手元ハーフビニール』は、撥水生地とビニール生地を組み合わせたハイブリッド傘。撥水生地を使った傘の撥水力、ビニール傘の透明で前が見えやすいというメリットを合わせ持つ。親骨の長さが65cmと大きく深いドーム形状の深張り傘にしたことから、開くと肩まですっぽり覆われ雨をしっかり避けてくれる。限定色を含め全5色で展開しており、これまでに2万本以上を売り上げている。
赤ちゃんを抱っこしていても深くさせるので親子ともに濡れる心配がなく、視界も良好
突然動き出したアイデア
『長傘 抗菌手元ハーフビニール』の企画は2020年8月頃から始動。KEYUCAを運営する河淳で開発を担当した、ケユカ事業部開発業務部商品開発グループの藤元香保里さんによれば、奇跡的に誕生したものだという。
始まりは、ビニール傘に関する藤元さんのちょっとした違和感からだった。その違和感とは、ビニール傘の中でも縁に色がついたビニールを使ったものや生地で切り替えされたものは、透明で視界良好というビニール傘の長所を打ち消しているというものである。
「昔からそういう商品を見るたびに、カワイイけど目隠しみたいでもったいないと感じていました」と藤元さん。この違和感から、縁も透明の傘にしたらビニール傘の長所である良好な視界が得られるのでは? と思うようになった。
河淳
ケユカ事業部開発業務部商品開発グループ
藤元香保里さん
こういったことを考えていたときに起こったのが、新型コロナウイルスの感染拡大。ソーシャルディスタンスを保つアイテムとして傘がプッシュされるようになった。中でも、深張り傘は顔が隠せるので、ソーシャルディスタンスが保てるだけではなく飛沫防止にも役立つ。新型コロナウイルスの感染拡大から、安心感が持てる深張り傘はこれから売れ、動きが活発になってくると予想された。
縁に透明なビニールを使えば視界が良くなることと、これから深張り傘が売れるのではないかという予想から生まれたのが『長傘 抗菌手元ハーフビニール』のアイデア。2020年7月に突然動き出した。
きっかけは取引先との商談。別の傘の企画のことで藤元さんが取引先と商談していた際、その取引先のオリジナル商品である縁が生地で切り替えされているビニール傘を紹介されたので、『長傘 抗菌手元ハーフビニール』のアイデアを話したところ、取引先が興味を示し、すぐサンプルをつくることになった。
「会社にはまだ、このアイデアは話していなかったのですが、話を聞いた取引先の担当者が『面白いのですぐやりましょう』と反応してくれました。企画を会社に通していないことを伝えたところ、『モノがあった方がわかりやすいです』と仰っていただき、その場で骨をどうするかなどを決め、すぐサンプルをつくってくれることになりました」
当時をこう振り返る藤元さん。サンプルは2、3週間後に完成した。
大変だったイメージのすり合わせ
2020年8月、完成したサンプルを社内で見てもらうことになった。「ビニール傘の視認性の良さを保ちつつ雨風がしのげるものがつくりたい」と藤元さんが説明したところ、コンセプトが「面白い」と評価され理解が得られた。
サンプルは2パターン制作された。1つは現在の『長傘 抗菌手元ハーフビニール』の原型といえるもの、もう1つは一般的なビニール傘をベースにしたものである。一般的なビニール傘をベースにしたものは、ハンドルにバンブーを使い高級感を演出するなどしたものの、顔が濡れないようにしながら良好な視界を確保できるものではなかったことから採用に至らなかった。
残ったもう1つのサンプルに、細かい修正が多く入ることになった。大きかった修正の1つが、ビニールの縁の処理。サンプルはビニール傘同様、縁を折り返して熱圧着しており、樹脂製の露先(親骨の先端)にビニール傘同様、熱圧着していた。しかし、これではカジュアルな印象になることから、まず露先を金属製のものに変更。これにより縁が必然的に、生地でパイピングされることになった。
