■連載/阿部純子のトレンド探検隊
携帯3社がメタバース関連企業に出資
アバターを使いオンライン空間で没入感のある体験ができる「メタバース」。会議、イベント、エンターテインメント、ショッピングなどメタバースは幅広いジャンルでの活用が期待されており、カナダのエマージェンリサーチ社の予想では、2028年にはメタバース市場は100兆円規模になるとされている。
しかし、トレンドリサーチの調査では、「メタバース」を「聞いたことがある、知っている」と答えたのは4人に1人の割合。メタバースを聞いたことがある、知っていると答えた人の39.7%はメタバースを使ったことがなく、メタバースを体験したことがある人は全体の約15%しかいないことがわかった。
VRヘッドセットといった専用の機器を使用する必要があることが、メタバース普及の障壁のひとつとされているが、より簡単にメタバース体験ができるデバイスとして今後の動向が注目されているのがスマートフォンを使ったメタバースだ。
NTTドコモは日本のVRコンテンツ開発企業の「HIKKY」と資本業務提携を結び、約65億円を出資。3月末から、HIKKYのVR コンテンツ開発エンジン「Vket Cloud」を活用して制作した、マルチデバイス型メタバース「XR World」をスタートした。「XR World」は専用の機器がなくても、スマートフォンやパソコンでwebブラウザから利用できる。
「XR World」はさまざまな企業が提供するメタバースをつなぐ「オープンメタバース構想」に基づき、東日本旅客鉄道、ジェイアール東日本企画、HIKKYによるメタバース・ステーション「Virtual AKIBA World」との相互連携も進めていくという。2023年以降には、海外向けにもサービスを展開する予定だ。
日本発のメタバースプラットフォーム 「cluster」に出資し、「都市連動型メタバース」を推進しているのがKDDI。同社が参画する「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」を通じ、clusterの技術を用いた、自宅からさまざまなイベントの開催、参加が可能となる渋谷区公認のVRイベント空間「バーチャル渋谷」をサポートしている。
「バーチャル渋谷」は、自宅からスマートフォンやパソコン、VRデバイスを使って参加することができ、リアルに再現された渋谷の街を自分のアバターを操作して自由に動き回ることができる。人気アーティストやVTuber、キャラクターが登場するイベントも開催され、インタラクティブな体験を提供している。
ソフトバンクは、韓国「NAVER」の子会社が運営するファッションメタバースプラットフォーム「ZEPETO」に約171億円を出資。「ZEPETO」はスマートフォンで簡単に3Dアバターを作って遊べるアプリで、ディズニー、GUCCI、パルファン・クリスチャン・ディオール、ZARAなど有名ブランドとのコラボも多く、世界で2億人以上のユーザーが登録している。
自分の好きなように、もしくは自分の顔を元にアバターを作成することができ、ファッションやメイクなど細かなコーディネートを楽しめるのが特長。アバターを使った動画や画像をTikTokやInstagramへ投稿もでき、Z世代に人気が高い。
3社の出資先はいずれも、VRヘッドセットを使わなくてもスマートフォンによるメタバースサービスが利用可能で、出資先のメタバース技術を自社サービスへの応用に期待していることがうかがえる。
ライブゲーミングでメタバースに本格参入するミラティブ
「スマホでメタバース」に期待が高まる中、ゲームとライブ配信を融合させたライブゲーミングでメタバースに本格参入するのが、ゲーム配信サービス「Mirrativ」。
スマホで簡単にゲーム配信ができること、「エモモ」という3Dアバターを使うことで顔を出さず配信できることから、今まで「配信をしてみたいがやり方がわからない」といった層のハードルを下げることに成功。アクティブなユーザーに占める配信者の比率が約25%と高い水準にあり、現在の配信者数は360万人を超え、スマホゲーム配信者数日本一の配信プラットフォームに成長している。
――注目されるメタバースにスマホで本格参入した意図は?
ミラティブCEO・赤川隼一氏「私が想像するメタバースとは、自分のアバターがあり、魅力的なコンテンツがあり、それらを起点として人々が長時間コミュニケーションをしている、ユーザーにとって居心地の良い空間です。しかし、『メタバースをやりたい』というユーザーはまだ少ないのが現状。なぜならユーザーはメタバース自体ではなく、メタバースでできる体験を重要視しているからです。
その文脈から、私が注目しているのがアメリカで非常に人気のある「Roblox(ロブロックス)」。参加ユーザーが自由にゲームを作って公開できるサービスで、ゲームを媒介にしてロブロックス内でユーザーのコミュニケーションが生まれています。
メタバースと聞くとハイエンドPCやVRを想像しがちですが、世界でもっとも大きいメタバースであるロブロックスはほとんどがスマホユーザー。つまり、ユーザーにとってハードルが低いスマホで展開されるということが、メタバース普及の大きな鍵となると考えています。
ミラティブはその思想のもと、スマホで体験できるメタバースを目指し、具体的にはライブゲーミングという配信者と視聴者がいっしょに遊ぶゲーム体験をMirrativ上で展開していきます。ユーザーがライブゲームを楽しんでいるうちに、Mirrativが心地よい空間になり、メタバースが定着している状態が理想的ですね」
――スマホメタバースの特性を持つライブゲーミングとは?
