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【開発秘話】400万ケース以上売れているキリンビール「キリン一番搾り 糖質ゼロ」

2021.06.13

■連載/ヒット商品開発秘話

 発泡酒や新ジャンル(第3のビール)では珍しくない糖質ゼロだが、ビールではなかなか登場しなかった。しかし2020年10月、ついに糖質ゼロのビールが登場する。キリンビールの『キリン一番搾り 糖質ゼロ』のことだ。

 国産のビールカテゴリーで初の糖質ゼロを実現した『キリン一番搾り 糖質ゼロ』は、『キリン一番搾り』の雑味のない澄んだ麦の旨味はそのままに、ビールの原材料だけで糖質を限りなくゼロにする新開発の「新・糖質カット製法」で糖質ゼロを実現。発売以来好調を持続し、6月上旬に400万ケース(大びん換算)を超える見込みだという。

パパ友の嘆きを聞き立ち上がる

 開発がスタートしたのは2015年春。「新・糖質カット製法」の技術開発プロジェクトが立ち上がったことから始まった。

「新・糖質カット製法」の開発は、プロジェクトを推進したキリンホールディングスの廣政あい子さん(R&D本部飲料未来研究所)が提案したもの。育児休業中だったとき、ママ友・パパ友との花見の席で、あるパパ友が思わず漏らした次の嘆きがきっかけになった。

「ビールが好きなんだけど、体型も気になるので、(飲むのは)最初の一杯だけ」

 このひと言から「ビールが好きな人に気兼ねなく美味しいビールを飲んでもらいたい」と強く思うに至った廣政さんは、育休が明けて復職後、「新・糖質カット製法」の技術開発を社内に提案する。難しいテーマではあったが社内では意義が認められ、チャレンジを後押ししてくれることになった。

家飲みでも廣政のパパ友のように、ビールは最初の一杯だけと決めている人が50%超。2杯目以降を糖質の少ないお酒にシフトする人が43.3%

 ビールの糖質を大幅にカットしたりゼロにしたりするのが難しいのは、麦芽に含まれるでんぷんが分解されることでできた糖質を酵母がすべて食べてくれるわけではないため。糖質が大きく分解されてしまうと酵母は食べられず、ビール中に残る。そこで、麦芽中のでんぷんを酵母が食べられる大きさの糖質に分解できる仕込み技術を確立し、通常より厳しく管理された元気な酵母を使うことで糖質の食べ残しを低減し糖質ゼロを目指すことにした。

 麦芽と仕込み条件の組み合わせは無数にあるので、でき上がるまでに最低でも1か月以上かかるビールですべての組み合わせを試験醸造するのは非現実的。実現の可能性があるものに絞って試験醸造することにした。その結果を元に、麦芽と仕込み条件の組み合わせを見直し試験醸造することを繰り返した。

新・糖質カット製法とは

 2017年5月、「新・糖質カット製法」を開発していることが社内の技術展示会「シーズニーズフォーラム」で初めて発表される。これに注目したのがキリンビールのマーケティング部門であった。健康意識の高まりからビールユーザーが健康を気にして糖質オフ・糖質ゼロ系商品に移行したり、ビールの飲用量を減らしたりする人が目立つようになってきたことへの対応を模索していたマーケティング部門は、この技術を生かしてつくった商品はユーザーの健康に寄与し、ビールの新しい価値が提供できると判断。同年8月、R&D部門や生産部門とともに商品化の検討を進めることにした。

ビールを飲まなくなった代わりに何を飲むようになったかに関する調査結果。糖質オフ・糖質ゼロ系のものが目立ち、健康を気にしていることが窺える

実現すれば必ず喜んでくれるお客様がいて待っている人がいる

 ビールの新商品を開発するときの試験醸造は数十回程度と言われる中、試験醸造はのべ350回に達した。それだけ難航し、苦しさに直面したということである。

「できる限りのことを最大限やるだけでしたが、開発を進めていくにつれて、そう簡単なことではないことを実感し、2018年頃に『無理だ』と思ったこともありました。中止も検討せざるを得なかったほどです」

 苦しかったときをこう振り返る廣政さん。糖質ゼロと美味しさの両立が難題として立ちはだかった。成果が得られるまであと一歩、いや半歩のところまできながら、なかなか前進できない日々が続いた。

キリンホールディングス
R&D本部飲料未来研究所
廣政あい子さん

 諦めることなく研究開発を継続できたのは、マーケティング部門とディスカッションを重ねる中で、これが実現すれば必ず喜んでくれるお客様がいて待っている人がいることが確認できたからであった。キリンビールの今北方央さん(マーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当 ビールチーム)は次のように話す。

