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一世を風靡した「プリントゴッコ」から撤退しても理想科学工業が息の長い経営を続けられる理由

2022.06.19

かつて暑中見舞いや年賀状シーズンになると、大活躍した製品があります。プリントゴッコです。1996年に累計販売台数が1,000万台を突破した大ヒット商品です。当時の総世帯数が4,300万なので、単純計算で4世帯に1台はプリントゴッコがあったことになります。製造していたのは「理想科学工業」です。

家庭用印刷機という画期的なものでしたが、パソコンが普及するにつれて需要が縮小し、2008年6月に販売を終了。2012年12月に消耗品の取り扱いも停止し、プリントゴッコ事業から完全に撤退しました。

ガリ版がプリントゴッコの原型?

理想科学工業は1955年1月の理想科学研究所が前身。1963年1月に理想科学工業に商号変更しました。謄写版「RISOグラフ」を主力商品として事業を確立します。謄写版は蠟紙を原紙として鉄筆で描画し、原版を作成。原版にインクをつけて刷る印刷機です。

「ガリ版」と呼ばれ、かつて文学にかぶれた若者がガリ版で盛んに同人誌を発行していました。学校の試験用紙や学級新聞などでも、広く使われた印刷機です。スタジオジブリの映画「コクリコ坂」でガリ版がキーアイテムとして出てきます。

謄写版の原理は比較的単純。鉄製のヤスリ板を下敷きにして鉄筆で描画すると、蠟紙に微細な孔が空きます。その孔からインクが押し出されて用紙に印刷される仕組みです。

この謄写版がプリントゴッコの原型です。

プリントゴッコは蠟紙の代わりに熱で溶解するフィルムを活用。カーボンを含む筆記具で描画し、フラッシュランプの熱で描画部分を溶解させると、インクが通過する孔を作るというものでした。

理想科学工業は1977年9月に「プリントゴッコB6」を発売しています。当時、印刷機は印刷会社のもので、家庭で印刷機を持つなどという概念そのものがなかった時代です。“ゴッコ”という名がついていたものの、その品質と性能は高く、発売と同時に爆発的な大ヒットを飛ばしました。理想科学工業は生産が追いつかずにお詫びの広告を出しています。

教育現場で使われる孔版印刷機が業績を下支え

プリントゴッコが飛ぶように売れる中、理想科学工業は1980年6月にBtoB向けの商品を発売します。それが分離型製版・印刷機「リソグラフAP7200・FX7200」です。リソグラフは現在も会社の業績を支える主力印刷機です。シルクスクリーン印刷機(孔版印刷機)と呼ばれ、製版と印刷の機能を分離することなく1つの機械に収めたものです。印刷までの工程を1つの機構に収めた点はプリントゴッコと同じです。

■理想科学工業の業績推移(単位:百万円)

決算短信より筆者作成

理想科学工業はプリントゴッコ事業を撤退した後(2013年3月期)も売上高は800億円台で推移しています。新型コロナウイルスの感染拡大で営業活動が制限され、2020年3月期以降は600億円台まで落ち込みました。しかし2023年3月期からは回復する見込みで、売上高は708億円を予想しています。

世界金融危機の影響で北米での販売に苦戦。2009年3月期に営業損失を出しましたが、それ以降は安定的に利益を出しています。

リソグラフは印刷のもととなる版を印刷機内で作り、ドラムに巻き付けて紙に印刷するもの。新聞の印刷機をイメージするとわかりやすいかもしれません。プリント枚数を多くすればするほど、1枚当たりの印刷コストが下がるという特徴があります。

理想科学工業によると、100枚印刷する場合は1分かからず、1枚当たり1円以下のコストで仕上げられます。

孔版印刷機は広報紙やチラシ、封筒、教材などへの印刷に適しており、教育現場や官庁を中心に導入が進んでいます。理想科学工業はこの分野で6~7割のシェアを獲得していると言われています。業績が安定しているのは、学校や官庁など消滅することのない領域において、なくてはならない製品を導入し、高シェアを獲得しているためです。

ただし、需要が旺盛かというとそうでもありません。2018年のデジタル印刷機(孔版印刷機)の出荷台数は前年比5.1%減の52,000台となりました。台数は年々縮小する見込みです。

一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会「事務機械の「全世界出荷に関する 2019 年の見込み及び 2020 年の予測」の発表」より

孔版印刷機はいわば斜陽産業。そこで理想科学工業はビジネス向けインクジェットプリンターに狙いを定めました。

インクジェットは売上高の半分を占めるまでに成長

理想科学工業は2011年3月にオリンパスからインクジェットプリンター事業を38億円で買収。2003年9月にオリンパスと折半で設立したオルテックの合弁を解消し、全株を取得しました。インクジェットプリンター事業を本格化させます。

2022年3月期のインクジェット事業の売上構成比率は53%。2012年3月期の33%から20%も上昇しています。

■インクジェット事業の構成比率推移

決算説明資料より

伸び盛りではありますが、ビジネス向けインクジェットプリンターの分野は強力な企業がひしめいている典型的なレッドオーシャンです。主なメーカーに米ヒューレットパッカード、キヤノン、セイコーエプソンがあります。

理想科学工業は明確なポジショニングをとって他社との差別化を図りました。「低コスト」「プリントスピードが速い」というものです。

■理想科学工業のポジショニング

決算説明資料より

2023年3月期から2025年3月期までの経営計画として「RISO Vision 25」を掲げました。その中で、顧客志向に基づく販売企画体制を構築し、インクジェット事業を拡大するとあります。

この項目は特に真新しいものではありません。

注目したいのは「新規事業の模索」を盛り込んだことです。

理想科学工業は2022年3月末時点での自己資本比率が77.0%。オフィス機器に強いリコーが48.7%、セイコーエプソンが52.6%です。両社ともに安定していますが、理想科学工業の自己資本比率の高さが目立ちます。理想科学工業は安定経営を続けていたため、財務体質が極めて盤石なのです。

更に理想科学工業は2022年3月末時点で現金を188億3,400万円も保有しており、総資産の23.0%を占めています。

これは大型の投資を控えて保守的な経営をしてきたことの裏返し。ここにきて新規事業の模索を中期経営計画に入れたとなると、大型のM&Aが視野に入ってきます。理想科学工業は学校のデジタル化推進にも力を入れており、家庭とのデジタル連絡ツール「スクリレ」を2021年から開始しました。印刷というアナログ形態を脱出し、デジタル領域へと投資を加速する可能性もあります。

取材・文/不破 聡

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