■連載/ヒット商品開発秘話
暑い夏はTシャツで過ごしたい。しかし、汗ジミ、汗の臭い、ベタつき、肌の透けが気になる。下にインナーを着ればこれらの問題は解決されるが、首元や袖口からチラ見えすると格好悪い。Tシャツをスマートに着こなすのは、案外難しいものである。
このような問題を解決するのが、グンゼが2019年3月に販売した『in.T』である。
『in.T』は同社のメンズインナーブランド『YG』から発売されたTシャツ専用インナー。Tシャツ着用時の悩みを解決し、スマートかつ快適なTシャツスタイルを実現する。今夏で販売枚数が30万枚を突破する見込みだという。
『in.T』のスタンダードタイプ。クルーネックのスリーブレスとTシャツの2タイプあり、カラーバリエーションはどちらもクリアベージュ、ブラック、スモークオレンジ
浮き彫りになったカルチャーギャップ
『in.T』の開発は、アパレルカンパニー インナーウエア事業本部MD本部メンズ&キッズMD部の古賀智治氏の気づきがきっかけになった。その気づきとは、若い世代はTシャツをアウターとして着こなし、下にインナーを着ていること。とくに定番アイテムである白Tシャツを着るとき、下にインナーを着ることが定着しつつあった。古賀氏は次のように話す。
「社内の若手社員と話をしたり街中で若い人たちを見たりしていると、Tシャツの下にインナーを着るのは当たり前の感覚です。仕事柄、モデルの撮影に立ち会うことがありますが、モデルさんはTシャツの下にインナーを着ていることが多く、きちんとケアをしている印象を持っています」
グンゼ
アパレルカンパニー
インナーウエア事業本部MD本部
メンズ&キッズMD部
古賀智治氏
この気づきから2018年5月と6月に、男性を対象にTシャツの下にインナーを着るかどうかを調査。20〜60歳代の男性の約35%がインナーを着ることが判明した。とくに20〜30歳代にインナー着用者が多く、20歳代では56%がインナーを着ることがわかった。逆に40歳代以降のインナー着用者は少なく、カルチャーギャップが浮き彫りになった。
世代別に見たTシャツにインナーを着る人の割合。2018年5月22日〜24日、6月29日〜30日の間、20歳代から60歳代の男性1013名に回答してもらった。調査はグンゼがインターネット上で実施
Tシャツの下にインナーを着る人たちが一定層いることが明確になったが、その一方で、ズバリ最適なものがあるわけではない。このような現状から、Tシャツ着用時にズバリ最適なインナーを提案・提供することにした。
首回りから生地がはみ出ないことを押さえる
『in.T』は、定番の白Tシャツをスマートに着こなせるようになるべく開発されることになったが、Tシャツに特化しただけあり、デザインにある特徴が見られるものになった。それはネックライン。首回りからはみ出ないよう前を広くし、後ろを下方にややえぐった。「首回りから生地がはみ出ないことをきちんと押さえた商品にすることを第一に気をつけました」と古賀氏は話す。
サンプルをつくっては社内の20歳代社員に手当たり次第配布。持っているTシャツの下に着てもらい首回りからはみ出るかどうかの確認をお願いした。古賀氏自身も検証のために、新たに10枚ほどTシャツを買い足してチェックした。
デザインだけではなく、機能やサイズ感にも特徴がある。
まずは汗ジミ対策として吸汗・速乾素材を採用し、汗の臭い対策として抗菌防臭加工を施した。これにより背中や胸、腹のあたりに汗ジミができにくくし汗の臭いも抑えた。
また、脇の汗ジミと脇汗の臭い防止のため、脇に汗取りパッドを縫い付けた。 汗取りパッドは吸水量が大きい袋状のものを採用し、汗腺(皮膚にある汗を出す管状の腺)の密度が高い脇の前側がしっかりカバーできるよう縫い付けられている。「汗をかきやすいところにきちんとパッドが当たるようにし、それほど汗をかかないところはパッドを控えめにしました」と古賀氏。汗のかき方を検証して得られた結果を元に汗取りパッドの配置や大きさを決めた。
スタンダードタイプのスリーブレスを着用したところ。脇汗をたくさんかくところにきちんと当たるよう、汗取りパッドが斜めに縫い付けられている
着ていることを感じさせないようにすることにもこだわったので、生地に同社独自のCUT OFF(カットオフ)仕上げを施した。襟・袖・裾に縫い目がない切りっぱなしになるので、Tシャツのシルエットにひびきにくくなった。
そして、屈んだときなどにボトムスから出てしまわないようにするため、丈を一般的なインナーよりもやや長めにすることに。長すぎると着づらくなるので、長くなりすぎないよう長さを調整した。
YouTubeの活用で一瞬にして売り切れる
