傾向編はこちらから→https://dime.jp/genre/1380758。
筆者が、男性更年期のスペシャリストである国際医療福祉大学成田病院 腎泌尿器外科教授の久末伸一先生からうかがった話の中でいちばん驚いたのは、「強いストレスに晒され続けると、30代前半であっても男性更年期の症状が現れることもあります。逆に、80代でも20歳並みの男性ホルモン値を維持している方もいるのです」ということ。
80代で20歳並みの男性ホルモンを維持できるのは、おそらくひと握りの人間だろう。だが、加齢しても更年期の症状に悩まされず、仕事に邁進できる男性ホルモン値は維持したいものである。そのコツを久末先生にうかがったので公開していこう。
男性更年期を遠ざけるには1にも2にも筋トレ!
加齢しても男性ホルモン量を多く維持するには、どのような事が有効ですか?
「まず、コロナ禍で男性更年期が増えた理由を考えてみましょう。
自粛期間中は、外出できない等のストレスがありますよね。ストレスは男性ホルモンであるテストステロンを下げます。
また、外出しない、テレワークで通勤しないことによる運動不足で筋力が低下。筋肉がないとテストステロンはつくられません。
じつは、筋肉の中にはAR(アンドロゲンレセプター)という男性ホルモンの受容体(※)がいっぱいあるのです。ARにテストステロンがくっつくことで筋肉は働きます。
※)生物の体にあって、外界や体内からの何らかの刺激を受け取り、情報として利用できるように変換する仕組みを持った構造のこと。
ところが、筋肉が減ると受容体も減る。受容体が減るとテストステロンはいらないんだ、と判断し、テストステロンの生産が落ちます。
男性ホルモンを維持するためには、筋肉を減らさないことが何よりも大事。コロナ禍で男性更年期になった方が多いのは、そのような理由からだと思います」
具体的にどのような運動がいいのでしょうか?
「更年期を遠ざけるために、私がおすすめするのは1にも2にも筋トレ! 特に太ももを鍛えてください。人間の体の中でいちばん太い筋肉が大腿筋(だいたいきん)ですから。
次に筋肉量が多いのは背筋。ですが、背中の筋肉を鍛えるのは難しいので、脚を鍛えるスクワットがいいと思います。
あと、ジョギングもいいでね。ただし、有酸素運動の場合、30分以内でやめたほうがいいでしょう。あまり長く続けるとテストステロンが消費されるので、終わったら逆に下がってしまいます」
朝、しっかりタンパク質を摂ることで男性ホルモン値がアップ!
「人間は1日中、何もせず寝ているだけで、体全体の筋肉の4%が失われます。それは睡眠中も同じで、起床時は筋肉がかなり失われているのです。
体内では、アルブミンというタンパク質の一種が筋肉をつくっています。そのアルブミンは、就寝時に失われる筋肉を補おうと、筋肉をつくるためにどんどん消費されます。それで朝、体内のタンパク質はいちばん低くなっている状態に。
ですから、朝食にタンパク質をしっかり摂りましょう。朝、タンパク質を補充しないと、さらに筋肉は落ちてしまい、ますますテストステロンがつくられなくなります」
トーストとコーヒーだけ、野菜ジュースだけ、みたいにタンパク質の少ない朝食を摂っている人は多いと思います。そんな生活を続けていると、朝からイライラや気分の落ち込みを感じ、仕事にも精が出ないということですね!
「そのとおりです。牛乳やチーズ、ヨーグルトなど、忙しい朝でも手軽に摂れるタンパク質を常備しておくといいですね」
男の強さを維持する『スーパーテストステロンフード』とは?
他にも、テストステロンの分泌を上げる栄養素を教えてください。
「男性のテストステロンを上げる栄養成分は亜鉛。牡蠣はトップクラスの亜鉛含有量(可食部100gあたり亜鉛14.5mg)を誇りますが、値段が高いし、頻繁に食べる人は少ないと思います。
そこでオススメなのがキャベツ(可食部100gあたり亜鉛0.2mg)。野菜の中では亜鉛が多く含まれ、費用対効果が大きいといえます。袋入りの千切りキャベツはスーパーやコンビニで購入できますから、ひとり暮らしの男性でも食しやすいでしょう。
他には、ニンニク、ニラ、長ねぎといった香味野菜にアリシンという成分が多く含まれています。アリシンもテストステロンを上げる成分。
ただ、アリシンは熱に弱いのが難点です。生で食べるのがベストですが、香味野菜を大量に食べるのは難しいかもしれません。しかし、アリシンはビタミンB1とくっつくと、熱に負けないアリチアミンに変貌します。
ビタミンB1が多く含まれているのは赤身肉(豚肉、牛肉)。ニラレバ炒め、餃子、ニンニクのスライスをドバッとかけたステーキなど、いわゆるスタミナ料理と呼ばれるものを積極的に摂ってください。
私が特に推奨するのはモツ鍋です。モツはビタミンB1が豊富。さらにニンニク、キャベツ、ニラが入っているので、男性更年期を遠ざける『スーパーテストステロンフード』だといえるでしょう」
徹夜をするとテストステロンの分泌は、ほぼゼロになる
睡眠は男性ホルモンに影響しますか?
