前回の記事では室戸岬を満喫。夜はお宿で女将さんとの会話を楽しみました。
2日目である本日。徳島港からフェリーに乗って四国を後にする予定ですが、その前にとある場所へ寄り道することを決めたのです。
カツオを食べに行こう!
初夏の朝は気持ち良い。室戸岬は昨日同様よく晴れてツーリング日和だ。天気予報を見ても雨の気配が一切なく、どこまででも走れるような気持ちにさせてくれる。
今日は国道193号線を使ってのんびりと徳島港へ帰るつもりだったのだけど、昨晩のおかみさんの言葉につい魔が差してしまった。それは…
「高知市へ寄り道をして、ひろめ市場でカツオのタタキを食べよう!」
ななちゃんも私も迷うことなく意見が一致した。
新しいルートでは、本日の走行距離は250km。もともとの計画より75kmも増えるけど、きっとなんとかなるはずだ。道路が続いている限り、走り続けさえすればいつか目的地に着くのだから!
女将さんたちに見送られ、室戸荘をあとにした。
ルート選択には最短時間で移動することを重視し、高知市まで主に国道55号線を使って一気に走ることにした。
…と言っても、国道55号線はオーシャンビューが続く快走路。バイク乗りのための地図『ツーリングマップル』にもおすすめの道として掲載されている。
実際、私たちは走り始めてすぐにこの道が好きになった。
カーブが少ない両側2車線の道には信号が少なく、ひたすらに真っ青な海と空が続いている。
カモメが鳴きながら頭上を追い越していき、海風を浴び、ヤシの木が揺れ、まるで南の島に遊びに来たような気持ち。
バイクと人間がひとつになったように、ほとんど止まらないまま2時間ほどを走った。
手結港可動橋との出会い
香南市に入ったところでななちゃんが声をあげた。
「アレなに!? 道路が立ってる!」
左側に目をやると、確かに天に向かって伸びる真っ黒な “道” がある。CGの世界に紛れ込んだんじゃないかと思うほど、港町の中で大きな違和感をはなっていた。
そういえば高知県内に『手結港(ていこう)可動橋』という名前の橋があると聞いたことがある。可動橋とは、その名の通り動かせる橋。時間に合わせて一部または全部を移動させることで、橋にも船の通り道にもなる装置のことだ。
時間はあまりなかったのだけど、せっかくだから近くまで見に寄ってみることにした。
時刻は10時50分。可動橋のすぐ目の前には観光客用の駐車場が整備されていた。
バイクを停めて眺めていると、気のせいだろうか。ゆっくり、カタツムリみたいなスピードで橋が動いているように見える。
はじめは目の錯覚かと思っていたのだが、まっすぐ空へ伸びていた道が滑り台のような角度に下がっているではないか。
設置されていた時刻表を慌てて見に行くと、11時で切り替わる予定とのこと。
「ただの橋になっちゃう!」
管理棟の屋上にある見学スペースへの階段を駆け上がると、すでに反対側では橋が降りてくるのを待っている歩行者たちが見えたのだった。
32mもあるこの可動橋が橋として機能するのは、1日のなかでたったの7時間ほどだという。
念願の藁焼きカツオをいただきます
高知市までは40分ほどで到着し、ひろめ市場までやってきた。入り口では検温と手指の消毒、そして入場制限のための人数チェックなどがある。
すっかりお馴染みの作業になっていて、コロナ禍前の様子がどんなだったかなんて思い出せないほどだ。いつかはまったく気にせず外出できる日が来るのかもしれないけど、きっと何年も先の話だろう。
お昼時ということもあって市場には活気があった。出張中のように見えるスーツ姿のサラリーマン、鮮やかなワンピースを着た女性、団体客のおばさま方、中にはすでにビールを片手に笑顔で揚げ物をつまんでいる人もいる。
「やっぱりカツオのタタキを食べるべきだよね。店の中に藁が積んであるし、藁焼きっぽい!」
普段であれば6切れしか入っていないお刺身パックは買わないのだけど、旅の気分を盛り上げるためには必要経費。ニンニクやネギ、塩やポン酢が付属していて痒い所に手が届く感じだ。
──と、記念のつもりで食べたカツオのタタキだったのだけど、これまで食べた中で食べ応えがあった。身が引き締まってさっぱりとした味わいで、ビックリするほどぶ厚い。6切れで十分に満足できるじゃないか。
お腹がいっぱいになったら買い物に移った。ひろめ市場には魚介以外にも高知や四国の特産品が詰まっている。
焼酎やミレービスケット、アイスクリンのお菓子など、家にも自分にもお土産をたっぷり買って出発をした。
高知の街には路面電車が走っていて、地元の広島を思い出した。
