緊急態宣言下でも通勤電車は混んでいる
「あの人、会社クビになるのかな・・・」
行政から盛んにテレワークが呼びかけられても、朝の電車内では他の乗客と接触するほど混雑している路線もあります。東京では3度目となる緊急事態宣言発出されましたが、人の流れは大きく変わっていないと感じる人も多いのではないでしょうか。
このような中で従業員数十名の映像制作会社に勤務する下澤さん(仮名)は、朝、電車で会社に向かう途中、近くにいたサラリーマンであろう男性が痴漢で捕まった瞬間に遭遇したそうです。
「俺はやっていないよ」と主張する男性のまわりには被害にあったと思われる。女性とそれを支援する他の乗客が複数おり、直後の停車駅で何人かに連れられて下車していく姿を複雑な思いで眺めていたそうです。
下澤さんは、なぜか「女性がかわいそう」とか「あの人は本当に痴漢したのか?」という感想には至らず、どちらかというと「もし、あれが俺ならどうなってしまうのだろう」と考え、ワンマン社長が事情も聴かずに『お前はクビだ!』と迫ってくる顔が浮かんできたそうです。
そもそも「俺はやっていない」と訴えているし、冤罪を主張しても警察に捕まってしまえばクビにされてもあきらめるしかないのでしょうか?
懲戒解雇ってどんな解雇?
一概にクビ(解雇)と言っても「能力不足」や「リストラ」などいわゆる普通解雇と言われるものと、社内の重大なルール違反をした場合に行われる懲戒解雇があります。そして、懲戒解雇と聞くと、多くの人は、かなり重い処分という印象を受けるのではないでしょうか。
懲戒解雇は懲戒処分の中でも一番重い処分で、社員が会社の定めた守るべき企業秩序に著しく違反してしまった場合に一方的に雇用関係を終了させる処分を指します。また、ただ雇用関係を終了させるだけではなく、再就職をする際に不利になることや退職金も減額もしくは支給されないケースもあるなど従業員にとってはかなり不利益となる可能性の高い処分といえます。
それでは、逮捕されてしまうと、どんなケースであっても懲戒解雇になってしまうのでしょうか。上記のように懲戒解雇は従業員にとってかなり不利益な処分となることから
慎重な判断が求められるのです。
具体的には懲戒処分をする際には会社の就業規則上に「懲戒の事由」「懲戒処分の種類」が明記されていなければならず、どれだけ悪いことをしたとしても就業規則上に明記されていなければ懲戒処分ができないのです。
たとえば、重大な法律違反を犯した社員を懲戒処分するには就業規則に、「法令等に違反する行為があったとき」など明記されている必要があるのです。また、どんな程度に応じてどの懲戒処分に該当するかを検討する必要上、懲戒処分の種類について「懲戒解雇」「出勤停止」「減給」など具体的に明記されている必要があるのです。
懲戒処分は私生活には及ばない
次に痴漢をしたという行為が懲戒事由に定められていた場合に、懲戒解雇にできるのかが問題となります。今回のケースでは、おそらく通勤途中で起こった出来事です。あくまでも会社に向かう途中でのことで、仕事中ではないことを考えるとプライベート中に起こった行為といえます。
労働契約上の義務は、労働の提供であることから制約を受けるのは、あくまでも業務中であり、「業務時間外」については会社の拘束から解放されているのです。したがって、懲戒処分をする権利も私生活までは及ばないとされるのが原則なのです。
しかし、もし今回逮捕されてしまった方の職業が駅員さんだったのであれば事情が異なります。本来、乗客が安心、安全に利用できるように仕事をしている立場の方が痴漢行為を行ってしまったのであれば、利用者の信頼も損なわれ、ひいては会社の社会的信用を損ねることに繋がってしまうのです。トラックドライバーがプライベート中に信号を無視して
大事故を起こしてしまったケースなども同様に考えられます。このように業務と直接関連するケースなどは私生活だといっても、懲戒処分が有効だと判断されることもあるのです。
慌てずに自分の主張をする
下澤さんは、ニュースやインターネットの情報から「痴漢は捕まったらやっていなくても有罪にされてしまう」といったネガティブ印象が強く「俺だったらクビだろうな」と不安を感じ「逃げた方がいいのかもしれない」とも考えたといいます。
ただ、本当にやっていないのであれば、逃げたりせずにすぐに弁護士に相談するなど
慌てずに行動することが必要です。逃げてしまうことでかえって「本当は痴漢行為をしたから逃げただろう」など疑いの目を向けられてしまうことに繋がってしまうでしょう。冤罪であれば、不当解雇として無効を訴えることも可能です。
しかし、そうなる前に、しっかりと会社にも冤罪であることを説明して、理解してもらう必要があります。いずれにしても職場環境の問題、いわゆる居心地が悪い状態になってしまうことも考えられることから職場環境についてもしっかりと会社に支援してもらう必要があるでしょう。
なお、冤罪被害にあわないための行動については、あらかじめ弁護士等のサイトなどで確認しておくとよいでしょう。
文/土井裕介(ドイ・ユウスケ)
特定社会保険労務士。1980年1月12日生まれ。2007年11月に社会保険労務士法人 大槻経営労務管理事務所入所。2010年に社会保険労務士登録。2013年に特定社会保険労務士付記。数名規模から数千人規模の事業規模、業種ともさまざまなクライアントを担当し、サテライト勤務や在宅勤務をはじめとしたテレワークを生かした働き方のアドバイスを得意とする。