「徹夜すると男性ホルモンはガッツリ下がります。テストステロンは寝ている間につくられますから。
ラットの実験になりますが、4日間寝かせない環境にしたところ、テストステロンはほぼゼロになりました。その後、好きなだけ寝てもいい環境にし、ラットは十分な睡眠をとりましたが、テストステロンは一切回復しなかったのです。
おそらく、人間の男性も同じではないかと」
徹夜後、十分睡眠をとってもテストステロンが増えない原因とは?
「原因はまだ解明されていません。しかし、世の中で問題になっている過労死のほとんどは、睡眠不足が関与していると考えられます。
仕事が激務で慢性的に睡眠不足な男性は、テストステロンの分泌がほぼゼロに。その影響で男性更年期になり、うつ症状により自死してしまうパターンがほとんどでしょう」
男性更年期の症状を知ることは、命を守ることでもあるのですね。
「医学的な検証はこれからですが、私は40~50代男性の自死の引き金は更年期だと考えています。そのような方には、テストステロン補充療法の注射を打てば防げる可能性が高い。実際、私の治療で自死を食い止めた事例がいくつもあります」
男性更年期の治療ってどんなもの?
では、どのような治療になるのでしょうか?
「男性更年期の治療は、基本的にテストステロンを補充する注射になります。日本では保険適用になるのは注射しかないので。
まず2週間に1回から始めて、3週間に1回、4週間に1回というように間隔を調整していきます。
注射するとテストステロンの血中濃度が2日目くらいにすごく上がってピークを迎えます。ですが、その後、ガーッと下がってしまうのです。最初の1週間はすごく高いのですが、2週目に入るとかなり下がります」
1週間に1回の注射ではダメですか?
「それだとテストステロンが上がり過ぎてしまいます。すると、自分の精巣からテストステロンが出なくなってしまうのです。そこがデメリットですね」
テストステロンを補充する注射で、患者さんはどのように変化するのでしょうか?
「ある患者さんの例で話しましょう。東日本大震災があった年です。まだ余震が続く中、67歳の患者さんが、当時、帝京大学付属病院にいた私の外来を受診しました。自分ではしっかり歩けない状態で、ご家族に抱きかかえられて診察室に入ってくるほどの状態で。
その方、お住まいは東北ですが、北海道にいくつか工場をお持ちで。それが震災の影響で工場が稼働しなくなり、そこから急に、朝、起き上がれなくなってしまったのです。過度のストレスですね。
歩くこともままならず、どうしたらいいのか……と、ご家族がネットでいろいろ検索し、男性更年期を調べてもらおうということになったそうです。
採血してみると、テストステロンが下限(ギリギリ正常である数値)の半分しかなくて。そこでテストステロンを補充する注射をしたところ、劇的によくなり、朝も普通に起きられるようになりました。事業意欲も復活したので工場の再建に力を入れ、再稼働できるようになったといいます。
1年くらい注射を打っていましたが、ずっと元気をキープできていたので、これでもう卒業ですね、と治療を終了しました」
男性ホルモンは加齢と共に下がるため、治療を継続するケースも多い
でも、注射を止めたら、またテストステロンが下がってしまうのでは?
「そうですね。しかし、その患者さんはストレスで一時的に男性ホルモンが下がっていたので。補充することで上昇スパイラルに入れば、治療を終了しても大丈夫だったのです。そういう患者さんは、たくさんいらっしゃいます。
ただ、男性ホルモンは加齢と共に下がっていきますから、治療を継続していく方も多いのは事実です」
一生、注射を打ち続けるということですか?
「例えば、仕事をリタイアし、のんびりした生活をできるような方は治療を終了します」
テストステロンを補充する治療に副作用はありますか?
「元々、男性の体に流れているホルモンなので、大きな副作用はありません。しかし、泌尿器科でも男性更年期の専門外のドクターですと、何も考えず、何年も注射を打ち続けることがあります。すると、精巣が完全に萎縮してしまう場合も」
泌尿器科のドクターでも、男性更年期の治療をわかっていない方がいる?
「いらっしゃいますね」
男性更年期の治療に詳しいドクターの見極め方はありますか?
