30~40代のビジネスパーソンに大人気のポッドキャスト『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』をご存じだろうか。「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞を同時受賞し、現在も「Apple Podcast」総合1位の、今、もっとも注目されている音声コンテンツだ。
そんな『コテンラジオ』を運営する株式会社COTEN 代表取締役の深井龍之介さんが初の著書『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)を出したところ、発売直後に2万部の重版と大ヒット中。
なぜ今、若い世代が歴史を求めているのだろうか?
後編ではなぜ、歴史を知ることで悩みから解放されるのかということをメインにお話を伺ったが、後編ではこの本に込められた価値観の多様化する時代を生きるうえでのヒントを解説していく。
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)
1650円
本を3回も書き直した理由
―深井さんのお話を聞いていると、『コテンラジオ』や『歴史思考』が大人気の理由が分かった気がしました。元気づけられる人は多そうですね。
深井:勇気をもらってくれる人がたくさんいるのは嬉しいですね。ただ、この話にはさらに続きがあるんです。たぶんそこまで読み取ってくれる方は多くないと思うんですが、僕はこの本で、実はかなり難解な主張を展開しています。
―難解? 文章もライトで、とても読みやすい本に見えますが……。
深井:実はこの本、3回も書き直しているんです。没になった原稿も丸まる一冊分はあるし、本に入れようと思っていたけど泣く泣くカットした偉人のエピソードは、もっとたくさんあります。
―どうしてそんなに難航したんですか?
深井:それは、本のわかりやすさにこだわったから。僕の主張がかなり難解だからこそ、ぱっと読んで楽しめるパッケージングにしようと四苦八苦したんです。僕の考えをストレートに出しても、誰も読んでくれませんから。
―その難解な主張とは?
深井:僕はこの本で、「価値観は絶対じゃない」ということを繰り返し書いていますよね。その結果、勇気をもらって元気になってくれる人がたくさんいる。それはありがたいことなんですが、あえて極端な言い方をすると、それは誤読なんです。
―誤読!
深井:これってすごく危険な主張でもあるんですよ。価値観って、人や社会にとってものすごく大事なものです。特定のものに価値を感じるからこそ生きるモチベーションが得られるし、価値観が行動を制限しているから、犯罪に走る人が少ないわけじゃないですか。
だから、この本を「価値観なんてどうでもいいんだ」と解釈されちゃったら、非常にまずいことになる。この本は危険な本でもあるんです。
―……たしかに。
深井:なので、この場で補足させてください。僕はたしかに「価値観に絶対はない」と書いています。それは、歴史を見れば明らかな事実です。そこは動かしようがない。
でも、ここからが重要なんですが、僕は特定の価値観を持つことを否定しているわけでもないんです。特定の価値観を「絶対視」するのはやめましょうよ、と書いてるんです。
価値観は持つ。でも、絶対視しない
―???
深井:例えば、僕本人だっていろいろ、特定の価値観を持っています。子どもを傷つけることには断固反対だし、女性がもっと活躍しやすい社会にすべきだと思ってるし、今の出来事なら、ロシアのウクライナ侵攻だってもちろん大反対です。プーチンのやっていることは言語道断ですよ。こういう僕の考えは、特定の価値観に立っていますよね。
―たしかにそうです。でも、それは本書の主張と矛盾しているのでは?