「ビールで新しい提案を行ない市場拡大していきたいことを、とマーケティングの立場から話をさせていただきました。ビールで糖質ゼロは難しいことですが、実現すればお客様に革新性が理解されると考えていたので、マーケティング部門も諦めていなかったです」

プレッシャーが大きかった『一番搾り』ブランドの活用

「新・糖質カット製法」は2019年に入り基本技術が完成するも味の面で課題が残ったまま。また、美味しいものができても「糖質ゼロ」をストレートに訴求すれば味が劣ると思われかねず、需要を喚起できない恐れがあった。

糖質オフ系・糖質ゼロ系のビール類の味に対する評価。味に満足できない人が50.9%と半数を超えている

美味しさと糖質オフ・糖質ゼロを両立したビールの飲用意向。61.4%が「飲みたい」という意向を持っている

 こうした問題を解決するため、キリンビールは同年5月に、『一番搾り』ブランドの活用を決めた。そのときの廣政さんの心境は、次のようなものだった。

「フラッグシップブランドである『一番搾り』から出すことは喜ばしいことでしたが、ブランドの名前を汚さないようにしなければならないプレッシャーも大きかったです。どうしようか……と不安になりました」

「新・糖質カット製法」と一番搾り麦汁だけを使う「一番搾り製法」を生かすことにしたが、これだけで美味しいものができるわけではない。350回の試験醸造のうち60回程度が味づくりのためのものであり、試行錯誤を数多く重ねている。

 そして2020年3月〜4月にかけて、生産を担当する3工場(取手工場、名古屋工場、岡山工場)で試験醸造を実施した。工場での試験醸造は1か所だけで行なうのが一般的だが、技術的なハードルが高く同レベルのものが全工場でできるかどうかの確認が不可欠だったことから、キリンビール史上初の3工場での試験醸造となった。新型コロナウイルスの感染拡大で思ったように進められない面もあったが、3工場とも1回で、パイロットプラントと同レベルのものが完成した。

「日本初」「糖質ゼロ」「ビール」の3点を伝える

 ビールで糖質ゼロを伝えるため、パッケージにもこだわった。『キリン一番搾り』をベースに検討しつつ糖質ゼロの新しいビールであることがわかるものを目指した結果、ブルーをベースカラーに採用した。

 ただ今北さんによれば、社内ではブランドのイメージが変わることを理由にブルーに反対の声もあった。しかしお客様調査の結果では、ブルーが他の候補よりダントツの支持を獲得。ブルーは品質が高いと捉えられていることがわかり、『一番搾り』ブランドのイメージにあまり影響がないと判断された。

キリンビール
マーケティング部ビール類カテゴリー戦略担当 ビールチーム
今北方央さん

 ビールで初の糖質ゼロを実現したことから、PRはいつも以上に注力した。「日本初」「糖質ゼロ」「ビール」をしっかり使えることを基軸にし、テレビCMはもちろんのこと、商品発表会を実施した2020年8月27日に商品のティザーサイトを開設。ティザーサイトの開設は珍しくないが、いつも以上に力を入れた。発売後も基軸を変えることなく各種PR施策を実施している。

取材からわかった『キリン一番搾り 糖質ゼロ』のヒット要因3

1.『一番搾り』ブランドの活用

『一番搾り』ブランドに用いられる「一番搾り製法」を活用し、同ブランドから発売することに。ユーザーが『一番搾り』からイメージする味わいに近いもができた。

2.糖質オフ・糖質ゼロ系のイメージ払拭

 糖質オフ・糖質ゼロを謳ったビール類は味の評価が高いといえなかったが、「一番搾り製法」を用いビールらしい味わいを実現。味に関するマイナスのイメージを払拭した。

3. タイミングが良かった

 発売した2020年10月は、酒税法が改正されビールの税額が下がった直後。ビール市場拡大のチャンスと捉えこのタイミングでの発売となったが、新型コロナウイルスにより健康的な生活を送ることに対する意識がさらに高まっていた社会的な背景も販売好調に寄与した。

 開発するきっかけになったひと言を漏らした廣政さんのパパ友は、無意識にそのひと言を発したようで、憶えていなかったそうだ。『キリン一番搾り 糖質ゼロ』は愛飲しており、廣政さんに「やっとビール党に戻れる」と話したという。「それを聞いたときは、嬉しかったです」と控えめに言う廣政さん。開発に要した5年の歳月は、そのひと言で報われた。

ブランドサイト
https://www.kirin.co.jp/products/beer/ichiban/toshitsuzero/

文/大沢裕司

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