アフターコロナでも定着するといわれるテレワーク。すでにビジネスチャットやファイル共有ツールは定番だが、利用しながら「ビジネスチャットでは共有しづらい」「過去の履歴から検索するのが大変」などさらなる課題も生じている。こうした中、ナレッジ共有や専門的な情報共有などに特化したツールが注目されている。
今回は、主にナレッジ共有に特化したツール「Qast(キャスト)」を運営するany株式会社の代表インタビューから、ナレッジ共有のトレンドや必要性等を聞いた。また、既存ツールとは少し異なる視点の2つのツールも紹介する。
ナレッジ共有のよくある課題
2018年7月にサービス提供を始めた、ナレッジを経営資源にするためのツール「Qast」は、このテレワーク環境下で導入が伸びているという。ここへ来て、ナレッジ共有の需要が増しているというのだ。提供元のany株式会社の代表取締役 吉田和史氏は、一般企業におけるナレッジ共有の課題について、次のように話す。
「ナレッジ共有は、あらゆる業界、規模の企業で必要とされていますが、いざ実行し始めると一筋縄ではいかない領域です。具体的な課題としては、次のような課題が挙げられます」
・ナレッジ共有用にツールを導入しても投稿されない、ナレッジ共有の文化が根付かない
・投稿されても、運用担当者の投稿内容の精査、整理、更新に工数がかかる
・様々なツールにナレッジが点在してしまい、検索しても見つからない
こうした課題を解決するのが、「Qast」だという。Qastは、いってみれば“社内の知恵袋”。Q&Aとメモを投稿していくことで、ナレッジを蓄積することができる。ビジネスチャットだとログがどんどん流れていってしまい、探すのに手間取るが、Qastはストック型であるため、検索性にも優れている。
そもそも、「ナレッジ共有」は企業にとってなぜ必要なのだろうか。吉田氏は次のように述べる。
「マクロで見ると、日本全体で生産性を向上させなければならないのは周知の事実です。グローバルで比較すると、日本の生産性はOECD37カ国のうち21位。労働人口が減少する中で、この先、生産性向上と向き合わなければなりません。企業内のミクロで考えても残業時間の削減を実現するには、業務に滞りがないように、業務効率を高めなければなりません。すべての業務において実用性が高く、中長期的に企業としての資産となるのが『ナレッジ共有』です。ナレッジ共有によって車輪の再開発を防ぎ、過去の事例を活かしたり、わからないまま業務を進めることがなくなり、生産性向上に寄与します」
そして、ナレッジ共有ツールが必要になる。しかし、既存のビジネスチャットツールなどではうまく行かないことも多いという。
「組織全体の生産性向上を実現するナレッジマネジメントには、[ツールの選定→ナレッジ共有の文化醸成→ナレッジの更新、検索性の担保]のステップがあり、まずは箱としてのナレッジ共有ツールが必要です。既存ツールでは、社内で新たな取り組みとして認識させることはむずかしく、形骸化してしまいます。そのため、ナレッジ共有に特化したツールを導入し、社内全体でプロジェクトとして取り組む必要性があると考えています」
ナレッジ共有に特化したツールの需要の変化
ナレッジ共有は、コロナ禍で必要性が増したのだろうか? Qastの状況から、それを探ることができそうだ。
「サービス自体の成長も寄与していますが、コロナ以前とコロナ渦では、導入を含めたお客様からの引き合いの数が2.5倍から3倍になりました。
その背景として、テレワーク化により、これまではオフィスで目の前にいる人に気軽に質問できた状態が、今はできなくなっています。入社時に新人を手ほどきするオンボーディングがしづらい状況に苦戦している企業も増えています。そのような背景から、個人に蓄積されているバラバラのナレッジを共有し、受け手の自己解決を促進することの重要性が増しています。
また、テレワークが当たり前になり、チャットツールの導入が加速していますが、チャットツールを使えば使うほど、重要なナレッジは日常のコミュニケーションの中に埋もれていき、探したいときに見つからない状況が発生します。
