地元に愛される京都市動物園で会える看板家族「モモタロウ一家」
動物園・水族館・植物園を専門に撮影取材している動物園写真家の阪田真一(写真家/ライター)が、そこに住む生き物をはじめ、施設の取り組みや、それに関わる人達の魅力を紹介。
皆さんは、京都観光で何をするだろうか?「神社仏閣めぐり」それとも「京料理を堪能」だろうか。
京都観光で動物園に足を運ぶという人は、私と同じ「動物園好き」なのだと思うが、これまで「動物園に足を運んだことがない」という方に、京都に来たら「京都市動物園は外せない!」そう思ってもらえる魅力をお伝えしよう。また、関西圏でなじみ深い方には、「京都市動物園を支えるつながり」についても併せて知ってもらいたい。
西日本唯一の「ニシゴリラ」の家族と間近で会える
「ゴリラがいる動物園は?」と聞かれたときに、多くの人が頭に浮かべるのは「イケメンゴリラ」と人気者になった「名古屋市東山動植物園」の『シャバーニ』ではないだろうか。実は東海より東にはニシゴリラが飼育されている園がいくつかはあるのだが、それより西では「京都市動物園」だけでしか会うことができないのだ。
また、『シャバーニ』にも負けない家族のきずなを感じるのが、「京都市動物園」のニシゴリラ「モモタロウ一家」である。
・モモタロウ(父)は一家の大黒柱だけれど
実はこう見えて繊細で怖がりな性格のモモタロウ(父)。ヘルメットが苦手で、ヘルメットをかぶっている業者の人が近寄って来ると声を上げながら向かって走って行き、ガラスを「バン!」と叩いて怒るらしい。
見慣れた飼育員でもヘルメットをかぶっていると威嚇されることもあるそうだ。
ある日、園外の遠くで動く長いアームの重機を見つけ、その重機を警戒する様子もあったと飼育担当者から聞いた。
しかし、息子であるゲンタロウ(兄)とキンタロウ(弟)が遊んでいる途中で、キンタロウ(弟)が悲鳴を上げるとその間に割って入るような父親らしい行動をすることがある。平和主義な物静かなお父さん像が浮かんでくる。
・ゲンキ(母)はクールビューティー
2児の母となったゲンキ(母)だが、その端整な顔立ちのカッコ良さは、『クールビューティーゴリラ』と話題である。とても凜々しい目鼻立ちをしている彼女は、子作りには積極的で、発情期を迎えると遠慮がちなモモタロウへ積極的なアピールをする姿が見られるそうだ。
発情期以外は、モモタロウにそれほど関心がないらしい。(切ない草食系モモタロウ。)
ちなみにニシゴリラの食生活としては草食系である。
・思春期?!中学男子のようなゲンタロウ(兄)と遊び盛りの幼稚園児のようなキンタロウ(弟)
2011年12月21日生まれのゲンタロウ(兄)は、ちょうど中学男子のようなお年頃。エネルギーが有り余っていて、置かれているオモチャを壊したり、木の枝を持って走り廻ったりする姿が見られるようになってきた。
さらに家族や来園者には注目を浴びたいのか、ガラス面に近寄ってきてチラリチラリと視線を向けて来園者の様子を伺ったりしている場面をよく見ることがある。まるで思春期を迎えた中学生のようだ。
2018年12月19日生まれのキンタロウ(弟)は、まだゲンキ(母)による授乳の光景が見られる。遊び盛りの幼稚園児のように、モモタロウ(父)やゲンタロウ(兄)に「遊んで!」と、ちょっかいを出す光景が絶えない。しかし、ゲンキ(母)の側で大人しくしている姿を見ると、まだまだお母さんに甘えている姿にホッコリとさせられる。
この先、彼ら兄弟がモモタロウ(父)に対して反抗期を迎えることがあり、「家族一緒に過ごす姿が見られなくなる日が来るのではないか」という心配もある。しかし、「いずれそのときが来ると思うが、少しでも長く一緒に過ごせたら」と飼育担当者は話した。
本来野生では群れで暮らす動物達にも成長する上での暮らしのルールがある。ある程度大きくなった雄は、群れから離れ、新たな自分の家族を作るための旅に出る時期がある。しかし動物園は限られた飼育スペースなので、それを実現させるのは難しい。これまでの記事でも紹介してきた「ブリーティングローン」などの取り組みだけではなく,海外の動物園との連携なくしては解決できないこともあり、これは動物園が抱える課題の一つなのだろう。
※ 「ブリーティングローン」についてはこちらの記事にて紹介している。
「ビントロング」ってどんな動物?動物園写真家がその生態と魅力を解説」
・飼育員さんだから撮れる彼らの日常
京都市動物のモモタロウ一家はとてもファンが多い。毎日のように開園から閉園まで写真や動画の撮影している来園者が絶えない。そこで、ニシゴリラ担当飼育員の安井早紀(やすいさき)さんに聞いてみた。
