■連載/ヒット商品開発秘話
小林製薬が寝つきの悪さに悩む人向けに開発した『ナイトミン 耳ほぐタイム』の売れ行きが現在好調だ。
2021年10月に発売された『ナイトミン 耳ほぐタイム』は、耳を温めることができる耳せん。発熱体を耳せん本体に差し込んでから耳に装着し、耳を温める。耳せん本体(左右1組)とイヤーピース(Sサイズ、Mサイズ各左右1組)、発熱体5個がセットになっており、発売から約2か月で出荷個数が50万個を超えた。
寝つく前の赤ん坊の耳が赤いことに着目
誕生の背景には、2017年4月に発売された『ナイトミン 鼻呼吸テープ』のヒットがあった。睡眠時の口呼吸を防止するこの商品は、累計販売数が5億枚を超えている。
『ナイトミン 鼻呼吸テープ』に続く睡眠関連商品をつくるべく、2018年に同社で「睡眠プロジェクト」が発足。このプロジェクトの成果が『ナイトミン 耳ほぐタイム』である。
プロジェクトではまず、何を開発するかを決めるために、睡眠に関する困り事を調べることにした。同社が20〜60歳代の男女を対象に睡眠で困っていることを調べたところ、約半数が月1回以上「寝つきが悪い」と感じていることがわかった。
寝つきが悪い頻度(小林製薬調査[2020年2月 N=40,000 20~60代男女]より)
この結果を受けプロジェクトチームは、医師などの有識者にヒアリングを実施。そこで、睡眠には自律神経が深く関わっていることを知る。自律神経が多く集まっているところの1つが耳であることも、有識者へのヒアリングで知った。
「耳に自律神経が集まっていることをプロジェクトメンバーは誰も知りませんでした」
このように振り返るのは、プロジェクトメンバーである日用品事業部サーモ&ウェルネスケアカテゴリー マーケティングブランド管理グループの猪村洋平氏。自律神経はほかにも、手の指先や足のつま先など末端に集まっているが、耳にアプローチし寝つきの悪さを改善することにしたのは、生まれたばかりの子どもがいるプロジェクトメンバーの話がきっかけになった。赤ん坊は眠る前、手足が温かいが、そのプロジェクトメンバーの子どもは手足だけではなく耳も赤くなるほど温かいというのだ。プロジェクト発足から半年後、この話から耳を温めるというアイデアにたどり着いた。
小林製薬
日用品事業部サーモ&ウェルネスケアカテゴリー
マーケティングブランド管理グループ
猪村洋平氏
このアイデアを有識者に相談したところ、耳には自律神経が集まっており、温めることは睡眠にとって良いアオプローチだと評価される。
耳を温める方法は複数案検討されたが、有識者から中を温めることが適しているとアドバイスを受ける。試しに使い捨てカイロで耳を温めた猪村氏によれば、思いのほか気持ち良かったそうだ。
発熱体と耳せん両方で合計100個を試作
発熱体は使い捨てカイロの原理を生かすことにしたが、開発のハードルは高かった。使い捨てカイロは鉄粉の酸化反応を利用して発熱するが、熱量は鉄粉の量に比例する。ただ、開発する発熱体は耳に装着できるほど小型になることから鉄粉がごく少量で、発熱させること自体困難。この問題を解決しないことには、発熱温度の検討に進めないほどだった。
問題を解決するべく、あらゆるノウハウや技術を総動員。納得いくレベルまで発熱できるようになるまでに、半年ほど要した。
温度は肌が触れるところで約40℃に感じられ発熱は20分持続する。鉄粉を早く酸化鉄にすると一気に熱くなる反面すぐ終わってしまうが、緩やかに酸化鉄に変えると長持ちする一方で温度が上がらない。効果が得られる温度と時間の最適値を決めるのに、これも半年ほど要した。
発熱体は使えるレベルのものだけで、試作が50回程度まで及んだ。トータルで1年ほど要したが、猪村氏は「これほど時間がかかるとは思っていませんでした」と振り返る。
発熱体の課題をクリアしても、耳せんづくりが残っている。熱を伝えるために、きちんとフィットすることが求められた。
標準的な耳の形を割り出すために、まず100名ほどの社員の耳を計測。各所の長さをひたすら測って平均値を求め、形状とサイズを割り出した。