深井:していないんです。僕は「価値観に『絶対はない』」と書いているのであって、「特定の価値観を持つのはやめよう」と書いてはいません。ここはものすごく大切なポイントなんですが、ちょっと悲観的なことを言うと、9割以上の人には誤解されちゃうかな……というあきらめもあります(笑)
例えば、僕は別のインタビューで、ウクライナ侵攻について「善か悪かの二項対立はやめよう」「西側諸国はロシアに歩み寄ることもできたはず」という意味のことをしゃべったんです。それは、戦争でどっちかが善で他方が悪、みたいな価値観を絶対視すべきではないという主張でした。
ところがそう言うと、「深井はどっちもどっち論に持ち込もうとしている」「実はロシアを応援したいのでは?」みたいに解釈してしまう人が出てくる。まあ、僕も言葉が足りなかったかもしれないんですが、それは完全な誤解です。もう一度言いますが、ロシアのウクライナ侵攻には大反対、というのが僕の立場であり、僕の価値観ですから。
―よくわかりません。ウクライナ侵攻に反対なら、ロシアは絶対の悪なんじゃないでしょうか。
深井:しつこく繰り返しますが(笑)、僕は、ある価値観を絶対にせず、「複数持つべきだ」と言っているんです。「ロシアのやっていることは許されないことだ」という価値観を持ちつつ、同時に、「このままロシアを追い詰めるのは世界にとっていいことなのかな」「ロシアはなんであんな暴挙に出たんだろう」という視点も持とうと言っています。
歴史には強烈な再現性がありますから、今のロシアのような国を周囲が追い詰めたら何が起こるかは、かなりの精度で予測できます。おそらく、かなり悲惨なことになるでしょう。
複数のレイヤーで重層的に思考する
深井:犯罪者への態度に例えるとわかりやすいかもしれませんね。犯罪は悪ですが、だからといって、寄ってたかって叩くだけでは、犯罪者は更生しないでしょう。再犯に走るのがオチです。かといって、「犯罪は別に悪じゃないよ」などと言い出してしまっては本末転倒ですよね。
「犯罪は悪だ」という価値観を持ちつつ、「でも、犯罪に走らせないためにはどうすればいいんだろう」という視点も持たないといけない。戦争や犯罪といった難しい問題に対処するためには、特定の価値観を絶対化しない、重層的な思考を展開しないといけません。
そういう重層的な思考をすることを、僕は、今の自分に距離を置いて考えるという意味で「メタ認知」と言っています。そして、歴史的な教養を利用してメタ認知をすることを「歴史思考」と呼ぶことにしました。それがこの本のタイトルになっています。
異なる価値観と共生しなければいけない時代
―少しわかった気がします。しかし、政治家でもない私たちにとって、メタ認知や歴史思考がなんの役に立つのでしょうか? 悩みから解放されるだけで十分では?
深井:たしかに、『歴史思考』を読んだり『コテンラジオ』を聞いてくれて、「ああ、気持ちが楽になった」と思ってもらえればとてもうれしいですし、第一の目的は達成できたと言ってもいいかもしれませんね。
でも、メタ認知や歴史思考によって重層的な思考方法、つまり特定の価値観にとらわれない考え方ができるようになると、一般の人でも非常にメリットが多いんです。なぜなら、今は価値観が多様化している時代だからです。
―「多様化」は、よく聞くキーワードですね。
深井:多様化とは、いろいろな価値観が社会に併存している状態です。例えば、昭和の日本では夫婦同姓が当たり前で、「夫婦別姓がいい」という価値観はほとんどなかったから、結婚時に同姓か別姓か悩む必要もありませんでした。自由がないのは、悩まなくていいということでもあるんです。
でも今は価値観が多様化していますから、「夫婦は同姓であるべきだ」「いや、別姓も認めなければ」という、異なる価値観を持つ人同士が接触することもあります。そのときに、僕が言うメタ認知ができなければ、つまり自分の価値観が絶対ではないと考えることができなければ、相手と衝突してしまいますよね。
しかし価値観を絶対化しなければ、異なる価値観の相手とも付き合っていくことができます。「自分は夫婦別姓がいいと思うけれど、そうでない価値観もあるよな」と。そのほうが、多様化が進む現代社会では楽に生きられるはずですよ。
―たしかに。
深井:ずいぶん難しい話をしてしまいましたが、とりあえず、何も考えずに本を読んでもらえたら嬉しいです。たぶん、悩みから解放されて、生きるのが楽になるはずです。わかりやすく書いたので、早い人なら1、2時間でさらっと読めるんじゃないかな。
でも、もし機会があれば、時間があるときにもう一度、二度と読み返してもらえると嬉しいです。すると、僕が本の奥底に潜ませたメッセージに気付いてもらえるかもしれません。
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)
1650円
『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』 毎週 月・木曜日 配信中
https://cotenradio.fm/
取材・文/佐藤 喬