■連載/ヒット商品開発秘話
白い歯は健康的で清潔感がある。ただ、歯科医院でホワイトニングの施術を受けると、時間だけではなく費用もかかる。自宅で手軽にホワイトニングができたら……と思う人もいるだろう。
いま、歯本来の白さに磨きをかけるオーラルケアアイテムとして注目されているのが、花王の『クリアクリーン プレミアム ホワイトクリアパック〈ハミガキ〉』である。2020年3月に発売された『クリアクリーン プレミアム ホワイトクリアパック〈ハミガキ〉』は、天然由来のホワイトクレンジング成分を豊富に含んだ薄型透明のフィルム。フィルムに含まれた洗浄剤が濃いままじっくり溶けることで、歯のくすみを落としやすくする。2021年2月末までに34万箱売れているという。
一時中断を経て研究開発を再開
同社は2010年頃から、歯に貼って使うホワイトニンググッズの研究に着手する。海外の動向から日本でも将来、ニーズが生まれると判断してのことだった。
歯に貼って使うタイプは歯みがき粉と比べてどのようなアドバンテージがあるのか? 開発を担当したパーソナルヘルス商品開発部の水本健さんは次のように説明する。
「一般的に歯みがき粉は、磨いているうちに唾液で洗浄成分などの機能成分が薄まってしまうこともあり、効果を実感するのに時間がかかります。これは美白効果を謳っている歯みがきでも例外ではないのに対し、歯に貼って使うタイプは洗浄成分が歯の汚れに直接作用しやすくしているため、洗浄成分が歯にしっかりとどまりやすく、効果が実感しやすいところがあります」
ただ、歯の見た目について意識する人が今ほど多くなかったことなどから、研究開発は一時中断する。機が熟すまで再開を待つことになった。
研究が再開されたのは、中断から数年後のこと。『クリアクリーン プレミアム ホワイトクリアパック〈ハミガキ〉』が企画された2018年だった。時代の変化とともに、歯の見た目や色を気にする人が増加。とくに40〜50歳代女性に歯のくすみや黄ばみを気にする傾向が見られるようになった。オーラルケア市場全体を見ても、1000円を超えるような高価格帯の美白歯みがき粉や、歯の美白に特化した歯みがき粉・歯ブラシに加えて使うタイプのスペシャルケア品の売れ行きが好調だった。
マーケティングを担当したパーソナルヘルス事業部の宮橋結実さんは次のように話す。
「お客様にインタビューしていると、歯の見た目に意識が高い人の中には欧米で販売されているシートタイプのホワイトニング商品を並行輸入で購入し、使っていられる方が見られました。市場の盛り上がりを踏まえると、日本でも今後は歯に貼って使う剤形には大きなニーズがあると判断しました」
花王
パーソナルヘルス事業部 宮橋結実さん
パーソナルヘルス商品開発部 水本健さん
フィルムタイプならではの効果を発揮する使い方を模索
洗浄成分として採用することにしたのが、米ぬか成分から抽出した天然由来のフィチン酸であった。フィチン酸はすでに、『クリアクリーン プレミアム』や同社のオーラルケアブランド『ピュオーラ』で採用実績があり、効果と安全性は確認済みであった。
開発では効果のほか使いやすさにもこだわった。歯に貼って使う剤形のホワイトニンググッズは貼り付けて成分を歯になじませたら取り外すものが多いが、厚みで貼っている間に違和感を覚えたり、唾液がしみ込んだゴミが出ることに抵抗を感じたりすることがある。そのため、溶けることで密着する薄型フィルムにすることで貼っている間に違和感を低減し、取り外さなくてもいいものをつくることにした。
しかし、溶ける層だけでは歯みがき粉と同様に唾液でフィチン酸が薄まってしまう。そこで、歯に直接触れる面はフィチン酸を含む溶ける層になっているが、反対の面は唾液で溶けない性質を持つ2層構造とすることにし、最後にブラッシングで除去できるような薄型フィルムを目指した。厚さが薄すぎると手で持ったときに溶けてしまうので歯に貼るのが難しく、厚すぎるとブラッシングで除去することができず貼り付けている間に違和感がある。貼っている間は唾液で溶けず、最後はブラッシングで除去できる層の厚さは試行錯誤したところだった。
試作品のテストに関わった社内外のモニターは、のべ400名を超える。商品化に向けた最終段階では、1年間で11回の調査を実施。花王のオーラルケア製品で初めて、剤形にフィルムを使うことから、効果を発揮する使い方を模索した。