社内では当初、Tシャツはインナーの一部と捉えている中高年の幹部クラスの反応が鈍かった。企画会議で若い世代ほどTシャツの下にインナーを着る人が多いという調査結果を示しても、なかなか信じてもらえなかったほどだった。
しかし企画会議で、20歳代の若手社員からは「すぐに着たい」という声が挙がる。この反応から、若い世代には受け入れられると確信した古賀氏は、反応が鈍い幹部クラスに「自分の子どもに話を聞くなり、街中で若い世代のTシャツ姿をよく観察してほしい」と依頼。この働きかけからその後、Tシャツの下にインナーを着ることは若い世代にとっては普通のことというのが理解され、商品化に至った。
商品化が決まっても、今までになかった商品なので、売れ行きの見通しが立たなかった。ひとまず数万枚つくったものの、発売直後、一瞬で売り切れる。当初計画の3倍を超える売れ行きとなり、一時期はいくらつくっても供給が追いつかなかった。
この理由は、販促の一環でYouTubeを活用したことにあった。若い世代に人気のファッションユーチューバー、げんじ/Genjiさんに動画内で紹介してもらったところ、同社公式通販の『GUNZE STORE』などで一瞬に売り切れた。2020年もげんじ/Genjiさんに動画内で紹介され、そのときも一時的に欠品を起こした。
ひびかない最強のカラーはオレンジ
2020年にげんじ/Genjiさんが動画で主に紹介したのは、同年3月に発売された汗取りパッド強化タイプ。スタンダードタイプより約3.3倍多く汗を吸収する。汗取りパッドはサイズを大きくしたほか、パッド内に生地をプラスし2層構造から3層構造にしている。
汗取りパッド強化タイプ。クルーネックのスリーブレスで、カラーバリエーションはクリアベージュ、ブラック
汗取りパッド強化タイプを着用したところ。汗取りパッドのサイズがスタンダードタイプよりはるかに大きいのが一目瞭然で、脇をすっぽり覆い隠してしまうほど
また、同時にプリントタイプ(デジタルカモフラージュ柄)も追加したほか、スタンダードタイプのカラーバリエーションを見直してホワイトの代わりにスモークオレンジをラインアップした。
スタンダードタイプのスリーブレスとTシャツにラインアップされたスモークオレンジ
同社の調査によれば、やや赤みがかったオレンジ色はベージュよりもひびきにくい。肌の色に関係なくひびかないという。「白Tシャツの下に着ても存在を感じさせない『in.T』にとってオレンジは最強のカラーになるので採用することにしました」と古賀氏は話す。
2021年も4月に、汗ジミ対応タイプと極軽・超速乾タイプを追加したほか、プリントタイプをボタニカル柄に変更した。
汗ジミ対応タイプ。クルーネックのスリーブレスとTシャツの2タイプあり、カラーバリエーションはどちらもクリアベージュ、ブラックモク
極軽・超速乾タイプ。クルーネックのスリーブレスとTシャツの2タイプあり、カラーバリエーションはどちらもロッシュベージュ、ブラック
ボタニカル柄のプリントタイプ。クルーネックのスリーブレスとTシャツの2タイプあり、カラーバリエーションはどちらもクリアベージュ、グレー
汗ジミ対応タイプは生地の表面に撥水加工を施し、今までより汗ジミが外から見えにくくした。極軽・超速乾タイプは、一般的な綿インナーに比べ生地の重さを25%軽くし、乾燥時間を65%短縮した。古賀氏によれば、軽い着心地を望む声が一定数あったことから「着ていないような軽さ」をテーマに掲げ、薄く編める編組織に変えたという。
取材からわかった『in.T』のヒット要因3
1.Tシャツの位置づけの変化に対応
中高年はインナーの1つと捉えがちなTシャツだが、若い世代にとっては立派なアウターであり、その下にインナーを着るのは当たり前。これまでTシャツに最適なインナーがなかったが、専用品を開発したことで若い世代に確実に刺さった。
2.着ていることを周囲に感じさせない
首元からはみ出ないようにするなど、スマートな着こなしができる工夫を盛り込んだ。着ていることを周囲に感じさせず、オシャレやファッションにうるさい人たちの心をつかんだ。
3.実用的
汗ジミ、汗の臭い、ベタつき、肌の透けといった、夏にTシャツを着たときの問題点を解決。Tシャツに最適なインナーを探していた人たちが飛びつくのも当然のことだった。
ユーザーは若い世代はもちろんのこと、意外にも中高年にも広がりつつあるという。社内で当初『in.T』に懐疑的だった人たちの中には、今では白Tシャツを着るときは普通に下に着る人もいるほど。蒸し暑い夏をTシャツ姿で快適かつスマートに過ごすためのマストアイテムとして活用したいところだ。
製品情報
https://www.gunze.jp/yg/in_t/
文/大沢裕司