■連載/ヒット商品開発秘話
ユニリーバの『ドメスト』といえば、トイレ掃除をイメージする人が圧倒的に多いことだろう。トイレ用洗浄剤のトップブランドだが、2021年3月に全国発売された『ドメスト』ブランドの新商品、『ドメスト 室内用多目的除菌スプレー』の売れ行きが現在好調だ。
『ドメスト 室内用多目的除菌スプレー』はグローバルで展開している『ドメスト』ブランドにあって、日本法人ユニリーバ・ジャパンの商品。特徴は、1本でプラスチックやガラス、木材のような硬いものだけではなく布にも使えることにある。毎日のように触るドアノブ(ステンレスを除く金属製のものには使用不可)、照明スイッチ、食卓といった硬質なものから、衣類、カーテン、カーペット、布団などといった布製品まで幅広く使うことができる(「水洗い不可」の表示のある布製品に使う場合は目立たない部分で試してから使用)。先行販売した分を含め、これまでに10万個以上が売れている。
開発期間は2か月足らず
『ドメスト 室内用多目的除菌スプレー』は2020年5月、2つの背景をもとに企画された。
1つは、新型コロナウイルス感染症。当時は緊急事態宣言が発出され、ウイルス感染に対する不安が社会全体に広がっていた。
こうした社会的背景から、自宅で消毒・除菌するものの中で最もニーズが高いのが除菌スプレーであり、除菌・消毒関連商品は全体的に大きく売上を伸ばしている。除菌へのニーズの高まりから、除菌スプレーの需要はこれからも続くと予測された。
もう1つは、ハウスケアの手間。ある調査では、82%の人がハウスケアについて「面倒」、60%の人がハウスケアの頻度を「減らしたい」と回答している。
ハウスケアを効率的に行なうことで頻度を減らしたいと考える人が多くなったところに、除菌のニーズが急激に高まった。
「すでに発売されている除菌スプレーよりももっと便利で効果のあるものを、必要とされるタイミングで提供することは、社会のニーズに応えながらブランドの存在感を高めるカギになると考えました」
このように話すのは、『ドメスト』ブランドのマーケティングを担当するエディ・リャオさん(ハウスホールドケア ビジネスパフォーマンス ブランドアシスタント)。とくに除菌のニーズが急激に高まったことから、大急ぎで開発することにした。
Eddie
ユニリーバ・ジャパン
ハウスホールドケア ビジネスパフォーマンス
ブランドアシスタント
エディ・リャオさん
急いだのは発売時期にも表れている。販売チャネルを問わず全国販売を開始したのは2021年3月だが、一部の販売チャネルでは2020年7月に発売することにしたからであった。
開発期間は2か月足らず。効果だけではなく安全性も担保しなければならないことを踏まえると、あまりにも短い。開発を担当した和田多美子さん(ハウスホールドケア R&Dシニアスペリャリスト)は次のように振り返る。
「発売前に確認すべきことは多いのですが、過去の研究開発で安全性が確認できている技術をベースに最速で開発しました」
ニーズの盛り上がりに対応するには何よりも急いで開発・販売することが必要であり、7月の発売に間に合わせることを優先することにした。
wada
ユニリーバ・ジャパン
ハウスホールドケア
R&Dシニアスペリャリスト
和田多美子さん
制約がある在宅勤務下での開発
開発は効果と安全性を両立すると同時に、便利に使えることを目指した。1本で硬質表面から布製品まで使えるようにしたのも、このためであった。エディさんは次のように話す。
「『ドメスト』はトイレ掃除で簡単に除菌できることが強みですが、トイレ掃除以外にも用途はいろいろあります。企画時点では、市場に出回っていた除菌スプレーのほとんどが、用途が限定されていましたので、硬質表面、布製品の両方に使用可能な1本で家中の除菌ができるものを目指しました」
『ドメスト 室内用多目的除菌クリーナー』が使用できるところと、競合品が使用できるところの違い
