近年、企業経営において「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」が取り入れられているが、「Equity(公正性)」という概念が加わり、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」が世界的に推進されている。こうした欧米からの流れを受け、日本でも大手企業などが次々とDE&I宣言をしている。
今回は「DE&I」へ変わると企業の能力開発方法はどう変わるのか、また上司の立場として部下の育成にどう関わるのか、ダイバーシティの専門家に聞いた。また、後半では最近DE&I宣言を行ったEY JAPANと協和キリンの事例を取り上げる。
「DE&I」のEquity-公平性-とは何か
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とは、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(受容・包括)それぞれの意味から、性別や年齢、障がい、国籍、ライフスタイル、職歴、価値観などによらず、それぞれの個を尊重し、認め合うことを指す。職場であれば、従業員一人ひとりの多様性を受け入れ、互いに認め合い、尊重しながら一体となって成長し、事業成功のために共に働くことをいう。
近年、このD&Iに「Equity(公平性)」が加わった「DE&I」が注目されるようになった。しかし「Equity(公平性)」については、正しく理解する必要がある。よく勘違いされるものに「Equality(平等)」があるからだ。
「平等」と「公平」は異なる。平等は、マイノリティに対してもマジョリティと同じように成功のチャンスが与えられることを指す。一方で、公平は、マイノリティもマジョリティと公平に並べるように、マイノリティ一人ひとりの状況に合わせてツールやリソースを調整して用意し、成功できるようにすることをいう。
例えば、女性活躍推進のために、出産や育児などで仕事から1年以上離れていた女性に対し、一定期間、勤務者と同等の給与を支払いながら、キャリア復帰プログラムなどを提供し、トレーニングの機会や実務経験が得られる機会を用意するといったことだ。
つまりEquityを実施するには、ただ機会を与えるだけでなく、その与えたツールなどを個々人に応じて「調整」して用意する必要がある。
DE&Iへの変化によって求められること
世界的にD&IからDE&Iへシフトしているといわれるが、DE&Iへ変わると、企業は何が求められるのか。株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&WLB推進部長の宮原淳二氏は次のように述べる。
【取材協力】
宮原 淳二氏
株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&WLB推進部長
大手化粧品会社の資生堂に長年勤務。2011年より東レ経営研究所に転職し、企業や行政、労働組合などで働き方改革やダイバーシティに関する講演やコンサルティングを数多く実施。東京商工会議所「多様な人材活躍委員会」識者。2級キャリア・コンサルティング技能士、2級ファイナンシャル・プランナー。
http://www.tbr.co.jp/
「『D&I=多様を受け入れる』という概念に『Equity(公正性)』を加えたことで、組織のマジョリティがマイノリティを凌駕する従来型の組織風土が大きく改善されることになります。身近な例として、左利きの方を思い描いてください。人口の約1割存在すると言われますが、本を読む時や文字を書くときなど、多くの場面で不自由さを感じて生活しています。
LGBTQの方の例では“ブルーマンデー(憂鬱な月曜日)”がストレスの元といわれています。この方々は、週末、異性と何処に出かけたかなど、月曜日の朝、周囲から聞かれることを嫌がります。本当は同性と過ごしていたのに、異性と過ごしたと嘘をつくことになります。こうした些細な嘘が徐々にストレスにつながり、仕事にも悪影響を及ぼすようになります。
これからはマジョリティの方は、普段、何気なく話していることでも、マイノリティの気持ちに寄り添い、自己中心的な物の見方、考え方を改める必要があるでしょう。そしてこれからのリーダーはマイノリティの存在に目を向けられる人が組織活力を高められると言えるでしょう。
一つの好例として、日本左利き協会という団体の『左利き用便利帳』というサイトがあります。左利き用の電卓など様々なアイテムを紹介し、左利きが生活しやすい世の中を作り出しています」
D&IからDE&Iへ変わると、上司は、部下の育成に対して、どのように意識を変えていくべきか。
「20世紀型社会におけるマネジメントはマニュアル化・管理統制型が基本で、上位下達な組織はある意味、マネジメントしやすかったと言えます。しかし21世紀の成熟社会では、同質化はリスクです。仕事と育児を両立している女性部下や障がい者など、組織は時代と共に多様化しています。金太郎アメ型人材育成から早く脱却し、よりパーソナリティ重視の育成をすべきでしょう。
効果的な施策としては、“1on1ミーティング”などを活用し、部下に寄り添い、組織に対するエンゲージメントを高めることです。また周囲の部下にも、マイノリティが組織に一定割合存在することを前提にコミュニケーションを取ることを指導すべきでしょう。