検証を重ねた末に決まった使い方は、歯に貼り付けて口を閉じ10分ほどしたらフィルムごとブラッシングし、終わったら口の中をすすぐ。負担を感じず効果が得られる貼り付け時間の設定が悩ましいところだったが、水本さんによれば「10分以上になると効果は変わらなかった」。初めて使う場合は、1日1回3日連続で使用し、以後1週間ごとに2日連続の使用を推奨。1箱7回分入りとし、3週間で1箱を使う形にした。
『クリアクリーン プレミアム ホワイトクリアパック〈ハミガキ〉』の使い方
「おこもり美容」「おうち美容」の流れに乗る
マーケティング面では、使い方をわかりやすく伝えることが課題になった。「社内の反応などから、これは何であり、どうやって使うものなのかを、わかりやすくシンプルに伝えることがネックになると感じていました」と宮橋さん。発売後の消費者コミュニケーションにいつも以上の工夫が求められることになった。
加えて、発売翌月の2020年4月から、新型コロナウイルス感染症予防に伴う緊急事態宣言が発出され、窮地に立たされる。歯の美白は人に見られるからこそ意識する面があるので、マスク装着や外出自粛では歯の美白に気が回らなかったりやる気が沸かなかったりするため、注目されないと懸念されたからだ。
だが、懸念は外れた。家で過ごす時間が増えたことで、SNSを中心に「おこもり美容」「おうち美容」が話題になり拡散したことから、歯のホワイトニングにも意識が向かった。そこで考えられたのが、使い方を紹介する動画の制作だった。
社員が使い方を紹介する動画を社員自ら撮影
動画は、使用方法がユーザーによって理解度に差があることから、誰もが理解しやすいよう実際に使うところを映像で見せることにした。実際に使い使い方を示すことにしたのは、同社の社員だった。
社員が実際に使うところを見せるアイデアは、PR担当部門から出てきた。きっかけは、おうち時間を前向きに過ごせることに使える同社商品を紹介するウェブタイアップ記事の企画で登場を打診されたこと。使い方をわかりやすく伝えるため記事に動画を埋め込むことにしたが、『クリアクリーン』のPR担当がこの記事で使う動画の撮影を買って出て、自宅で自ら撮影した。当時は緊急事態宣言が発出されて在宅勤務になり、スタジオ撮影もストップしていたときだったので、撮影できるところを見つけるよりも自分たちで撮影を行ない、その映像を使うことにした。
記事は2020年4月に公開されたが、宮橋さんによれば記事の評判は高かった。「記事には購入できるECサイトのバナーを設置しているのですが、記事からECサイトへの遷移率が高く、購入に結びつきやすいことが確認できました」と話す。
この動画が好評だったことから、発展させる形でその後、マーケティング部門がYouTube動画やインフォマーシャルを企画。YouTube動画は人気ユーチューバーとタイアップし、インフォマーシャルは2020年10月から1か月間、朝の情報番組内で使い方などを解説した。
取材からわかった『クリアクリーン プレミアム ホワイトクリアパック〈ハミガキ〉』のヒット要因3
1.使いやすい新剤形
花王のオーラルケア製品では初のフィルム剤形を採用。他のシート製剤とは異なり使用後にはがすことなく、歯に装着して溶けた洗浄成分ごとブラッシングで除去するだけという手間がかからない点が高く評価された。
2.使い方の伝え方を工夫
社員自ら使い方を撮影してウェブメディアで紹介したほか、ユーチューバーとのタイアップやテレビのインフォマーシャルと、使い方の伝え方を工夫。使用方法がわかりやすく伝わるよう実際に使う様子を見せることで、購買喚起につながった。
3.世の中の流れにマッチ
新型コロナをきっかけにして「おこもり美容」や「おうち美容」が盛り上がり、この流れで歯のホワイトニングにも焦点が当たる。そのようなときに登場したこともあり、関心を集めることができた。
ユーザーには使いやすさ、歯のツヤやツルツル感を評価する傾向が見られた。効果について水本さんは「ホームケアで使用可能な成分で長年蓄積した歯の汚れを落とすには、それなりの時間が必要です。ユーザーが最初に効果を感じるポイントは、みがき上がりでツヤツヤ、ツルツルを感じることですが、諦めずに使い続けて欲しいです」と水本さんは話すが、使いやすさについては向上の余地があるという。将来的にはより簡単に使えるようにしたい考えだ。
製品情報
https://www.kao.co.jp/clearclean/product/pack/
文/大沢裕司