効果と安全性の両方を担保するために処方設計で活用したのが、塩化ベンザルコニウム。植物由来の界面活性剤で、経済産業省も新型コロナウイルスに対して有効と公表している。「除菌スプレーは成分を気にする人が多いことから植物性のものを使うことにしました」とエディさん。アルコールが苦手な人も安心して使え、吹きかけたら拭き取りは不要。肝心の除菌力は99.9%だ(布上・硬質表面での効果。すべての菌を除去するわけではない)。
開発は時間のほかに、在宅勤務も制約となった。「感染拡大を防ぐため、原則在宅勤務となり、ラボに行きたくても行けないこともありました。最初は7月に間に合うかどうかも心配でした」と振り返る和田さん。ラボに行けないときは、ラボに行っているスタッフに指示を送り作業を代行してもらったりサンプルを送ってもらったりするなどしてもらった。サンプルを受け取った和田さんは自宅で安全性のチェックなどできる範囲で行なったという。
問題がないと思われるものを使い処方を組んだとはいえ検証は不可欠だが、在宅勤務下では普段通りのプロセスでは開発できず、一部の検証を省略している。「限られた時間の中ではベストなものができました。ただ、普段の開発よりはるかに大きな制約の中で商品が発売されることには不安がありました」と和田さん。加えて、全社的に在宅勤務を続ける中では上層部の承認を得るのは容易ではなかった。「商品スペックやリスクに関しては、上層部にメールなどでマメにコミュニケーションを取ることで、スピーディーに承認してもらいました」と和田さんは話す。
30〜40歳代をターゲットに2パターンの広告で訴求
完成した『ドメスト 室内用多目的除菌スプレー』は2020年7月に一部企業で先行販売される。発売から数週間後には2021年3月の全国発売が決定。それまでの間、一部企業で先行販売を継続した。
販促については、多くの予算を投じ大々的に行なうというよりも、ターゲットにピンポイントに訴求する形をとった。中心に据えたのはSNSのターゲティング広告。テレビCMは放映したものの、それは『ドメスト』に関してのものであり、最後の方で訴求シーンを差し込んだ程度である。
SNSでのターゲティング広告をメインにしたのは、30〜40歳代にアピールしたかったため。ハウスケア商品は主に50〜60歳代に購入されていることから、その下の世代の認知拡大やユーザー獲得を目指した。広告は一人暮らしの人向けと、子どもがいて家中を除菌したい人向けの2タイプをつくり、それぞれを適切なターゲットに向けて配信した。
発売からそれほど時間が経っていないこともあり、今のところユーザーから目立った要望はない。ただ、一部の小売店からは、「商品の良さが伝わりきっていない」といった声をいただくことがあるという。今後、消費者コミュニケーションを工夫し、いろんなところに使えることを訴求していきたい考えだ。
取材からわかった『ドメスト 室内用多目的除菌クリーナー』のヒット要因3
1.1本で家中のどこにでも使える便利さ
硬質表面と布製品に1本で対応でき、スプレー後の拭き取りも不要。家中の除菌が手軽にできる便利さが支持された。
2.適切なタイミングで発売
新型コロナウイルスの感染が拡大したことに伴い、除菌スプレーのニーズが急激に高まった。多くの人たちが除菌スプレーを求めているときに急いで開発し市場に投入。適切なタイミングで発売できたことで人気を得た。
3.『ドメスト』のブランド力
トイレ掃除のイメージが強い『ドメスト』は除菌力が高く、除菌クリーナーとしてのブランド力は絶大。そのようなブランドから新たに発売された除菌商品なので、安心して購入できた。
企画から2か月足らずで販売できた要因の1つに、スピーディーな意思決定がある。スピーディーな意思決定は日本企業にはなかなか真似できないことであり、グローバルにビジネスを展開する外資系企業らしい。
しかし忘れてはならないことは、これまでの研究開発の積み重ねがあったからこそ、短期間で商品をつくることができたということ。ノウハウを蓄積していれば、緊急を要する開発案件も対処が可能だということだ。どんなことがあっても、研究開発は続けるべきである。
文/大沢裕司