店の皿を割った、客からクレームを受けた……
など、店に迷惑をかけたことを理由に、アルバイトの給料から弁償代を天引きする会社・店舗が存在します。
弁償は当然と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、給料の天引きは労働基準法に違反する場合があります。
もし店舗・会社から給料を勝手に天引きされた場合には、各種相談窓口をご利用ください。
1. 給料天引きは「全額払いの原則」に反するおそれあり
労働基準法24条1項本文では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定められています。
このうち、
「全額を支払わなければならない」
という部分を、「全額払いの原則」と呼んでいます。
使用者に全額払いが義務付けられているのは、労働者の生活に必要な金銭が、現実に支払われることを確保するためです。
弁償代が給料から天引きされた場合、労働者が本来受け取るべき給料の一部が、現実に支払われていません。
そのため、給料天引きは労働基準法上の「全額払いの原則」に違反する可能性があるのです。
2. 全額払いの原則に違反せず、給料から天引きする方法は?
使用者が、アルバイトの給料から弁償代を天引きしたい場合には、以下の2つの方法が考えられます。
2-1. 労使協定で給料天引きを定めておく
1つ目は「労使協定」を締結する方法です。
使用者が、労働組合または労働者の過半数代表者との間で労使協定を締結し、
「弁償代は給料から天引きします」
と定めておけば、賃金の一部を控除して支払うことができるとされています(労働基準法24条1項但し書き)。
ただし、労使協定においてルールを定めたとしても、無制限に給料の天引きが認められるとは限りません。
極端な例ですが、月額20万円の給料で働くパートが、200万円もする高価な食器を割ってしまったとします。
このパートは、労使協定で定められた給料天引きにより、10か月間も無給で働くべきでしょうか?
それでは、到底生活ができなくなってしまいます。
前述のとおり、全額払いの原則が認められているのは、労働者の生活に必要な金銭の現実の支払いを確保することを目的としています。
そのため、労使協定を締結しているとしても、労働者が生活できないほどの給料天引きをすることは、全額払いの原則に反すると考えられます。
このような給料天引きは、公序良俗違反(民法90条)に該当し、違法無効とされる可能性が高いです。
したがって、労使協定で給料天引きを定めるとしても、
「給料の〇%まで」
などと上限を設定しておくべきでしょう。
2-2. 労働者の自由意思による給料天引きの同意を得る
労働者が給料天引き(相殺)について同意していれば、給料天引きを適法に行い得るというのが、最高裁判例の立場です(最高裁平成2年11月26日判決)。
ただし、店舗・会社に対して立場が弱い労働者は、同意しなければ不利益な取り扱いを受けることを恐れて、事実上強制的に給料天引きに応じているケースも少なくありません。
このようなケースでは、労働者の真の同意が認められず、給料天引きを行うことはできないと考えられます。
3. そもそも全額弁償しなければいけないの?
仮に何らかのミスによって、店舗や会社に損害を与えたとしても、その全額を弁償しなければならないとは限りません。
店舗や会社は、労働者を働かせて利益を得ています。
その裏返しとして、労働者のミスにより何らかの損失が発生したとしても、店舗や会社はその損失を被るべきであるという考え方が一般的です。
たとえば、アルバイトが1万円の皿を割ったとします。
この場合、アルバイトに1万円全額を賠償させることは、利益・損失のバランスの観点からフェアではないということです。
賠償が認められる範囲は、労働者がミスをした状況や、注意義務違反の程度などによって、ケースバイケースで判断されます。
5000円、3000円などと減額されるケースや、あるいはゼロというケースもあり得るでしょう。
労働者としては、店舗や会社の「弁償しろ」という主張を鵜呑みにせず、本当に弁償義務があるのかどうか考えてみることが大切です。
4. 勝手に給料を天引きされた場合の対処法は?
前述のとおり、使用者が労働者の給料から弁償代などを天引きすることは、労働基準法違反に当たる可能性があります。
労働基準法違反に関する相談は、各市区町村に設置されている「労働基準監督署」が受け付けています。
労働基準監督署には、無料で相談することができます。
労働基準監督署による調査の結果、労働基準法違反の事実が認められれば、会社に対する改善指導などが行われます。
その結果、違法な給料の天引きなどは行われなくなる可能性が高いでしょう。
なお、天引きした給料を支払うよう会社に対して請求したい場合は、弁護士に相談することも考えられます。
ただし少額の請求の場合は、弁護士費用の方が高くなり、費用倒れに終わってしまう可能性もあります。
その場合は、弁護士の無料法律相談を利用するにとどめ、労働基準監督署への相談をメインとする方がよいかもしれません。
いずれにしても、ご自身の置かれている状況に応じて、ベストな対処法を選択してください。
取材・文/阿部由羅(弁護士)
ゆら総合法律事務所・代表弁護士。西村あさひ法律事務所・外資系金融機関法務部を経て現職。ベンチャー企業のサポート・不動産・金融法務・相続などを得意とする。その他、一般民事から企業法務まで幅広く取り扱う。各種webメディアにおける法律関連記事の執筆にも注力している。東京大学法学部卒業・東京大学法科大学院修了。趣味はオセロ(全国大会優勝経験あり)、囲碁、将棋。
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