30~40代のビジネスパーソンに大人気のポッドキャスト『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』をご存じだろうか。「JAPAN PODCAST AWARDS2019」で大賞とSpotify賞を同時受賞し、現在も「Apple Podcast」総合1位の、今、もっとも注目されている音声コンテンツだ。
そんな『コテンラジオ』を運営する株式会社COTEN 代表取締役の深井龍之介さんが初の著書『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)を出したところ、発売直後に2万部の重版と大ヒット中。
なぜ今、若い世代が歴史を求めているのだろうか?
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)
1650円
歴史で悩みから解放される!?
―「歴史」という硬そうなテーマを扱っている『コテンラジオ』や著書が現代の若い層に人気なのは、なぜでしょうか?
深井:悩みから解放されるからだと思いますね。実際、僕の所にはたくさん「歴史を知ったことで気持ちが楽になりました」という感想が寄せられています。だから、初の著書である『歴史思考』も、「歴史を知ることで悩みから楽になる」がコンセプトになっています。
―歴史で悩みから解放される? どういうことですか?
深井:ピンと来ないですよね。「歴史」というと、お堅いイメージがありますから。でも、この本には、「聖人」とされるマハトマ・ガンディーが若いころはパッとしない青年だったとか、ケンタッキー・フライドチキンを作ったカーネル・サンダースが何度も破産や転職を経験してきたことなど、意外で生き生きとしたエピソードがたくさん詰まっています。たとえば、イエス・キリストが元大工だったことを知っていますか?
―それは知りませんでした。しかし、なぜそういう歴史を知ると悩みから解放されるのでしょうか。
深井:悩みは、僕らの社会にある「当たり前」が原因となって生まれます。例えば、同性愛者であることに悩む男性がいるとしますね。彼が悩むのは、今の日本社会では異性愛が「当たり前」とされていて、彼はその「当たり前」から外れているからです。同性愛者の権利が注目されているとはいえ、異性愛が前提になっていることは変わりませんから。
あるいは、収入が少ないことに悩んでいる人も多いと思うのですが、その悩みの原因も「稼げることはいいことだ」という、僕らの社会の「当たり前」ですよね。このように、「当たり前」があるからこそ悩みが生まれているんです。
―確かに同性愛者の権利は大切ですが、どの社会でも異性愛がスタンダードだったのでは?
深井:いいえ、まったく違います。これは本にも書いたことですが、古代ギリシャでも、中国でも、江戸時代までの日本でも、男性同士の同性愛は「当たり前」でした。ソクラテスも織田信長も武田信玄も、男性とセックスをしていたんです。歴史的に見ると、「男性同性愛=特殊なこと」という今の価値観のほうが、むしろ例外的なんです。
―……驚きました。
深井:ですよね。ついでに言うと、「お金を稼げる=エラい」という価値観も、歴史的には非常に特殊です。たとえば中世のヨーロッパでは、お金を稼ぐことはむしろ卑しい行為だとされていました。同時期の日本も似たような感じです。
このように、歴史を学ぶと、僕らの周りにある「当たり前」や価値観が、決して当たり前じゃないことに気付けるんです。するとさまざまな悩みの原因が消えますから、気が楽になるというわけです。
『歴史思考』には、僕たちの悩みの原因になる「当たり前」を突き崩すような偉人たちのエピソードがたくさん収録されています。抱えている悩みは人それぞれだと思いますけれど、読むと気が楽になって生きやすくなるのは間違いないと思いますよ。
生きて、存在することにこそ意味がある
―なるほど、深井さんは現代人の悩みを軽くするためにこの本を書かれたんですか?
深井:いやいや、それは違います(笑)。もちろん、本を読んで悩みから解放された人がたくさんいるのは嬉しいんですが、実は、この本の裏テーマは別にあるんです。
―裏テーマ?
深井:はい、それは「人の価値は判断できない。だから、どんな人でも、生きて、存在していることこそに意味がある」というものです。
―どういうことですか?
深井:わからないですよね(笑)。じゃあ、こういう質問をさせてください。引きこもりの青年と、マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクを比べると、どちらのほうが重要な人間だと思いますか?
―それはもちろん、ザッカーバーグやマスクでは。影響力が全然違うじゃないですか。
深井:普通、そう思いますよね。でもザッカーバーグみたいになれる人なんてほとんどいませんから、「自分は平凡で、価値がない人間なんだ」と悩む人が出てくるわけです。まあザッカーバーグはともかく、同世代の優秀な人間と比べて落ち込んだり。
でも、歴史を学ぶと、その悩みが不要だとわかるんです。
イエスだって、ぜんぜん偉くなかった
―どうしてですか?