こうした行動が『面倒くさい』と思うリーダーの元で働くマイノリティは、何かのきっかけで退職してしまうリスクがあります。ある採用会社の調査では退職理由のトップが『上司や経営者の仕事の仕方が気に入らない』で、『給与の低さ』は何と4位でした。リーダーは自分が育った時代と今では、時代が大きく様変わりしていることを認識し、OSを都度入れ替えていく必要があるでしょう」
DE&I宣言をした企業の取り組み
日本にも、DE&I宣言をする企業が増えてきている。これまでの施策とどのような変化があるのか。2社の事例を確認しておこう。
1.EY Japan
EYは、世界各国で会計、税務、アドバイザリー等のプロフェッショナル・サービスファーム。2022年2月1日付で、事業活動のあらゆるプロセスにおいて「エクイティ(Equity、公正)」を実現してD&Iを加速させることを目指し、組織内の名称を「DE&I」に変更し、取り組みを強化していくことを発表した。
EYでは2013年より、「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」というパーパス(存在意義)を掲げ、多様性の尊重と、心理的安全性が確保されながら成長するインクルーシブ(包摂性)なカルチャーの構築を目指してきたが、今後はさらに、それを自社内だけではなく、より良い社会の構築につなげ、長期的価値の創造(Long-term value、LTV)をするべく、次のアクションを通じて貢献することを宣言した。
・意思決定のポジションに就く女性割合の向上とジェンダー・ギャップの解消
・障がい者の積極的な採用と新たな就労機会の創出、就労環境の質の向上
・LGBT+に対する差別や偏見をなくすための活動への参画と活動支援
・個人の生きがい、働き甲斐をベースにしたウェルビーイング(Well-Being)と独自のEYフレリモ(EY Flex & Remote)施策の推進
・表出していない多様性や交差性にも注目し、誰もが自分らしく働ける職場環境づくり
EYの日本ファームであるEY JapanのDE&Iリーダー梅田惠氏に、EYがD&IからDE&Iへシフトし、取り組みを強化した背景を尋ねた。
【取材協力】
梅田 惠(うめだ めぐみ)氏
EY Japan DE&I リーダー
新卒で外資系IT企業に入社。人事広報担当部長を経て、2007年からダイバーシティ担当部長として女性、障がい者、LGBT+、外国籍、世代、ワークライフなど、さまざまなプログラムをリード。2019年 EY Japan入社。2020年から現職。日本ではまだ少ないD&I専門職として15年以上のキャリアがある
「従来は、すべての人に『Equality(平等)』な機会を提供することに主眼を置いていました。個々人が自分らしいキャリアを築いていくためには、シンプルで誰もが使える仕組みと多様性に合わせてパーソナライズできる仕組みの両方が必要になってきます。
『Equity』というのは、例えばパーティに招待した人たちが、それぞれの方法で参加を楽しめるようにする、誰もが参加を歓迎されていると実感できるようにする取り組みです。
Equality推進も引き続き重要で、日本における同性婚の合法化など、平等を推進するための支援活動も、EYとして継続して力を入れていきます。またSocial Equityの実現を目標に掲げており、自社のD&Iだけではなく、サプライヤー・ダイバーシティやニューロダイバーシティに関する取り組みも本格化させていきます」
【DE&Iの取り組み】
主な取り組みを見ていこう。
●女性起業家の育成プログラム
「EYでは起業家の支援、特に女性起業家の育成についても長年取り組んできているEWW(EY Entrepreneurial Winning Women)というプログラムがあります。男性の起業家に比較すると女性はスポンサーが付きにくく、ネットワークに参加しにくいため、ビジネスチャンスを得にくいという課題を解決すべく、さまざまな育成プログラムやネットワークを提供しています」
●女性専用のリーダーシップ開発プログラムLEAP(Leadership Enhancement & Accelerate Program)
「部長級の女性を対象とし選抜形式の6カ月のラーニングプログラムです。ネゴシエーションやVISION構築、セルフブランディングなど、上級管理職として必要なリーダシップスキルを学び、同世代の女性メンバーと組織を超えたネットワークを構築し、エンゲージメントを高めることがねらいです。
男女が共に参加する研修では、女性は書記や資料作りなど、サポート役に回ることが多く、キャリアに対する正直な気持ちや本音を開示しにくくあります。女性専用とすることで心理的安全性を担保し、伸び伸びとキャリアに対する夢や希望を語り合う環境を提供し、良きライバルを可視化することによって成長を促進させることを目的にしています」
●サプライヤー・ダイバーシティ
「サプライヤー・ダイバーシティは、女性、障がい者、LGBT+、少数民族などの社会的なマイノリティがリードしている企業をEYのサプライチェーンの中に積極的に参加してもらう取り組みです。