試作をつくっては評価者に装着してもらい、評価者の多くから「大丈夫」の言葉をもらうまで試作検証を繰り返した。つくった試作は50個ほどに及んだ。
本体にイヤーピース(Mサイズ)を装着したところ。発熱体は本体裏(写真右)にセットする
発熱体、耳せんともに社内で合格レベルに達した段階で、同社は外部モニターによる検証を実施した。モニターには1週間ほど使ってもらったが、「魔法のように寝つくことができました」「今までの寝つきの悪さがウソのようでした」といった多くの嬉しい言葉を自由記述でもらったという。
テレビCMよりメディアへの露出を重視
完成した『ナイトミン 耳ほぐタイム』を同社は2020年末から2021年上旬まで、エリア限定でテスト販売。その後2021年8月にAmazon、LOHACO、楽天での先行販売を経て、10月に販売チャネルを問わず販売を始めた。
10月の発売から1か月足らずで販売数30万個を達成。プロジェクトで当初立てた年間販売数30万個という目標を、あっという間にクリアした。予想を大幅に超える売れ行きは、同社にとっては異例のことだった。
普段の同社は、機能をストレートに表現した商品名とテレビCMで商品の認知拡大を図るが、『ナイトミン 耳ほぐタイム』ではこの方法論を採用しなかった。そもそも商品名が機能をストレートに表現したものではないし、テレビCMも普段より重視しなかった。
テレビCMの代わりに重視したのが、メディアへの露出だった。猪村氏は次のように話す。
「この商品は耳を温めることの気持ち良さやリラックス感、防音効果があって安眠できるなどと、伝える内容が盛り沢山です。テスト販売で購入したユーザーのTwitterの投稿での反応から、第三者が紹介したりオススメしたりすることの相性がいいことがわかっていましたので、テレビCMよりも商品の良さや特徴をわかってもらうPR活動、テレビでのパブリシティ活動に時間を使いました」
ユーザーは30歳代の女性が抜群に多い。「最初は責任世代に当たる50歳代男性が多いと見込んでいました」と猪村氏は話すが、夜遅くまでスマートフォンをいじったりしていることや新型コロナウイルスによって運動量が減り体力が余っていたりしているせいもあってか、若い世代で寝つきの悪い人が目立ってきていると感じているそうだ。
また、「発熱体だけ販売してほしい」という多くのユーザーの声を受け、2022年4月から発熱体のみの販売も始める。
取材からわかった『ナイトミン 耳ほぐタイム』のヒット要因3
1.社会的要因から寝つけない人が増加
新型コロナウイルスにより生活習慣が変化したことがきっかけになり、寝つきが悪くなった人が増えた。社会的要因から睡眠に悩み持つ人が多くなった中で発売され、自然と注目を集めた。
2.効果を伴った突飛なアイデア
寝つきを良くするために耳を温めるというアイデアは、誰でも簡単に思いつくわけではない突飛なもの。注目を集めやすい反面、効果がなければすぐ見向きもされなくなるが、多くの人が効果を実感できたことで衰えることなく売れ続けている。
3.手間をかけた商品説明
耳を温め防音し入眠を誘うなど、消費者に伝えたいことが盛り沢山。テレビCMでは伝わりきらないので、代わりにメディアでの紹介を重視。そのためのメディアへの働きかけが奏功し、商品がきちんと理解された。
「話題になっているから買ってみた。耳を温めるって何やねんと鼻で笑ったけど、5秒で寝ちゃいました」
これは猪村氏が教えてくれたTwitterでよく見られるユーザーレビューの一例である。面白グッズのノリで買ったら効果にビビったといった類の反応が多いそうだ。
耳を温めることが突飛だからこそ、このようなレビューが生まれる。誰も考えつかない、考えついたとしても実行できなかったり実現できなかったりすることの中に、ヒットの種は存在するのかもしれない。
製品情報
https://www.kobayashi.co.jp/seihin/nm_mht/
文/大沢裕司