飼育員が撮影している動画は獣舎のなかで撮影されたものが多く、ガラス越しに見ている観覧側では聞こえない彼らの「声」や「笑い声」などの『聴ける動画』が魅力なのだ。ニシゴリラが声を出して「笑う?」と思った人は是非、京都市動物園オフィシャルInstagramで動画のアーカイブを見てもらいたい。
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・実は広報担当者はゴリラ愛あふれる人だった
今回、京都市動物園の取材で対応してもらった、広報の長尾充徳(ながおみつのり)さん。
ゴリラ舎を案内された際、来園者から突然「サインをください」と声かけられる長尾さんに驚いた。
来園者に聞いてみると、長尾さんは広報になる前は同園のニシゴリラ担当飼育員だったそうだ。
その飼育の日々をまとめた「ゴリラのきずな: 京都市動物園のゴリラファミリー観察記」という本が出版されたということだった。さっそく私も取材帰りに書店で購入し次の取材日にサインをお願いした次第だ。京都市動物園で暮らすニシゴリラたちの個性が感じられる1冊となっている。文字も大きく、写真やイラストもあり、子供たちにも読みやすい。
コロナ禍で大人気 「園長さんとお散歩」ライブ配信
コロナ禍の休園中に始まった第32代 園長 坂本英房(さかもとひでふさ)さんの「園長さんとお散歩」ライブ配信。
いまでは多くの動物園が様々なSNSを活用し情報配信を行っているが、この京都市動物園では坂本園長の人気もあって毎回多くの人が配信を楽しみにしている。
ライブ配信では京都市動物園の動物達の紹介や関係者エリアからの配信など、普段来園しても知ることのできない内容にあふれている。また園長自ら案内役として配信していることから、京都市動物園からの想いが直接見ている人たちに伝わるのがまた人気の一つなのだろう。
(写真上・2021年9月30日(休園中)撮影 / 写真下・2021年10月29日(開園中)撮影)
・休園期間中の「園長さんとお散歩」ライブ配信のアーカイブを紹介
コロナ禍において休園中と休園明けの「園長さんとお散歩」ライブ配信を2回取材させてもらった。
そのライブ配信のアーカイブがこちらだ。
『園長さんとちょっとお散歩 明日から再開の巻』2021年9月30日(休園中)
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『園長さんとお散歩 国際テナガザルの日と世界キツネザルの日に因んでの巻』2021年10月29日
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・動物園のライブ配信の魅力
このライブ配信のアーカイブではシロテテナガザルのクロマティ(黒・雌)とシロマティ(白・雄)が登場する。そのなかで聴くことのできる「グレートコール」と言われる鳴き声についても詳しく触れられている。
実際に来園してみると、園内を流れるように歩き周り、一つの動物の前での滞在時間は短くなりがちだ。
このようなライブ配信で事前に動物達のことを知ることで得た驚きと感動によって、その動物や個体への興味や親しみを感じるだろう。
これまで、ただ動物園に動物を見に行こうというのが大多数だろう。だが、コロナ禍に始まった動物園の取り組みであるライブ配信は、休園期間中の動物達の様子を伝えるだけではなく、動物達の生態や、同じ種でも個体の特徴などを知ることができる贅沢な企画なのだ。このライブ配信を見ることで、今まで動物園が「ただ行くところ」だった場所から「動物達(特定の個体)の様子を見に会いに行く」場所となるのではないだろうか。
「お世話になったから」と言われ愛される京都市動物園
京都市動物園は、明治28年(1895年)に開催された「第4回内国博覧会」の会場跡の南東部に『京都市紀念動物園』として明治36年(1903年)4月1日に開園した。
当時、動物園の建設に意欲的であったのは、初代官選京都市長に就任した、「内貴甚三郎」だそうだ。
「京都市動物園」は市民の寄付という形での思いと、当時の市長の強い熱意の結晶なのだ。
現在も、京都市内の企業などから様々な支援は続いている。
そのなかでも、現在とても活発に行われているのが、飼育動物達へのエサの寄付である。
京都市動物園自体も「エサ代サポーター制度」を設けて寄付をお願いしているが、
コロナ禍に京都新聞が掲載した京都市財政問題における、「京都市動物園 飼育動物のエサ代について」の記事が反響を呼び、地元企業がいくつも寄付に名乗りを上げた。
