近い将来、ロボットやAIは人間から職を奪うとささやかれて以来、ロボットによる自動化は業務効率化をスピードアップする有用性と同時に、雇用が脅かされる恐怖もあった。
しかし、それは国によって異なることが研究によって判明した。特に日本では、自動化はむしろ雇用を新たに生み出した結果となったのだ。
先日、国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センターが研究開発を実施して きたプロジェクトのうち、東京大学大学院経済学研究科の川口大司教授による「人工知能と労働の代替・補完」についての内容がオンラインセミナーで紹介された。その講演の概要と共に、将来の日本の雇用と自動化との関係についてインタビューを行った内容を紹介する。
プロジェクト「人工知能と労働の代替・補完」についての講演レポート
【スピーカー】
川口大司氏
東京大学大学院経済学研究科・公共政策大学院 教授。
1994年早稲田大学政経学部経済学科卒。2002年にミシガン州立大学で経済学のPh.D.を取得したのち、大阪大学、筑波大学、一橋大学を経て2016年より現職。専門は、専門は労働経済学・実証ミクロ経済学。
https://sites.google.com/site/daijikawaguchi/
●ロボットの導入により雇用が減るという因果関係はない?
野村総合研究所のデータでは、2016年の時点で、2030年までにどれくらい雇用が減るのかという予測が立てられた。約6,500万人の就労者のうち、約3,200万人が職を失うという予測がされている。
しかし、産業用ロボットの雇用への影響を過去データから見てみても、「ロボットがたくさん導入された産業で雇用が伸びた」という相関関係は見られたが、これは「ロボットがたくさん導入されると雇用が伸びる」とイコールにはならない。つまり因果関係がない。
社会科学においては、因果識別がむずかしいものである。
●アメリカと日本の産業用ロボットの雇用への影響
アメリカと日本で、産業用ロボットが導入されていく過程の調査を行った。
雇用を比較することで、ロボット化の影響を見ていった。
結果、アメリカでは労働者1,000人当たり、ロボットが1台増えると雇用が8%減り、賃金が15%減ることが分かった。実際、1993年から2007年の間に、約36万~67万人の人の職が失われた。
一方、日本ではどうだったのか。
日本では1980年代前半から急速にロボットが普及した。アメリカやドイツなどの先進国は1990年代前半から普及し始めたが、その頃、日本ではピークアウトしていた。実は日本での普及のほうが早かった。
結果、日本ではロボットの普及は雇用を増加させた。
産業別に分析した結果、ロボット価格が1%低下するとロボット台数が1.54%増加した。
ロボット価格が1%低下すると、雇用も0.44%増加した。
1%のロボット増加は、雇用を0.28%増加させた。
通勤圏別の分析の結果、労働者1,000人当たりにロボットが1台増えると、雇用は2.2%増加した。また、すべての学歴の労働者の賃金は上昇し、労働時間は減少した。
●ロボットの導入が雇用に対して与える影響は、理論的に正にも負にもなり得る
結論は、ロボットの導入が雇用に対して与える影響は、理論的に正にも負にもなり得るということ。
1.労働がロボットによって代替され、雇用が減る。
2.生産性が向上し、生産が拡大し、雇用が増える。
1と2、どちらもあり得るということである。
アメリカでは相対的に1の効果が大きく、日本では相対的に2の効果が大きかった。
なぜか。
日本では長期的雇用慣行で雇用保障が与えられており、同一企業内の職種転換が容易で労働組合が新技術導入に協力的だったことが背景と考えられる。
ロボットが導入されれば溶接工の数は減るかもしれないけれども、彼らが保全にまわったり、営業にまわったりなどして、配置転換となった結果として生産の規模が拡大し、雇用が増えた。
ロボットに代替されてしまうといわれるが、雇用が増えるというケースもありうる。日本ではそういうことが起きた。
これは、日本型雇用慣行が強みを発揮した事例といえる。
1か2かは、コンテクストにとても依存する。どういう働き方がその国で起こっているのかということが関係している。アメリカの状況が日本にあてはまるとすると、大きな間違いを生む。
川口教授インタビュー~今後、自動化技術と労働が「共存」し続けるためにカギとなること
日本ではむしろロボットにより雇用が増加した結果となった。すでにロボットと「共存」できているように見える。雇用保障が効いていたということか。川口教授は次のように答える。
「雇用保障というと硬直的なイメージだと思いますが、それと引き換えに労働者が新しい職場への配置転換に応じて、新しい職場に適応していこうという柔軟性を持っていたことが日本で雇用が増えた原因だったと思います。そしてそのような配置転換に会社や労働組合が組織的に取り組んだことも大きいと思います」
今後、ロボット(自動化技術)と人々の労働が共存していくためにカギとなるのはどのようなことなのか。
「自動化技術と労働が共存し続けるためには、労働者が『なくなる仕事』に執着せず、新しい職場に適応していく柔軟性がカギになると思います。また、会社、労働組合、国が力を合わせて新しい仕事に適応していこうとする労働者を支援することが大切だと思います」
●オフィスワークの自動化について
ところで、今回の研究では製造業などの自動化ロボットが取り扱われていたが、オフィスワークの、例えばRPAを利用した経理業務や入力業務などの自動化が進んでも、日本人労働者の雇用は脅かされないのだろうか。
「オフィス自動化技術の導入で生産性向上が実現され、そのことがサービス価格などの低下をもたらし、生産量の拡大をもたらすことができるのであれば、付随して機械化されない仕事で雇用が拡大することは考えられると思います。
オフィスワークですと、有期雇用の方が従事している場合も多いでしょうから、配置転換とはならず、そのまま雇用終了ということが起こるケースも考えられると思います。この場合、会社を超えた範囲で職務の転換がスムーズに起こるかどうかが、雇用が全体で増えるかどうかのカギを握っていると思います」
ロボットに職が奪われるというのは、日本ではあてはまらないこともあることが分かった。しかし、油断はできない。配置転換などに応じる「柔軟性」がカギとなる。
また、オフィスワークの場合、有期雇用の雇用終了のリスクはある。これに対応するためにも、柔軟性が必要といえるだろう。
【参考】
国立研究開発法人科学技術振興機構 社会技術研究開発センター
プロジェクト「人と新しい技術の協働タスクモデル:労働市場へのインパクト評価」
取材・文/石原亜香利