いま人類は再び月を目指そうとしている。アポロ計画以来の一大プロジェクトだ。JAXAでも宇宙飛行士の募集を開始しているが、その宇宙飛行士も月へと降り立つ、そんな可能性もあるという。しかし、人類は月だけを見ているワケではない。太陽系内の地球の隣の移住の可能性がある火星にももちろん目を向けている。その火星には特徴的な大気があるのだが、火星の大気の大部分はCO2が占めていて、このCO2をうまく資源として利用できないか、そんな構想が移住生活に向けてたくさん存在するのだ。今回は、そのような話題について触れたいと思う。
火星の大気はほぼCO2!
みなさんは、火星についてどのようなイメージをお持ちだろうか。もしかしたら、SF小説「宇宙戦争」で登場する、頭が大きくて、手足が長いタコに似た火星人をイメージするかたもおられるのではないだろうか。SF小説「宇宙戦争」が出版されたのは1898年であり、もちろん、今と比べれば火星の調査が進んでいなかったことは確かであり、人間の想像が膨らんだ結果であることは間違いない。
いまももちろん、火星に関して完全に明らかにはなっていないのだが、NASAなどは探査機を送るなどしてさまざまな調査を行なっているのだ。
では、火星の大気についてフォーカスしたい。火星の大気の構成は、CO2(95.32%)、N2(2.6%)、Ar(1.9%)だ。つまり、火星の大気はほぼCO2であるのだ。もちろん、人間がこの大気で生命を維持することは不可能なのは自明だが、人類は、なぜか火星をも目指す。その理由は多様であるし、これだという明らかなものはないが、元々DNAに埋め込まれているかのように持っている人間の好奇心、そして、隕石の衝突、何らかの原因での気候の激変、食糧難、壊滅的な自然災害、戦争などの人為的な破壊などにより、地球に住めなくなった際の第二の惑星として火星への移住が検討されているのだ。
この火星において、人類が生命を維持するためには、エネルギー源が必要となる。そのエネルギー源とは、酸素、食糧などを広義に意味したが、このエネルギー源を火星で生成するために注目したのが、火星の大気で大部分を占めるCO2なのだ。
火星ではCO2から呼吸に必要な酸素を作る!
以前も紹介したが、NASAの火星探査機パーシビアランスは、火星大気中のCO2から酸素を作ることに成功している。では、どのようにCO2から酸素を作ることに成功しているのだろうか。下図を見ていただきたい。MOXIEという装置がある。MOXIEとは、The Mars Oxygen In-Situ Resource Utilization Experimentの略。MOXIEでは、火星の大気を取り込みフィルターによってダストなどを除去する。そして、フィルターを通過した後、チャンバー内で圧縮、加熱されたCO2を、COとO2に分離し、加熱、低電圧が印加されたセラミックメンブレン(膜)で酸素を収集するという。
NASAの火星での実験では、約5.4gの酸素を生成できたという。これは宇宙飛行士が10分間呼吸できる量に相当するという。
NASA火星探査機パーシビアランスとMOXIE
(出典:NASA)
火星では大気から肉を作れるかも?!
CO2からタンパク質を作ることができる技術を持つベンチャー企業が存在する。ヘルシンキのスタートアップ、Solar Foodsだ。彼らは、Solein(ソレイン)というタンパク質を製造できる技術を保有している。Soleinとは、どのようなものかというと、水、ある栄養素、CO2、電力を利用し、Solein Bioprocessというプロセルを経ることで、プロテインを製造することができるという。このSolein Bioprocessは、詳細は不明だが、酵母の発酵プロセスに似ているという。
Solar FoodsのSolein
(出典:Solar Foods)
ほかにも米国カリフォルニアにAir Proteinというスタートアップが存在する。彼らもCO2からプロテインを作ることができる。
Air Proteinは、「水素酸化菌」という菌類に注目。人が、火星にて呼吸して吐くCO2を水素酸化菌が吸収し、吸収したものから必須アミノ酸を作ることができるという。その必須アミノ酸から動物由来に似たプロテインを製造し、それをまた宇宙飛行士が食する。この動物由来に似たプロテインは、本物の肉そっくりだから驚きだ。
他にも、Air Proteinは、CO2から油脂を作ることにも成功している。例えば、柑橘油に似た油脂。これらは、調味料や芳香剤、洗剤、そして飛行機の燃料にも使えるという。また、パーム油に似た油脂を作ることにも成功している。これによりさまざまな工業製品の原料になることが期待できるという。空気からタンパク質をつくるというAir Proteinの発想は、もともとはNASAの発案だという。
火星では、CO2由来のお酒で乾杯する?!
CO2からお肉を製造できるという話をしたが、お酒だってつくることができる。そんな技術を持っているのが、Air companyという米国のスタートアップ。彼らが開発したのは、「Air Vodka(エアウォッカ)」というお酒で、CO2と水のみを原材料とするウォッカだ。CO2から、純粋なエタノールへと変えることができる技術を採用しているという。このAir Vodka1本あたり750mlだがエタノール40%だという。このAir Vodka1本あたりCO2を約450g使っているという。
他にも、Air companyは、この技術を使って、消毒用のアルコール、そして香水まで開発。自社サイトでネット販売を開始しているのだ。
Air company のAir Vodka
(出典:Air Company)
いかがだっただろうか。以前は、火星では地球とは大気組成が違いすぎて人類は住むことが現実的ではない、そう考えられてきたことだろう。大気組成が違いすぎると、人類が生命を維持していくために必要な食糧も含めたエネルギー源も生成できないからだ。しかし、今現在は、逆転の発想で、この火星で大部分を占めるCO2からさまざまなエネルギー資源を作ってしまおう、そのような発想が活発化している。この背景には、地球上の世界各国でのGHG(Green House Gas)排出量規制の動きと連動している。CO2を排出しないようにすること、そして排出したCO2をうまく利用し削減しようとする技術開発を火星へと応用する、そのような動きだ。つまり、地球上でのGHG(Green House Gas)排出量規制の動きは、火星への移住への道標となっている、そう考えることもできるだろう。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。新刊「ビジネスモデルの未来予報図51」を出版。各メディアの情報発信に力を入れている。