山の天気でまさかのトラブル
時刻は14時。ひろめ市場に長居をし過ぎてしまった。
徳島港への距離は170km近くある。18時55分の船にはまだ間に合うが、のんびりしている暇はない。
そうは言っても楽観的なふたりだ。国道195号線を走る道中にはやなせたかし記念館があり、思わずアンパンマンを見に庭へ立ち寄ったり、コンビニでご当地牛乳を飲んだり。
急ぎつつも旅を楽しもうというスタンスはなくさないようにしていた。
文字通り風向きが変わったのが、高知県香美市、奥物部と呼ばれる地域に差し掛かった時だ。進行方向に黒くて分厚い雲がかかり、なにやら湿った空気が流れてきたのだ。
「大丈夫?雨降りそうやない?」
ななちゃんが不安そうに言ったけど、認めたくなかった。
雨が降ると思うから雨が降る。晴れると信じ続ければ大丈夫なはず。
「天気予報の降水確率は10%だったもん。降ってもパラっとぐらいでしょ!」
ところがその10分後には細かな雨が、そして数分のうちに身体が痛いぐらいに大粒の雨が打ち付けるように振り出したのだ。
すぐに停車してレインウェアを羽織ったのだけど、前がほとんど見えないほどに雨の勢いは増していくばかりだった。
付近は民家やお店のない山道だけど、ひとりじゃないから心細くはなかったし、変わりやす過ぎる山の天気を笑う余裕もあった。ななちゃんと一緒で良かったと心の底から思った瞬間だった。
「このまま進むのは危ないから、屋根がある場所があったら休憩しよう」
結局ちょうど良い場所が見つからず休むことはなかったけれど、ゆっくり進んでいるうちに雨は弱まり、徳島市まで90kmほどになったころには雲の隙間から青空が見えるようになったのであった。
徳島港までラストスパート!
時計を見て重要なことに気が付いた。
16時半。雨でスピードダウンしている間で30分以上の遅れが出ていた。
原付二種のバイクでは、徳島港までどんなに急いでも2時間以上かかる。休まずに走り続けてようやく間に合うぐらいのタイムスケジュールだ。
「船、乗れないかも…」
顔面蒼白になった私に対して、ななちゃんは腹がすわっていた。
「いったん頑張って走ってみて、それでもダメならしゃーないって。ゆっくり夕ご飯でも食べて21時50分のフェリーに乗ろうよ」
ちなみに、ななちゃんは会社員。翌日はいつも通りに出社予定だった。夜中の帰宅になれば辛いことはわかっていたけど、焦っても仕方ないと諭してくれたのだ。助けてもらっていたんだと、この文章を書く段階になってようやくわかった。
そこからの道はわき目もふらず、ただまっすぐ走り続けることに徹した。
少しずつ太陽が傾くのを背中で感じ、景色がオレンジ色に染まり始めた時の気持ちの余裕の無さというと、110㏄の小排気量を恨みたくなるほどだった。
ようやく徳島港に入って船が停まっているのが見えた時、思わず「うおぉ!」と大声で叫んでしまったのも無理ないだろう。
徳島港からのフェリーのチケットはドライブスルー方式。時間がギリギリだったため、2人分をまとめて購入して乗船口へ向かった。
係員に呼ばれたななちゃんが先に船内へ入る。
2回目の船となるとかなり余裕が出たようで、四角い入口の向こう側で慣れた様子でバイクを停めている。
最後に徳島の街を見よう。振り返ると、夕陽が沈んでいくところだった。
風は穏やかで、昨日到着した時と同じように船の排気ガスと潮の香りが漂っている。
一日が終わる。私たちの旅も終わる。
不思議と寂しさはなく、達成感にも似た心地よい脱力感があった。
まばたきほどの一瞬の間に蘇ったのは、ふたりで歓声を上げて走った海沿いの道だった。ななちゃんの背中の向こう側、まっすぐ伸びていた海岸と国道55号線。
思い出の中で美化してしまったからだろうか。記憶の中の太平洋は澄んだマリンブルーで、真上から降り注ぐ太陽の光を反射してこれ以上ないぐらいにキラキラと輝いている。
「はるかちゃん、呼ばれてるで!」
インカムからの声で引き戻された。バイクから降りてななちゃんが笑いながら手を振っている。
──もう、短い期間でタフになっちゃって!
来た時よりも頼もしい。もしかしてお互いそう思っているのかな。
片手をあげて答え、アクセルをゆっくりと回して船の中へと走り出した。
【終わり】
文/高木はるか
アウトドア系ライター。つよく、しぶとく、たくましくをモットーにバイクとキャンプしてます。 愛車はversys650、クロスカブ110、スーパーカブ90。
高木はるかの記事は下記のサイトから
https://riding-camping-haruka.com
編集/inox.