パイピングすることで生地とのバランスが取れ、見た目の高級感がアップ。露先とビニールが熱圧着されていると、一度破れると直すことができないが、露先とパイピングを縫って固定することにより、取れてしまっても修理ができるというメリットが加わった。
ビニールの厚さ見直しも大きな修正点だった。サンプルに使ったビニールの厚さは一般的なビニール傘と同じだが、生地と比べると薄いことから開くとビニールにシワが目立つほか、生地の方が太く見え野暮ったい印象になった。また、生地とビニールを縫うため開いたときに生地にシワが寄ってしまい、安っぽく見えた。
こうした点が気になったことから、ビニールを少し厚めのものに変更。生地の厚みと違いがなくなったことでシワが寄らなくなり、閉じているときのシルエットを裾から徐々に太くなるようにすることができた。
サンプルを開いたところ。一般的なビニール傘と同じビニールを使ったが生地より薄いことから開くとビニールにシワが発生。ビニールと縫い合わせていることから、生地も開くとシワが寄った
『長傘 抗菌手元ハーフビニール』を閉じた状態。ビニールと生地の厚さをほぼ同じにしたことで裾から徐々に太くなるシルエットになり、サンプルに見られた野暮ったさを解消した
パーツの選定も、神経を使った。「傘は様々なパーツが集まってできているので、組み合わせを間違えると思っていたものと違う雰囲気のものができてしまいます。過去にそのような経験をしたことがあったので、細かく見直しました」と振り返る藤元さん。中でもハンドルは、KEYUCAの傘では初めて抗菌仕様とした。
完成イメージは、ビニールを使っているが生地を使った傘の上品さを持ったもの。しかし、ビニール傘と生地を使った傘は印象があまりにもかけ離れているので、イメージのすり合わせが大変だったという。
目線の位置から撮影し視界の良好さを伝えてもらう
販売は鉄板のネイビー、KEYUCAの他の傘で人気があったベージュ、差し色として目を引くレッドの3色で開始した。2021年9月に秋冬シーズン向けにグレーを追加。2022年1月に限定色のライトグリーンを発売した。ライトグリーンは一番人気のベージュに匹敵するほどの売れ行きで、4月頃に一回売り切れたほど。急きょ追加生産し店頭に並べた。
機能に特徴があることから、店頭ではきちんと機能を伝えるため、さした状態の写真を使ったPOPを制作。傘でPOPをつくり店頭で掲示するのは珍しいという。
このような工夫が実り、発売当初から売れ行きは好調。だが、あることがきっかけでより大きく注目されるようになる。
あることとは、発売から3か月後に朝の情報番組で紹介されたこと。番組では一般的な傘と『長傘 抗菌手元ハーフビニール』の視界の違いを比較するため、両方をさしたリポーターの目線の位置から撮影し紹介。この演出のインパクトは大きく、機能をわかりやすく伝えるのに貢献した。
取材からわかった『長傘 抗菌手元ハーフビニール』のヒット要因3
1.視界の良好さが伝わった
顔が隠れる深張り傘であることに加え、端から半分程度にビニール生地を使ったことで、傘をさしたときの視界を確保。店頭での写真付きPOPやメディアでの紹介により、強みが正確に伝わった。
2.機能と価格のバランスが取れていた
ビニールを使うと「安っぽい」というマイナスイメージを持たれがち。しかし、機能やデザイン、見栄えに気を配り、税込2189円という販売価格とのバランンスが取れていた。
3.デザインが受け入れられた
来店客は圧倒的に女性が多いことから、第一印象でカワイイと思ってもらわないと商品を手に取ってもらえない。形状や色使いなど、多くの女性にカワイイと思ってもらい、手に取ってもらいやすかった。
『長傘 抗菌手元ハーフビニール』の実現は、取引先との商談がターニングポイントになった。このとき、考えていたアイデアを話さなかったら、まだ実現していなかったかもしれない。頭の中で考えていたことを誰かに話すことには、物事を前に進める力がありそうだ。
製品情報
https://www.keyuca.com/shopping/products/list.php?category_id=898
文/大沢裕司