ドラクエなどの「RPG(ロールプレイングゲーム)」の世界にビジネスを置き換えたり、思考を工夫したりすることで、モチベーションがアップしたり、これまでにない思考が生まれたりすることもある。「RPG×ビジネス」の手法やメリットを有識者に聞いた。
ビジネスをRPGの世界に置き換えることの意味
ビジネス研修などを行う東風社の代表、幸本陽平氏は、ビジネス研修の場面や課題をRPGに置き換え、RPG感覚で楽しむビジネス研修を行うことがあるという。
ビジネスを RPGの世界に置き換えて 、RPG 的な発想で物事を進めていくことは、どんな意味やメリットがあるのか。
【取材協力】
幸本陽平氏
外資系高級化粧品ブランドでのマーケティングや経営企画などを経て、(株)東風社を設立。ビジネス研修のほか、企業コンサルティングや事業計画作成支援などを行う。一橋大学卒、中小企業診断士。
株式会社東風社 https://www.tofusha.co.jp
「セミナーや研修の受講者の中には、なかなか意欲が持てなかったり、興味が持てなかったりする人がいる場合もあります。そんな受講者がどうやったら研修に興味を持ち、意欲的に参加してもらえるかを考えました。
『ゲーミフィケーション』という言葉もある通り、『ゲーム化』はものごとを楽しく、やる気を起こさせるために非常に有効です。テーマがビジネスであっても、舞台設定をRPGのような剣と魔法の世界にするだけで、ゲーム的にとっつきやすく楽しめるのでは、と考えました。
例えば『仕事の問題を解決するにはどうすればよいか』だと、現実の会社や人間関係などが邪魔になってしまい、うまく考えられないことがあります。しかし『王様から命令を受けた、解決しなければならない』『魔王を倒すためのアイテムを手に入れなければならない』などなら、気軽に楽しめますし、やる気も出ます。これを背景とし、ビジネス研修を『RPG形式で』進行することを思いつきました」
RPGに置き換えてビジネススキルを学ぶメリット
RPGに置き換えてビジネススキルを学ぶことには、どのようなメリットが期待できるのか。
「RPGは物語が進んでいくにつれて、自分がレベルアップをする、強い武器が手に入る、倒せなかった敵が倒せるようになるなど、段階を追って自分の成長や進化がよく分かるように設計されています。研修においても、やりっぱなしでなんとなく終わらせず、まるでRPGで強い武器を手に入れたり、レベルアップして強い呪文を覚えていくように、自分のビジネススキルもレベルアップしてちょっとずつ前に進んでいく実感を得られるよう、内容を組み立てています。
RPGに置き換えるメリットの一つは、常識にとらわれない発想が生まれる点です。研修でケーススタディや課題を与えても、みなさん企業や会社員としてこうあるべき、これは無理、と実際の職場環境に引っ張られすぎて、なかなか自由な発想ができないことがありました。
それに対して『あくまで舞台はRPG のファンタジーな世界であり、あなたはその世界の主人公・勇者です』という設定にして、例えば王様からの指令で魔物を倒すにはどうすれば、と実際のビジネス事例をRPGの世界観に置き換えて考えてもらうことで、割と自由に考えてもらえる印象があります。
あえて自分がRPGの世界の主人公になりきることで、普段の会社の常識やあるべき自分の姿などから離れて自由に発想を広げやすくなると思います」
RPGを取り入れた研修はパーティー対抗戦!
実際、RPGを取り入れた研修はどのように進行していくのだろうか?