海外のEYではすでに数年前からこの取り組みがスタートしていますが、日本では昨年から、まずは女性が経営する企業20社を2025年までにEYのサプライチェーンに登録することを目標に活動がスタートしました。日本はまだ女性起業家や女性経営者が十分に育っていないため、EYの社会貢献プログラム“Ripples”と連携し、女性経営者の育成に注力しています」
●精神・発達障害の次世代向け高度専門職のキャリア応援の実践型インターンシップ
「精神・発達障害の次世代を対象にした、公認会計士や税理士、コンサルタントといった高度専門職のキャリアを目指してもらうことを応援する実践型インターンシップです。
現在、日本の大学に在籍している 障がい者は1%程度。また就職率は低く、その大半が非正規です。日本人の一般給与が月収約28万円に対して、障がい者は平均14万円。精神・発達障害は12万円という状況。また障がい者に提供されている仕事の多くは作業所や農園、一般事務職で、障がい者が何らかのスペシャリストとして、キャリアを築ける機会や支援の数や種類は極めて少ないです。
そうした状況を変えていくために、高度専門職として次世代を目指してもらうためのインターンシッププログラムを開発しています」
2.協和キリン
バイオテクノロジー、抗体医薬などを得意とする製薬会社、協和キリンは、協和キリングループとして、「グローバルDE&I宣言」を策定したことを2022年2月3日付けで発表した。職場におけるDE&Iを社員の価値観の体現として受け入れ、プロアクティブに推進するという。
協和キリンの担当者は宣言策定の背景について次のように述べる。
「2021年に公表した2030年に向けたビジョン達成に向けての宣言策定です。バイオテクノロジー、抗体医薬を強みとする弊社にとって、Life-changingな価値を創造し、世界中で患者さんの笑顔を増やすためには『持続可能な成長をけん引するイノベーションの源泉』、『日本発のグローバルスペシャルティファーマとしての社会的責任』、『信頼関係をベースに従業員が能力を最大限に発揮できる職場づくり』が不可欠であると考えています。これらの基盤となるDiversity(多様性)、Equity(公平)、Inclusion(受容)への理解浸透と実現に向けた、プロアクティブな行動を促すのが今回の宣言策定のねらいです」
【DE&Iの取り組み】
この宣言に沿って、同社は3つのアプローチによって推進するという。
1 リーダー層のコミットメント形成
例)インクルーシブ・リーダーシップの原則と実践、ビジネスリーダーによるアライ宣言
2 少数派の声の反映
例)従業員主導のマイノリティネットワークやボトムアップ活動の支援、マイノリティグループに対するアウェアネスの向上(国際女性デー、プライド月間等)
3 タレントマネジメントの仕組みによる DE&I の推進
例)採用や昇進・昇格におけるエクイティ(公平・公正)の推進、女性タレントプールの作成、アンコンシャスバイアス研修の実施等。
特にグローバル優先課題として 女性リーダーの確実な輩出を目指し、2030 年までにグローバル女性リーダー比率 40%の達成を目標としている。
「当社ではOne Kyowa Kirin体制(※)という独自の組織体制における女性リーダーの確実な輩出を目指しており、対策アプローチの一つとして人材マネジメントの仕組みにDE&I推進の仕掛けを積極的に取り込んでいきます。
現在、グローバルで後継者計画を実施していますが、今後は次世代リーダー候補を定常的に輩出していくことの一環として、これまでのキャリアや現在の能力発揮状況などから、特に優秀な女性人材を特定し、より着実にリーダーとして能力を発揮できるよう育成していきます。
同時に、性別にかかわらず均等な機会や公平公正な待遇を受けるための環境整備も重要と考えています。『アンコンシャスバイアス』の存在を意識することで、従業員ひとりひとりが自らの偏見と向き合い、職場における不均衡を是正するようグローバルで働きかけていきます」
アンコンシャスバイアスとは、無意識の思い込みや偏見のこと。協和キリンは、職場におけるアンコンシャスバイアスの排除はグローバルで共通の重点課題であるとし、各人がDE&I推進の障壁となりうる無意識なバイアスの存在を意識し、コントロールする手法を学ぶアンコンシャスバイアス研修の実施を、北米、EMEA(Europe, the Middle East and Africa)、日本、アジアオセアニアのリージョンごとに進めているそうだ。
「例えば、日本ではミドル管理職層をターゲットとしたe-learning研修を今年度に順次展開予定です。EMEAでは主旨に賛同する従業員を域内の各国で募り、昨年度中に30人のボランティア要員がファシリテータ養成研修の受講を経て、計60回を超えるセッションを展開しました」
※One Kyowa Kirin体制とは
新ビジョン達成に向けて編成された、地域と機能及び製品のマトリクス組織体制を指す。協和キリンは人材開発において地域軸、機能軸、製品軸において女性リーダーの育成と輩出が重要課題であると認識している。
DE&Iが浸透する中では、従業員一人ひとりに向き合って対応していくといった方向転換が求められるようだ。グローバル規模の大きな潮流としてより意識を高める必要があるだろう。
【参考】
「EY Japan、D&I推進体制を強化」
「協和キリン、グローバル DE&I 宣言を策定」
取材・文/石原亜香利