「クリニックのHPなどで『男性更年期を診ています』と書いてあるところは大丈夫だと思います。
じつは、女性の更年期と症状が似ていることから『男性更年期』と呼ばれていますが、医学的には『加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)』といいます。この病名でHPに掲載している場合もありますから、覚えておいてください」
日本メンズヘルス医学会のHPに掲載されている『メンズヘルス外来一覧』もあるので、調べる際の参考にしてほしい。
◎メンズヘルス外来一覧
https://www.mens-health.jp/clinic
男性更年期か否かは自分でもチェックできる
自分の男性機能が低下しているか否かを知ることができるチェックリストがある。男性更年期(LOH症候群)の評価としては、Aging Male Symptom(AMS)scoreが国際的に使用されているのだ。
AMSは、精神・心理、身体、性機能に関する17項目のセルフアセスメント(自己評価)型の症状スコア。
17項目についての5段階評価を総計し、合計26点以下は正常、27~36点は軽度の症状、37~49点は中程度の症状、50点以上は重症としている。
【AMSスコア】
各項目を1~5点の5段階(なし=1点、軽い=2点、中程度=3点、重い=4点、非常に重い=5点)で自己評価を行い、合計点を出して判定しよう。
1. 総合的に調子が思わしくない(健康状態、本人自身の感じ方)
2. 関節や筋肉の痛み(腰痛、関節痛、手足の痛み、背中の痛み)
3. ひどい発汗(思いがけず突然汗が出る。緊張や運動と関係なくほてる)
4. 睡眠の悩み(寝つきが悪い、ぐっすり眠れない、寝起きが早く疲れがとれない、浅い睡眠、眠れない)
5. よく眠くなる、しばしば疲れを感じる
6. いらいらする(当たり散らす、些細なことですぐ腹を立てる、不機嫌になる)
7. 神経質になった(緊張しやすい、精神的に落ち着かない、じっとしていられない)
8. 不安感(パニック状態になる)
9. 身体の疲労や行動力の減退(全般的な行動力の低下、活動の減少、余暇活動に興味がない、達成感がない、自分を急かさないと何もしない)
10. 筋力の低下
11.憂うつな気分(落ち込み、悲しみ、涙もろい、意欲がわかない、気分のムラ、無用感)
12.「人生の山は通り過ぎた」と感じる
13.力尽きた、どん底にいると感じる
14.ヒゲの伸びが遅くなった
15.性的能力の衰え
16.早朝勃起(朝勃ち)の回数の減少
17.性欲の低下(セックスが楽しくない、性交の欲求が起こらない)
合計点
26点以下→症状なし
27~36点→軽度
37~49点→中程度
50点以上→重度
合計点が何点以上になったら、男性更年期の治療を始めたほうがいいのでしょうか?
「中程度の37点を超えたら、確実に受診していただきたい。軽度の27点以上になったら、筋トレや食事、睡眠などライフスタイルを変えて、テストステロンを上げる努力をしたほうがいいでしょう。
また、仮に軽度だという判定が出ても、ご自身がつらさを感じているなら、メンズヘルス外来の受診をおすすめします」
長時間のインタビュー、ありがとうございました!
【筆者の視点】
取材するまでは、男性更年期とは性の悩みがメインなのかと考えていた。しかし、仕事への意欲を失い、生きる意欲を失う可能性もあると聞き、その症状のつらさは計り知れないものがあると痛感した。
また、性に関していうと、朝勃ちは男性にとって健康のバロメーターだと久末先生は説く。それは、女性が肌の調子を気にするのと同じなんだとか。本稿で紹介した食事や運動、睡眠というセルフケアを実行し、男の強さを維持していただけたら幸いだ。
久末伸一(ひさすえ・しんいち)先生
国際医療福祉大学成田病院 腎泌尿器外科教授。医学博士。札幌医科大学卒業。順天堂大学 泌尿器科准教授、千葉西総合病院 泌尿器科部長等を経て現職。前立腺摘徐、腎部分切除術、膀胱摘徐、腎盂形成のロボット支援手術資格を有し、これまでに約700件のロボット支援手術を執刀。男性性機能障害と男性更年期障害の外来診療を行っており、男性ホルモンの重要性を鑑みた治療を行っている。男性更年期に関しては多数のメディアで取り上げられ、オピニオンリーダー的な役割を担っている。
関連情報
https://naritahospital.iuhw.ac.jp/departments/renal-urological-surgery/index.html
取材・文/藤田麻弥(ウェルネス・ジャーナリスト)
雑誌やWebにて美容や健康に関する記事を執筆。美容&医療セミナーの企画・コーディネート、化粧品のマーケティングや開発のアドバイス、広告のコピーも手がける。エビデンス(科学的根拠)のある情報を伝えるべく、医学や美容の学会を頻繁に聴講。著書に『すぐわかる! 今日からできる! 美肌スキンケア』(学研プラス)がある。