この写真は動物園内の「エサの準備をする調理場」である。多くの食材が持ち込まれていることがわかるだろう。これら以外にも園が購入している食材もある。寄付食材は動物園担当者との協議によって支援者ごとに曜日を分けて持ち込まれている。
寄付をしている企業はいくつもあり、そのなかから3社を紹介しよう。
・京つけもの 株式会社 大安の「つけもの野菜の端材」
明治35年(1902年)創業の株式会社大安は、京都の人なら知らない人はいない、京都老舗の「京つけもの」の会社である。野菜のほか、副原材料まですべて国産のものを使って作り上げる『大安のつけもの』は京都観光のお土産にも重宝されており、直営の各店舗をはじめ、百貨店や駅のお土産物屋でも買うことができる。
平安神宮東側に構える本社(本店)では修学旅行生向けの「京のどぼ漬け教室」も大人気で、「京つけもの文化」の普及にも力を入れている。(一般向けの教室も開催している)
株式会社大安では、旬なおつけものを作る際に出た「つけもの野菜の端材」を動物園に提供している。例えば、「こぶ巻き白菜」の白菜漬に使われる白菜の外葉や、「半割大根」というお漬物に使われる際に切り落とす葉の根元部分など、『大安のつけもの』のために選び抜かれた旬のお野菜の一部分が提供されているのだ。
発端は「京都府漬物協同組合」から京都市へ支援の申し出をしたことにより、京都市からの歓迎を受け「京都市動物園」へ寄付をすることとなった。その後、組合内で話し合った結果、配送コストなども考慮し、「京都市動物園」に近い株式会社大安から納入することとなったそうだ。
元々廃棄していたものを喜んでもらえることと、昨今の『SDGs』という考え方に対しての取り組みに関心があったことも提供に至った要因であるとのこと。
また、代表取締役社長の大角安史(おおすみやすし)さんも幼少期から京都市動物園の近くで育ったこともあり、家族代々お世話になったとのこと。
納入された白菜が飼育員の手によってチンパンジー舎に投げ込まれると、個体によっては白菜が大好物の者もいて、いくつも拾い集め大事そうに抱えながら、美味しそうに頬張る姿が見られた。
とても幸せそうに思えた。人も動物達も食というものが与える幸福というものが共通していることに気づかされた瞬間でもあった。
・大本山 南禅寺御用達 南禅寺豆腐屋 服部の「南禅寺どうふのおから」
明治43年(1910年)創業の株式会社服部食品(当時は服部豆腐店)では、創業当初から南禅寺門前の湯豆腐店に商品を卸していた。代々豆腐を作り続けてきたことから、平成6年(1994年)“南禅寺御用達豆腐“の名を受け、平成16年(2004年)大本山南禅寺より商標「南禅寺どうふ」の使用許可を得るまでに至る。
株式会社服部食品では、「南禅寺どうふ」を作るときにできる「南禅寺どうふのおから」を動物園に提供している。
「おから」といっても、栄養価は豆腐と変わりなく、食物繊維も豊富である。
今回提供に至った経緯を伺うと、京都新聞を見て「京都市動物園には小さい頃や、自身の子供達。家族がよく足を運びお世話になったから、何か恩返しができないかと思った」ことがきっかけだったという。
動物園に持ち込まれる「南禅寺どうふのおから」は多くの動物達のファンも多い。また整形しやすいため、正月の鏡餅の形を模して固め、正月にアジアゾウに提供しイベントを盛り上げる役割も果たしている。
飼育員としてはとても使い勝手のよい食材のようだ。
私も湯豆腐で試食した。質量を感じるしっかりとした食感に、大豆の風味が口のなかで優しく広がるなんとも言えない満足感。是非湯豆腐として味わってもらいたい。「南禅寺どうふ」は、関東圏はもちろんのこと全国の百貨店や通販サイトでも手に入れることができる。京都の風情を味わってみてほしい。そのときにはふと京都の動物達にも思いを馳せてもらえればと思う。
・株式会社ファーストフーズの「京都の幼稚園や学校の給食食材の端材」
昭和61年(1986年)設立の株式会社ファーストフーズは、昭和36年(1961年)創業の株式会社一番の子会社である。株式会社ファーストフーズは、京都市立の中学校や地域制総合支援学校をはじめ、京都府内の幼稚園や私立・国立学校など、子供たちの給食を調理工場で作り配達している。下処理を行った食材を学校へ納品したりもしている。京都で暮らす親御さんなら、お世話になっている方もいるだろう。
また、任天堂本社など京都の企業の社員食堂も運営しているのだそうだ。
今回、京都市動物園への寄付が実現したのは、京都新聞を見た従業員が職場で「給食調理で出た端材の提供」ができないのかという日常会話が発端であったそうだ。その話を工場長が社長に相談したところ、『SDGs』に関心があったことから、「是非やってみよう!」と社を上げて取り組むこととなり、寄付につながったそうだ。