深井:まず、さっき言ったように価値観は変化しますから、ある人への評価も変わるためです。僕は本の中で、この事実を、西洋と東洋の超偉人であるイエス・キリストと孔子を例に挙げて説明しています。
二人はキリスト教と儒教の創始者ですから、人類レベルのスーパー偉人です。じゃあ、生きていたころから世界に名が轟いていたかと言うと、まったく違います。さっきちょっと触れましたけど、イエスなんて、死刑になる少し前の30歳くらいまではただの大工さんでしたからね。当時の大工の社会的地位は奴隷に次いで低かったですから、偉人とは程遠かったわけです。
―でも、その後の宗教活動で世界を変えたんですよね。
深井:いえ、それはイエスが亡くなってからずっーと後の話です。当時のイエスはそこまで知られていない存在でした。「十二使徒」というくらいで、弟子の数もすごく少なかったですし、活動したエルサレムも、今でこそ聖地ですが、当時は地方都市くらいの感じです。
「弟子が十数人いる地方の宗教家」と聞いて、「ああ、世界的な偉人だ!」と思いますか? 弟子は思っていたかもしれませんけど……。
―たしかに……。
深井:で、人を集めて説教をしてたりするうちにローマ帝国に睨まれて、政治犯として死刑になってしまいました。偉人とか以前に、当時の人類のうち、イエスを知っている人なんてほとんどいませんでした。
孔子もちょっと似ていて、小さな国で牧場の管理とかをする、あまり地位が高くない政治家だったんですね。しかも政争に巻き込まれて、人生の大半を逃亡生活に費やす羽目になります。弟子はイエスより少し多かったみたいですけど、子どもに先立たれ、優秀な弟子にも死なれ、かなり悲惨な状態で亡くなります。
つまりイエスも孔子も、当時はぜんぜん偉人じゃなかったんですよ。むしろ現代の価値観で考えると、負け組というか、失敗した側の人と言っても過言ではないかもしれません。歴史にはこんな例がゴロゴロありますし、この本にもたくさん書いています。
―だから、今の人生がうまくいっていなくても、落ち込む必要はないんだ、ということですね。
未来は誰にも予測できない
深井:その理由はもう一つあって、歴史ってすごく複雑なんです。ある人の行動が後世にどう影響するかなんて、複雑すぎて予測できません。
物理学に「バタフライエフェクト」という言葉がありますよね。ブラジルで一羽の蝶が羽ばたくと、その影響が波及していって、やがてアメリカで竜巻を引き起こすかもしれない、というやつです。歴史や社会もそれに似ていて、あまりに複雑なので、なにがどう将来に影響するかはわからないんですよ。
言い換えると、イエスも孔子も、歴史的には一羽の蝶に過ぎなかったんです。だけど、彼らの羽ばたきが後世にどんどん波及していって、キリスト教や儒教という巨大な竜巻になった。でも小さな蝶でしかないイエスも孔子も、自分がのちの世に竜巻を引き起こすなんて予想できたわけがありません。そんなのわかりっこないですよね。
―たしかに。
深井:そしてここからが重要なんですが、読者であるあなたも、羽ばたいている蝶の一羽だということです。イエスも孔子もイーロン・マスクも蝶ですけど、あなたも蝶です。近視眼的な価値観で見ると、ご自分のことをとるに足らない存在だととらえてしまうかもしれませんが、大きな歴史的な視野で見れば、ザッカーバーグにもあなたにも大した違いはありません。どちらも数十億もいる蝶の一羽に過ぎませんから。1000年後の世界では、ザッカーバーグは忘れられていて、あなたが超偉人になっているかもしれません。
だから、身の回りの価値観にとらわれて近視眼的になって、落ち込むのはやめましょうよ、ということを書きたかったんです。今のあなたに周囲が与えている評価なんて、どうでもいいんです。歴史を予測するなんて誰にもできないんだから、とりあえずは蝶としてパタパタ羽ばたきましょう、という感じですかね。
人は生きているだけで意味があるし、それ以上のことは誰にもわからないということです。これが、この本の裏メッセージなんです。
『コテンラジオ』や『歴史思考』が大人気の理由が分かった気がするが、実はこの本は3回も書き直しており、そこには一読しただけでは誤解されやすい深井さんのこだわりがあったという。後編では価値観が多様化している時代に深井さんが読者に伝えたかったことを解説していく。
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)
1650円
『歴史を面白く学ぶコテンラジオ』 毎週 月・木曜日 配信中
https://cotenradio.fm/
取材・文/佐藤 喬
@DIME公式通販人気ランキング