チャットツールが社内に浸透しきった後に、次に来る課題としてナレッジ共有が顕在化してくる流れが背景となっていると考えられます」
Qast導入が多い業界とコロナ禍で増えた業界
Qastは、コロナ禍で導入業界に変化が起きているという。
「コロナ前から、業務を進めていく上でナレッジ共有の必然性が高い業界として、『コンサルティング』や『広告』等の業界で導入が増えていました。いずれも常に最新の情報が必要で、知識こそが武器になる業種です。
一方、コロナ渦においては、属人的な業務への課題意識と、中長期を見据えたDXの文脈で、『メーカー(製造)』『商社・士業』等の導入が加速しています。未曾有の危機に備えて、個人に属人化しないようにする取り組みは、あらゆる業界で必要とされています」
アフターコロナにおけるナレッジ共有の可能性
アフターコロナにおいてもテレワークが続き、チームメンバーが各所に散らばりながら働くことが定着していくといわれている。ナレッジ共有は今後、ますます必要性が増していくと思われる。今後、企業のナレッジ共有はどう進化させていくことが有効だろうか。吉田は次の点を挙げる。
●ナレッジ共有をコミュニケーションの起点にして部門・拠点間をつなぐ
「コロナによるテレワークの導入を余儀なくされた結果、まずは部門内、日常的に業務を行うチーム同士でのコミュニケーションを活性化するために、チャットツールやWeb会議システムを導入する企業が急増しました。
部門内でのコミュニケーションがオンラインで代替できるようになった後には、改めて部門や拠点をまたいだコミュニケーション課題が顕在化されます。
その際に、チャットツールだけでは、どうしても他部門の人にいきなり連絡を取る心理的ハードルが高いです。相手の“人となり”や得意なことがわかって始めてコミュニケーションを取りやすい環境になるものだからです。
ナレッジ共有が日常的で当たり前になれば、『組織の中で、誰が何に詳しいかわかる』状態が醸成され、これまで発生しなかった部門や拠点をまたいだ新たなコミュニケーションが生まれます。ナレッジという生産性に直結するものが起点となるコミュニケーションは、企業にとって有益な資産となるでしょう」
●ナレッジ共有は、業務効率化だけではなく生産性のアウトプット総量を増やすポテンシャルも
「ナレッジ共有による効果は、主に
・社内で情報を探す時間の削減
・社内問い合わせの工数削減
・車輪の再開発を防ぎ、業務に再現性が生まれる
といった、これまで不要にかかっていた時間の削減、すなわち業務効率化の文脈で語られることが多いです。
一方で、共有されるナレッジの質によっては、
・営業ノウハウを共有することで社内全体の売上最大化
・ナレッジとナレッジの組み合わせによる新しいアイデアの創出
・その企業で働く意味になり、従業員エンゲージメントを高める
といった、生産性の中でもアウトプットの総量を増やす効果を発揮するポテンシャルがあります。まずは業務効率化を目的として始めるナレッジ共有が、最終的にはアウトプットを高めるような社内全体の資産になっていくべきだと思います」
現在は、まだナレッジ共有に注力する余力がない企業も多いだろう。しかし、今後、リモートコミュニケーションが定着していく中で、多かれ少なかれ、どの企業でも当たる壁と考えられる。そこでいかに自社の資産として有効活用できるかによって、生産性にも差が出てくるのかもしれない。
テレワークのコミュニケーションを強化する3つのツール
先にも少し触れた「Qast」をはじめとして、ビジネスチャットや単なるファイル共有ツールではない、役割に特化したテレワークに適したツールが登場している。3つのツールを紹介する。
1.社内版「知恵袋」!ナレッジ共有ツール「Qast」
Qastは、『メモ』と『Q&A』形式でナレッジを投稿できる。ナレッジ共有ツールの多くは、Wikiとしてナレッジを保有している人が自ら発信することを想定しているため、「何を書けばわからない」状態に陥るが、QastではまずQ&Aの質問として業務に困っている人が質問し、それに回答する形式のため、投稿テーマが明確になり、ナレッジ共有が促進されやすくなるという。ちなみにQastにはWiki機能もあるそうだ。