また、社長から学校給食を管理している京都市教育委員会へ寄付の取り組みを伝えたところ、学校でもその取り組みは紹介されているそうだ。
動物園への配送は決まって、株式会社ファーストフーズ営業部の大滝(おおたき)さんが担当する。配送するときは必ず自前で作成した≪どうぶつのごはん配達中≫というプレートを配送車のフロントに挟んで動物園に配送している。その配送車の車体には動物達のイラストが描かれており、動物園を訪れた子供達がその配送車を見つけると「給食のくるまぁ!」と喜び、声をかけてくれるそうだ。「それがとても嬉しいですね」と大滝さんは笑顔で話してくれた。
動物達は季節ごとに変わる食材によって、同じ種や個体でも好みが違うことに驚かされる。因みに飼育員さんに聞いたところ、ニシゴリラのモモタロウは写真に写っている「セロリの葉」もよく食べていると教えてくれた。
校外学習で訪れる子供達が、普段口にしている給食で使われている同じ食材を食べて嬉しそうにしている動物達の姿を見て、苦手だった野菜に関心を持つことで食べられるようになることも。また『SDGs』として、食品ロスを考える上でも、給食の食材の端材であっても活用の場を探し、活かす世間の取り組みを知ることは食育や環境教育にも役立てられているのではないだろうか。
京都市動物園で異彩を放つ売店「ミライハウスショップ」
京都市動物園には平安神宮方面からの「正面ゲート」と地市営地下鉄 蹴上駅方面からの「東ゲート」の二つがある。「東ゲート」東エントランスに店を構えるのが「ミライハウスショップ」である。
どこの動物園にも軽食とお土産物が購入できる売店やカフェがあるのだけれども、ここ「ミライハウスショップ」はひと味違うのだ。
なんと言っても、京都市動物園内で飼育されている「ヤブイヌ」のオリジナルグッズが明らかに目立つのだ。
その「ヤブイヌグッズ」の大半は子供受けするような可愛いものではなく、大人向けを意識したロック調のデザインのグッズが占める。
子供連れが訪れる動物園には「可愛い動物グッズ」のイメージを持つ人は多いだろうが、実は「ヤブイヌグッズ」の売れ行きは好調。さらに通信販売の問い合わせが入る程、人気が高い商品となっている。
また併設されている飲食スペースでは、季節やイベントに合わせたオリジナルメニューも来園者を楽しませることに一役かっている。
「ミライハウスショップ@京都市動物園東門店」 Twitter(LINK)
地元に愛され続け支えられる京都市動物園はこれからも
京都市民に古くから愛され続けた、京都市動物園。これからも地元企業や市民の想が寄り添い続けることは間違いないだろう。
またそこで暮らす動物達も、京都という土地で同じ季節を体感し育ち、新しい命を育んでいる。
彼らは今も「京都市左京区岡崎法勝寺町 岡崎公園内 京都市動物園という町に住み暮らしている。」
京都市動物園を訪れた際には、来園者の会話にも耳を傾けてほしい。地元の来園者は、そこで暮らす生き物たちをいきもの種の名称ではなく、「○○ちゃん」「○○くん」など、家族や友人と過ごしているかのような会話があちらこちらで聞けるのではないだろうか。
京都の夏の終わりから冬にかけて取材した、これが「京都市動物園」が愛され続けている風景だ。
※ 2019年10月13日撮影。ゲンキ(母)に抱かれた、まだ幼いキンタロウ(弟)。
【取材協力】
・京都市動物園 (HP)
〒606-8333 京都市左京区岡崎法勝寺町 岡崎公園内
TEL:075-771-0210 / FAX:075-752-1974
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・南禅寺豆腐屋 服部 (HP)
〒606-8331 京都市左京区黒谷町3番地
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・京つけもの 株式会社 大安 (HP)
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・株式会社ファーストフーズ (HP)
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〒601-8436 京都市南区西九条西柳の内町2
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<上鳥羽工場>
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