赤川氏「ゲームとゲーム実況が融合した体験です。視聴者が配信者のゲームプレイに介入したり、すぐに配信者といっしょに遊んだりすることができます。ゲーム実況はいまやマスに浸透し、YouTube再生の約15%がゲーム実況と言われ、ゲーム実況発でゲームがヒットすることも増え、ゲームクリエイターも『ゲーム実況で映えること』を前提にゲームをデザインするケースも多くなっています。ゲーム実況を見ている時の体験をもっと豊かにしたいクリエイター側のニーズから、コメント以外の配信中のゲームへの介入体験が広がっていくのは確実だと考えていました。
Mirrativの中ではライブゲーミングが始まる前の2017年ごろに、ユーザーがアプリを使って参加型配信をしており、さらにユーザー間に飛び火して、ブームのようになることも発生していました。
その流れから、同じ画面をリアルタイムで見ながら、視聴者が配信中のゲームに介入していくことが当たり前になると確信を持ち、2019年から小規模なゲームをMirrativ上で繰り返し作って出す実験的な試みを行っていました。
次世代のゲーム体験がライブゲーミングであると確信を持ってから4年経ち、さまざまな試行錯誤を行ってきましたが、ようやく目に見える成果が出てきたという状況です。
すでにMirrativ内ではライブゲーミング関連の売上が月間1億円を突破しており、昨年12月には、参加型ライブゲーム「エモモバトルドロップ」単体で5000万円の売上を突破しました。こうしたライブゲーミング市場の高まりにあわせて、4月20日にライブゲーミング事業の開発環境『Mirrativ Connect for Developers』の提供を発表しました。Unityで、Mirrativ上で起動するライブゲームを開発することができ、当社が提供するAPIを用いてサーバサイド側でのゲーム開発が容易になる想定です。
スマホメタバースによるライブゲーミングにおいて、視聴者は主に2つのゲーム体験が可能です。配信者といっしょにゲームをプレイする参加型の体験と、ギフトアイテムやコメントを通じて配信者のゲームプレイに影響を与える介入型の体験です。例えば、配信中にアイテムをリアルタイムでプレゼントするなど、配信者のゲームプレイに介入していくことができるようになります。
ライブゲーミングでもたらされるゲーム体験により、ユーザー間のコミュニケーションはより活性化し、ユーザーがMirrativに滞在する時間がもっと長くなると思っています」
【AJの読み】メタバース体験の入り口となる?「スマホでメタバース」
メタバース、メタバースと騒がれているが、自分の分身であるアバターを使ってコミュニケーションするという、ゲームの世界では以前からよくやっていたことなのに、なぜこんなにも注目されるのか解せなかった。
「採用面接にメタバースを導入したOn’yomiの経営者に聞いた『メタバース面談』のメリット」の取材でメタバースを初体験したが、アバターを介してなのに、オンラインよりもリアル対面に近いコミュニケーションに驚いた。メタバースの魅力を認識した機会となったが、VRデバイスが必要なこと、装着等の準備にとても時間がかかるなど、手軽にできるものではないと感じたのも事実。
その点、スマホを使ったメタバース体験なら、VRデバイスの没入感には及ばないが、身近にあるデバイスで、好きなときに気軽に体験することができる。メタバースに漠然としたイメージしか持っていない未体験者(現在の体験者が15%程度なら、大半がこの層に入るだろう)にとって「メタバース=VRデバイスを使った特殊な仮想現実空間」というイメージを払拭させてくれるのがスマホでの利用であり、「スマホでメタバース」はメタバース体験の入り口となり得る。
会議、イベント、ゲームなど、離れていても一緒にその場にいて体験を共有できるのがメタバースの魅力のひとつ。メタバース体験がモバイル端末で簡単にできる環境が整えば、新たなSNSとして普及していく可能性もあるが、ユーザーにとって面白いと感じる体験コンテンツが今後増えるかどうかが、動向を左右しそうだ。
文/阿部純子