また、検索性の高さもQastの特長だ。知りたい時に情報が見つからない要因は「適切な検索キーワードがわからない」「どこに何があるのかわからない」の2つに絞られる。前者は「タグ検索」機能、後者は、添付ファイル内の文字列も検索対象になることで解決する。
2.新聞・雑誌・WEB記事共有ツール ELNET「モーニングクリッピング(R)」
これは、ELNETが提供する「モーニングクリッピング(R)」と日本経済新聞社が提供する「日経スマートクリップ」との協調サービスだ。朝7時台に当日朝刊のクリッピング記事を全社員で共有できるツールだ。新聞やWEBニュースのほか、雑誌も含めて一画面で閲覧ができる。新聞の記事原文は掲載イメージが分かるPDF形式。スマートフォンからも利用ができる。あらかじめ欲しい記事のキーワードを設定しておくだけで、クリッピングされた記事が自動配信されるため、切抜作業の手間もない。
管理者機能では、記事見出し下にコメントを記載できたり、共有したい記事のみで作成したトピックスをテーマ上位に表示したりできる。
自社に関連する記事や業界情報を、手作業でクリッピングして社員に提供している場合に、便利に活用できる。
担当者に、コロナ禍での導入状況などを聞いた。
「コロナ禍でテレワークが増えたため、本サービスに興味を持っていただきご導入となった企業様も多くいらっしゃいます。モーニングクリッピング(R)は出社の必要なく、自動で記事をお届けしますので、業務効率化につながります。パソコンやスマートフォン、タブレット端末から場所を問わず利用できますので、テレワークにも最適です。
また、コメント機能を使って担当者の一言を記載すれば、テレワークで不足しがちなコミュニケーションの一助になります。テレワークのため新聞の回覧が困難になっていた企業が、サービス導入後は、朝一番にオフィスでも自宅でも一斉に記事のチェックができるようになったというお声もいただいています」
通常期でも便利なツールだが、テレワークでもコミュニケーションToulとして役立っているというのは注目のポイントといえそうだ。
3.在席確認でノックする「ノック機能」を持つ「KnockMe!(ノックミー)」
このツールは、株式会社LASSIC(ラシック)が提供するテレワーク・在宅勤務の勤怠管理・セキュリティ・監視などが行える業務管理ツールだ。テレワークにおけるあらゆる管理業務を効率化する。
このノックミーの中のタスク管理機能にチャット機能があるが、そこに在席確認ができるノック機能がある。これまで、チャットだといきなり用件を打ち込むのが一般的だが、オフィスでは通常、「今、ちょっといいですか?」など、相手の部屋のドアをノックするかのような一言の声かけがあった。これを遠隔でも再現することができるのが、ノック機能だ。テレワーク環境でも、オフィスでのコミュニケーションを再現できるのが特徴だ。
このノック機能について、テレワークにおいてどのように活用されているのだろうか。利用者からは、次のような声が挙がっているという。
「ノック機能は『いま、ちょっといいですか?』など、5つの定型文が用意されていて、用途に合った内容を選択するだけで、簡単に声掛けができます。また、特に使いやすいと感じるのが、声掛けしてから5分間経っても相手の反応がなかった場合、自動的にノックした履歴が消えるという点です。通常のチャットでは、声を掛けた履歴が残るので何度も連絡するのを躊躇してしまうことがありますが、ノック機能は一定時間経つと自動で履歴を消してくれるので、気楽に連絡することができます。相手に声を掛け、忙しそうであればまた後で出直す、というオフィスでは当たり前のコミュニケーションをテレワークでも実現できるので重宝しています」
テレワークでのコミュニケーションを、オフィスでのコミュニケーションに近付ける、かゆいところに手が届く機能といえそうだ。
これらの新しい切り口のツールが登場していることから、今後、テレワークのコミュニケーションはどんどん進化していくものと考えられる。現状に満足せず、積極的に用途別に、コミュニケーションを円滑にすることに特化したツールを選んでみるのもいいだろう。
取材・文/石原亜香利