【連載】もしもAIがいてくれたら
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第1回:私、元いじめられっ子の大学副学長です
第36回:犬を飼う前にAIロボットを購入すると飼い主のレベルアップにつながる?
顔認証はAppleの専売特許じゃない!国内の動向は?
新型コロナウイルスの感染拡大で、マスクをして過ごしている時間が多くなりました。スマホのFace IDを使用するときにマスクを外さないといけないことが煩わしかったりして、あきらめてパスコードを入力してしまったりということもあるかと思います。マスクをしたまま顔を登録しようとすると、顔が覆われているということでそもそも登録できなかったりしますよね。
2022年1月に配信されたiOS 15.4のベータ版では、ついにマスクを着用したままでもFace IDが利用可能になりました。ただし、iPhone 12以降の端末が必要なようです。
設定画面で「Use Face ID With a Mask(マスクを着用したままFace IDを利用)」を選択しますが、マスクを着用したままFace IDを使用する場合は、目の周りを認識してユーザを認証するようです。
人が他者の顔を認識する際も、眉間近傍の特徴を重視していることは以前から知られていましたので、目の周りの特徴を利用できれば顔認識ができるということは納得です。
こういった技術はAppleだけがすごいわけではなく、例えばKDDI総合研究所や富士通でも、以前にマスクを着けていても表情を認識できるAI技術の開発成果が発表されています。
2021年2月24日には、KDDI総合研究所が、顔領域適応型表情認識AIを開発しており、マスクで顔の70%ほどを隠したとしても、顔露出領域とマスク着用領域を別々に分析し総合的に客観評価して表情を認識できるとしています。やはり注目は眉間など目の周辺の変化情報で、そして鼻・口・頬・顔面の筋肉の露出領域の変化の特徴量を学習しているようです。さらに興味深いのは、マスク着用領域でも、筋肉の変化によって、マスク自体にシワが生じて変形する際の特徴量も学習したということです。そのうえで相関関係を得られるように、それぞれの特徴量の重要度を機械学習で数値化することにより、90%以上の精度で表情分析が可能になっているとのことです。
顔認証データの収集は大変?
一方、富士通研究所は2021年1月21日に、マスクを着けていても、着けていない時と同等の精度で顔認証できる技術を開発したと発表しています。目や鼻の位置など顔の特徴点から顔の姿勢を推定し、その推定結果に基づいて疑似マスクを重ねてマスク着用顔画像を生成し、マスクを着用していない顔画像とともに学習させることで、マスク着用時でもマスク非着用時と同等レベルの精度で絞り込みが可能となり、同一人物として認識することができるということです。
このように書くと一見簡単そうですが、マスクといってもさまざまな形状のものや、色や柄が付いたものもあるため、AIの学習用データの用意は大変だったと思います。そもそもマスクで覆われない目周辺の領域だけ切り出して、その領域の特徴だけで認識できるようにした方が早そうにも思いますが、私はこういったAIの開発はやってみたことがないので、それではだめなことがあるのだろうと思います。
こういった画像認識系AI技術は、それなりに取り組めば高精度になるため、精度競争というより、その技術を搭載する媒体の競争力が重要なのかもしれません。
なお、Apple製品の顔認証ですが、マスクとメガネを同時に着用するユーザ向けには、追加の設定もできるようですが、マスクとサングラスを同時に着用している場合のFace IDの利用はできないようです。それはもはや変装ですし、そのような人は人間も認識することはできないでしょうから、防犯上の需要がない限り、スマホ用途では開発の必要はないのかと思います。
坂本真樹(さかもと・まき)/国立大学法人電気通信大学副学長、同大学情報理工学研究科/人工知能先端研究センター教授。人工知能学会元理事。感性AI株式会社COO。NHKラジオ第一放送『子ども科学電話相談』のAI・ロボット担当として、人工知能などの最新研究とビジネス動向について解説している。オノマトペや五感や感性・感情といった人の言語・心理などについての文系的な現象を、理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することが得意。著書に「坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本」(オーム社)など。