「私の研修の場合、基本、5人一組でパーティー(チーム)を組み、対抗戦を設定します。単純にAグループ、Bグループと分けるよりも、ドラクエのようにパーティーを組み、役割も『戦士』『魔法使い』などと振り分けると、一般的なビジネス研修を離れ、そのRPGの世界に入り込むことができます。
また評価方法も一般的な研修とは異なり、とてもよくできたパーティーには報酬として伝説の剣、イマイチだった班には銅のつるぎ、など順位や点数をつけたりしています。それによって他のパーティーに負けないぞ、とまさにゲーム感覚で競い合いながら楽しんでもらうことができます」
RPGでビジネスを考える方法
ところで、普段からRPGを活用してビジネス思考をすることもできるという。どのように行うのか。
●ロジックツリーを考えるときの「問い」をRPGのクエストにしてみる
「一例としてロジックツリーを挙げます。これは情報や課題などの大きいテーマを細かく分けて、大事なポイントを探したり、情報整理したりする、ビジネスノウハウです。一般的な研修では『売上を上げるには?』や『会社の課題を解決するには?』などの大きいテーマで考えます。これらをまるでRPGのクエストのように、『王様からの依頼がありました』『武器屋からの依頼がありました、助けてあげると伝説の武器がもらえます』と置き換えるだけでも自由に発想が広がります」
●トレードオフ・マトリックスをRPGに置き換える
「RPGではお金で武器を買うか、防具を買うかを考える場面がありますよね。これはビジネスの世界で言えば『トレードオフ』です。他にも、『攻撃』と『魔法』、それを『炎系』と『氷系』の2×2に分類すれば、それは『マトリックス』での分類です。ビジネス用語、特にフレームワークなどを、RPGに置き換えて考えてみるのもよいかもしれません」
●ロジカルシンキングをRPGに置き換える
「ロジカルシンキングは、例えば次のような事例で学ぶことができます。
『王様が“高い山に生えている薬草を食べたものは全員健康だ、だからあの薬草を皆がとって食べろ”と命令した。この命令は正しいか、すなわちロジカルと言えるでしょうか。薬草と健康に因果関係はあるのでしょうか』
これは『薬草を食べると健康になる』のならば因果関係があると言えます。しかし『高い山に登ることができるのはもともと健康な人だけ』であることに気づくと、『薬草を食べたから健康になった』という因果関係は認められないとわかります。実際のビジネスでも『この商品は広告がうまくいって売上が上がった』と思われがちですが、実際には売れたから利益が出て、後から広告費を増やしただけ、などと因果関係の分析が適切でない場合があります。ロジカルシンキングや因果関係というと難しくとっつきづらい印象があるかもしれませんが、『横暴な王様が命令を出した、果たして本当か?』と考えると親しみやすいのではないかと思います」
●チームメンバーをやる気にさせるとき道筋をRPGのように提示する
「あなたがチームのメンバーをやる気にさせるとき、RPG的な思考が使えます。RPGは夢中になるしかけ、レベルアップして少しずつ強くなるとか、謎を解くとか、順を追ってクエストをクリアしていくとか、ついやってしまう仕組みがあります。いきなりゲーム序盤でラスボスの存在だけを教えられて、さあ後は自由に倒せ、と言われても、そこまで何をすればいいかわかりません。ラスボスを倒すための道筋が遠すぎます。
それに対して、今目の前でやるべきことと、遠いゴールのラスボスの両方を提示して、『次はこれをやろう』『そして中ボスを倒すためにはあのアイテムを取ろう』とゴールまでの道を細分化することでRPGを進めたくなります。ですから『ラスボス=年間売上目標』などを提示することはもちろん大事なのですが、それに向かう道筋を RPG のように提示してあげるのは大事ではないかと思います」
●チームメンバーはRPGのパーティーのバランスのように構成する
「RPGは戦士・勇者・僧侶・魔法使いといったパーティーのバランスを考えて構成します。ビジネスのチームメンバーもガンガン進む人、資料などを万全にそろえる人、それからチーム全体を調整する人など、バランスを取ると良いのでは、などと応用できます」
●新しい仕事に挑戦するとき
「もし新しい仕事に挑戦したい、キャリアアップをしたいと考えるなら、『今の自分の状況はRPGだったらどこか』を考えてはいかがでしょうか。例えば、まだ自分がお城から出たばかりのレベル1なのに、いきなり強い敵を倒そうとしたり、強い呪文を身につけようとしても無理です。ドラゴンクエストなら、まずはレベル1の弱いスライムを倒すところからだと思います。
ビジネス等においても、まったく初めてのことをやるのに、いきなり難しいことをやろうとしたり、高すぎる目標を立てたりしてしまうと失敗してしまいます。まずは自分にできることをやってコツコツ信頼を重ねて経験を積む、それは RPG のレベルアップと一緒だと思います」
ビジネスとRPGの共通点とは
幸本氏によれば、ビジネスとRPGには共通点があるという。
「ビジネスとRPGの共通点として、地道に一つ一つこなしていくことが大事である点が挙げられます。RPGはコツコツ敵を倒して順を追ってゲームを進めていくことで一つずつレベルアップできます。ビジネスの世界もそれと同じで、一発逆転のノウハウやスキルや資格獲得を目指してしまいがちですが、実際にはそう甘くなく、あまりうまくいきません。
ゲームの世界は裏技を用いて一気に強くなることはありますが、それをやってそのゲームが楽しめるかというと、大半は楽しめないのではないかと思います。ビジネスにおいても、すぐに役立つノウハウを身につければ短期的にはうまくいくことがあるかもしれませんが、長期的にうまくいくのはコツコツと継続した人だと思います」
ビジネスのあらゆることをRPGに置き換えて考えてみると、意外な自分の新しい発想や解決策、未来が見えてくるかもしれない。RPGを過去にプレイして培ったその知識と経験を、ビジネスに活かしてみるのもいいのではないだろうか。
取材・文/石原亜香利