VLEOを耳にしたことはあるだろうか。Very Low Earth Orbitのことで、「超地球低軌道」と訳すことができるだろう。この軌道に人工衛星などを投入することによって生まれるメリットを生かしたビジネスが活発化してきたようだ。では、VLEOとは何なのか、どのようなメリット・デメリットがあるのか、どのようなプレイヤーが参入してきているのか。今回は、そのようなテーマについて触れたいと思う。
宇宙の新フィールドVLEOとは?
正直いうと、VLEOという日本語訳がまだ見当たらない。Very Low Earth Orbitの略であるため、わかりやすく「地球超低軌道」と訳した。
VLEOをご存知なくとも、LEOはご存知な方も多いだろう。Low Earth Orbitで地球低軌道のこと。高度2,000km以下をいう。この領域には、例えば、地球観測衛星、偵察衛星、国際宇宙ステーションISSなどが軌道投入されている。非常にポピュラーな軌道だ。
VLEOの定義は、高度500km以下という。しかし、このVLEOの領域のうち、高度約200km程度を目指している企業が多い印象がある。
このVLEOの先駆けで最も有名なのはJAXAの超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)だろう。2017年12月から2019年10月まで運用していた衛星だ。当時は、VLEOではなく、Super Low Altitude(超低高度)という表現をしていた。主なミッションは、原子状酸素の計測や材料劣化のモニターなどの原子状酸素に関するモニタリング、そして、小型高分解能光学センサだ。
JAXAの超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)
(出典:JAXA)
VLEOに衛星を飛ばすメリット・デメリットとは?
では、なぜJAXAは、SLATSを開発し打ち上げたのだろうか。
まず、デメリットから話そう。VLEOでは、例えば、高度200~300kmでは通常の地球観測衛星が飛行する高度と比較すると、大気の抵抗や衛星材料を劣化させる原子状酸素の密度が1000倍程度になるというデメリットがある。そのため、このVLEOの領域では、大気抵抗によって衛星の精密な姿勢・軌道制御が難しく、原子状酸素や大気による摩擦による熱などで衛星が損傷を受けやすく、故障しやすくなるため、長期の運用には、適さないとされていた。そのため、VLEO衛星は、寿命が短い。
しかし、高度が低くなればなるほど、コスト低下に寄与するというメリットがある。例えば、欧州の代表的な宇宙企業Thales Alenia Spaceによると、衛星の高度650kmから160kmに下がると、同じ性能を達成するために、レーダーの送信電力が64倍、通信の送信電力が16倍、光学開口径が4倍減少するという。つまり設計時点から、コスト削減ができるのだ。
また、VLEOは、地球に近いため、地球観測衛星などの光学衛星などで、1mを切る高い分解能で画像を撮像することができるというメリットがあるのだ。つまり、高度が低ければ低いほど、高い分解能の画像を得ることができる。ちなみに、SLATSは、高度167.4 kmにて7日間の軌道保持を行うことができ、ギネス記録にも認定されている。
JAXAのSLATSのギネス記録の記念写真
(出典:JAXA)
VLEOのビジネスは?
では、VLEOにはどのようなプレイヤーが参入しようとしているのだろうか。主に地球観測衛星や通信衛星などを計画する企業が多いようだ。
まず、米国のAerospace Corp.が挙げられる。彼らは、Disksatという名称から推測できるようにDisk状の衛星をVLEOに打ち上げようとしている。高度は、1直径1m、厚さ2.5cm、重量2.5kg、200Wの発電ができるという。展開構造がないのもメリットの一つだ。
下のイメージ図でDiskに太陽電池が貼られているのがわかるだろうか。これを表面としよう。表面の縁に小さな四角のBox状のものが取り付けられているのがわかるだろうか。これが電気推進スラスターだ。そして、イメージ図からは見えないが、裏面にはフェイズドアレイアンテナが取り付けられ、通信衛星やレーダー衛星の機能を果たすという。ちなみに、このDisksatは、フリスビーのように飛行していく。大気の抵抗も受けにくく、構造も単純でロケットなどの輸送機に大量に積むことができ、比較的容易にコンステレーションを組むことができるのだ。
Aerospace Corp.のDisksat
(出典:Aerospace Corp.)
Skeyeonという企業は、Skeyeon Near Earth Orbiterという衛星を開発。先が尖った形状をしている。この衛星は1mの分解能を持ち、光学系の体積も1/25に、コスト1/10から1/50に抑えることができたという。また、このSkeyeon Near Earth Orbiterは、フェイズドアレイアンテナも搭載可能とのことで、通信衛星やレーダ衛星としても稼働可能だ。また、Skeyeonは、原子状酸素耐性のある自己修復材料を開発し特許を取得しているという強みも持っている。
また、SkimSatという衛星がある。Thales AleniaやSEAという企業で公表されていたが、現時点での詳細は不明である。先が尖った形状をしている衛星で、長さ1mで重量40kgという。構体は、太陽電池パネルで覆われており、スターセンサーや電気推進スラスターも搭載し、高精度な姿勢制御が可能なようだ。SkimSatをVLEOに投入することで、SAR衛星やIR(赤外線観測)衛星で1m分解能を実現する計画という。
Albedoは、VLEOに投入する衛星は、まだ未公開のようだが、すでにVLEOに自社製の光学衛星を開発し打ち上げることで、10cmという高分解能を実現することを公言している。
他にも、Earth Observantは、2020年に米国空軍から、VLEOに投入可能な地球観測衛星の開発を受託している。25cmの分解能の画像を撮像できて、そのデータを、地球の宇宙を飛行中の戦闘機に直接、数分で送信できる機能を有しているのだという。
EOI’s propulsion tech supports its core mission of operating in very low earth orbits #VLEO for commercial & defense applications. https://t.co/Iq76riuRvZ pic.twitter.com/HUNRvfyxyf
— Earth Observant (@EarthObservant) February 18, 2021
Earth Observantが米国空軍とともに独自開発するVLEO衛星に使う電気推進スラスター
(出典:Earth Observant)
いかがだっただろうか。実は、VLEO衛星には、SpaceXのStarlink計画の衛星も該当する。現在、約7,500個のStarlink衛星が高度335〜346kmに投入されている。この理由ももうお分かりであろう。VLEOという新しいフィールドは、コストメリット、画像の高分解能のメリットがある一方で、原子状酸素や大気抵抗などに対する対策必要となるなど技術的な障壁もあるため、この領域に多くの企業が現時点で参入できるとは考えにくい。しかし、魅力的なフィールドであることは間違いない。
文/齊田興哉
2004年東北大学大学院工学研究科を修了(工学博士)。同年、宇宙航空研究開発機構JAXAに入社し、人工衛星の2機の開発プロジェクトに従事。2012年日本総合研究所に入社。官公庁、企業向けの宇宙ビジネスのコンサルティングに従事。現在は各メディアの情報発信に力を入れている。