1980年代前半の『FMレコパル』編集部在籍時から現在まで、僕のロックとオーディオの師匠は音楽プロデューサー/ライターの岩田由記夫さんだ。その岩田さんと6年に渡り2か月に1回、イベント「レコードの達人」を開催している。東京・大岡山のライブハウス「グッドストックトーキョー」で、20世紀ロックを中心にアナログレコードを聴く会だ。そのメイン・コンテンツは、僕の所有する70年代ロックのマト1(一番音がいいとされる、アーチストの母国1stプレス。詳しくはこちらを)と、他国盤の1stプレスや当時の日本盤、リマスターのレコードやCD等との比較試聴だ。聴いての結論は毎回ほぼ同じ、レコードでは母国盤マト1がベストで、CDは足元にも及ばない。
ただしこの結論には、疑問が残る。というのは再生プレーヤーがアナログはLINNのトップ・ラインのシステムで400万円級、対するCDは普及クラスと、オーディオ機器に圧倒的な差があるからだ。アナログはテクニクスの最高峰ターンテーブルを中心に400万円級、CDは専用電源部を含めて400万円超級エソテリックと、同格の再生機器を所有する岩田さんは、マト1とCDを聴き比べるとどちらがいいかは好み次第と断言する。マト1原理主義者の僕としては異論を唱えたいところだが、何せ聴き比べていないので何とも言えない日々が続いていた。
「グッドストックトーキョー」のスピーカーは、巨大なるアルテックA4。
ところが6月18日開催の「レコードの達人」で初の同格試聴を実施、エソテリックの400万円級CDシステムを用意することになった。これには二つ訳がある。一つは岩田さんが執筆し僕が編集する電子書籍“Deep Story in Rock ロック絶対名盤”シリーズの6月15日配信最新刊『オペラ座の夜』文中で、岩田さんが男子個人体操6種目全て10点満点級と絶賛する「ボヘミアン・ラプソディ」を、イベント参加者と共に極上の対等な環境で比較試聴しようという趣旨だ。何せ会場はライブハウス、一般家庭では不可能な大音量で再生できる。
もう一つは音楽之友社から7月19日に発売予定のムック『岩田由記夫のRock & Popオーディオ入門』の記事作成だ。往年のオーディオ少年に“もう一度いいオーディオでロックを聴こう”と呼びかけるこのムックで、「レコードの達人」の成り立ちやエピソードを紹介するとともに、アナログvs CD比較試聴の模様をレポートする。ライブハウスの大音量、再生プレーヤーはどちらも400万円級、試聴ディスクはクラシックやジャズではなくど真ん中ロック、こんな比較試聴記事は前代未聞のはずだ。
ところが当日、さるアクシデントでCDプレーヤーはエソテリックの300万円級となってしまった。そもそもは300万円級CDプレーヤー&130万円級電源で構成される400万円級CDシステムのはずが、電源なしの300万円級CDプレーヤーとなったわけだ。常人には130万円級の電源とはどういうことか理解不可能と思えるが(あまり常人ではない僕もよくわからない)、300万円級CDプレーヤーでも常人のスタンダードを十二分に逸脱している。同格400万円級には拘らず、僕としては超高級プレーヤー対決と捉えることとした。
左が岩田さん。2人とも寝ているのではなく、音に集中するために目を閉じている。
さあ、試聴開始。岩田さんが持参したCDは、1992年発売のイギリス盤CDシングル、2011年に名匠ボブ・ラディックがリマスターした音源によるSACD(2011年発売)とMQA-CD(2018年発売)だ。まずはCDシングル。悪くはないが、さすがは300万円級というほどでもない。SACDはかなりの良音だったが、MQA-CDでぶっ飛ぶ。SACDとは段違い、圧倒的なスケール感に震えがくる。この差は96bitと192bitの違いから生まれると岩田さん。しかるにSACDは税込4500円、MQA-CDは同3300円だ(2018年発売のSACDは同3300円)。
僕の持参したレコードは、UKマト1、ボブ・ラディックのリマスター音源からのアナログ盤、同音源からの12インチ45回転シングルだ。この3枚は「レコードの達人」で聴き比べたことがあり、僕のNO.1はマト1原理主義者には滅多にないことながら12インチシングルだった。音圧が桁外れに凄い。岩田さんによるとリミッターの上限を越えて音を入れているからこうなるそうだ。
本日の僕のNO.1は、やはり12インチシングル。MQA-CDのスケール感を凌駕する、とてつもない音場が広がった。しかしイベントに来場された方は、UKマト1に軍配を上げた。当然ながらMQA-CDは、デジタルらしくメリハリが強い。12インチシングルもアナログなから、デジタル方向のメリハリの強さでMQA-CDを上回った。一方、UKマト1はアナログならではの柔らかい音だ。思うに、ライブハウスでの大音量ゆえにデジタルの音は耳障りで、耳に優しいアナログの音が支持されたということだろうか。
イベントではもう1曲、ジェフ・ベックの『ギター殺人者の凱旋』から「分かってくれるかい」を試聴した(英題は『Blow By Blow』「You Know What I Mean」)。CDはSACD、アナログはUKマト1だ。これはアナログの圧勝で、SACDはなぜかかなり音が良くない。いかに300万円級でも、元が良くなければ良くは再生できないのだろう。
今回は300万円級を持ってしても、いつも通りマト1レコードに分があった。だが新たな発見がある。今まではCDプレーヤーが劣るから、マト1圧勝は当然と考えていた。だが仮に同格400万円級で比べても、マト1が勝つという確証を得たのだ。マト1は出来立てほやほやのフレッシュなマスターテープから作られ、CDはいかなる名匠がリマスターしようが、何十年も経って劣化したマスターテープ、あるいはおよそ四半世紀が経過したマスターテープを元にしたDSDマスターから作られる。この違いは最先端デジタル技術を駆使しても埋められない。極論すればレコードプレーヤーの2倍の価格のCDプレーヤーと聴き比べても、マト1勝利となるのではないだろうか。
そう思い至ったのは、MQA-CD「ボヘミアン・ラプソディ」の素晴らしさだ。これを聴いた時は、12インチシングルの負けだと思った。それでも12インチが勝った理由は、それこそ400万円級と300万円級の違いではないか? MQA-CDと12インチの音源は、同じボブ・ラディックのリマスターだ。“出来立てマスターによるアナログvs劣化マスターによるCD”のケースとは全く異なる。音源が同格なら、再生機器の格の違いが現れるということだ。
マイ・マト1コレクション。枚数は多くはないが、ほとんどがツェッペリン、クイーン、ドアーズ、クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス他、60年代末から70年代の好きなアルバムのマト1だ。
つまり今のアーチストが新作を録音し、その音源でレコードとCDを作り、同格のプレーヤーで聴き比べるなら音に優劣はなく、まさに岩田さんの言う通り、好みの問題になるに違いない。逆に言えば僕のようにクラシック・ロックしか聴かないなら、マト1に勝る音はないということだ。マイ・マト1コレクション、いよいよ愛しくなってきた。
文/斎藤好一(元DIME編集長)