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大手保険会社の営業からJリーグへ!地道な仲間づくりでチームを支える浦和レッズ・山本桂司氏に聞く別のキャリアを選んだ理由

2021.02.25

 新型コロナウイルス感染拡大から1年。2月26日(金)に2021年Jリーグが開幕するが、緊急事態宣言下の首都圏では観客数5000人以下、試合終了20時という制限の中でのスタートとなる。27日に2020年YBCルヴァンカップ王者・FC東京と開幕戦を戦う浦和レッズも営業的には非常に厳しい状況だ。
「コロナ禍の2020年シーズンは入場者制限が続き、12月19日の最終節・北海道コンサドーレ札幌戦でも収容規模の40%・2万4000人を上限にしていました。リーグ戦再開前は前年の半分に当たる12億円程度の入場料収入を見込んでいましたが、最終的な着地点は4分の1程度にとどまりました。クラブ全体の赤字も年間2ケタ億円は下回ったものの、苦境にあるのは変わりないです」と山西学・前マーケティング本部長も説明していたが、その苦境は2021年も続きそうだ。

 頼みの入場料収入を増やせないとなると、スポンサー営業のてこ入れを図らないといけない。コーポレート(CP)本部課長兼パートナー・ホームタウン本部課長の山本桂司氏は地道な努力の一端を明かした。
「コロナの影響で2カ月も試合が中断され、パートナー企業も経営に苦しまれている中、シーズン中の返金や減額のお話があると考えておりました。しかし『どんな状況でもレッズを応援します』というパートナーが多く、前年並みの38億円のスポンサー収入を維持できた。本当に感謝しかありません。
 我々としては、まずはクラブ内に『発信タスクフォース』を発足させ、パートナー自体の認知度を高め、商品を露出するなどの試みを行いました。同時に地元機関との提携を含めて『仲間づくり』も進めました。埼玉県宅地建物取引業協会や浦和医師会、埼玉縣信用金庫、埼玉りそな銀行と、地域に根付きながら市民の生活を幅広くカバーしている団体や企業と提携することで、地元企業とのタッチポイントを増やし、より多くのところと接することができました。今後も『企業タッチポイント』をより増やすよう努め、レッズの支援を続けていただくように頑張っていきます」

大手保険会社から浦和レッズへ

 このように営業部隊は試合の勝ち負けに関わらず、クラブを応援してもらえるように企業を回り、メリットを説明し、協力体制を構築しようと努めている。彼らなくして、今の浦和レッズのビジネスは成り立たないのだ。
 その山本氏だが、2015年まで大手保険会社の敏腕営業マンだったというから驚きだ。浦和のフロントスタッフの中には、広告代理店やメーカーなどからの転職組も数多くいて、彼のように「自分の職歴を最大限生かしてレッズを盛り立てたい」と熱望するスタッフが幅広く活躍しているという。

 79年に横浜市で生まれた山本氏は転勤族の一家で育ち、小学校高学年の時に北浦和に移り住んだ経験がある。浦和でサッカーに出会い、本格的にプレーするようになった。「静岡遠征に出向き、同い年の小野伸二(札幌)に股抜きされたこともあります(苦笑)」という思い出話もあるそうだ。
 青山学院大学在学中は日本代表が98年フランスワールドカップに初出場し、小野が18歳で大舞台のピッチに立った頃、2002年日韓ワールドカップに向けてサッカー熱は最高潮に達していた。山本氏もサッカー界への就職を夢見たが、2002年の卒業後は大手保険会社への入社を選択。サラリーマンとして社会経験を積み重ねる道を選んだ。

 山本氏は同社で14年間働いた。入社3年目で新商品において全国営業成績トップに。その後は東京本社、大阪などに異動し、銀行担当だった10年目にも新商品の販売において全社での営業成績ナンバーワンを取った。
「自分のポリシーは『人と違うことをやる』ということ。何をしたらお客さんが喜ぶかを全力で考え、提案しました。所属していた会社では、自分からアクションを起こしてどんどん新しいことをやっていこうと考える人間が多かった。自己研鑽の意識も非常に高い会社で、自ら考え行動することが身につきました」

 こうして30代半ばになりつつあった2013年、「自分はこのままでいいのかな」と小さな疑問が芽生え始めた。「サッカー界で働きたい」と考えていた学生時代の思いが日に日に強まった。とはいえ、サッカー界に人脈のない営業マンがすぐにJリーグのクラブや日本サッカー協会で働けるはずもなく、何らかの接点が必要だ。そこでひらめいたのが、神戸大学大学院進学。経営学部研究科でMBA(経営学修士)を取ることで、経営の知識を学び、サッカークラブの経営者やGMへの道を切り開きたいと思い至ったのだ。

「仕事の傍らで毎週土日の通学を1年半続けました。『英語文献を読んで英語レポートを出す』といった課題は日常茶飯事。グループワークで深夜まで議論したり、テストがあったり、本当に大変でした。最後に修士論文を書いたのですが、『サッカーGM』をテーマに設定。各クラブのGMに手紙を出して、インタビューをお願いしました。それに応えてくれるJリーグクラブの方も多数いました。また、就職相談にも乗ってくれるほど親切にして頂いた方もいました。Jリーグクラブのみならず、プロ野球球団やBリーグクラブとも接点ができ、人脈が一気に広がった。この経験は大きかったです」

浦和でまずは友達を100人作ろう

 神戸大学大学院を卒業し「どうしたもんか」と考えていた2015年、山本氏が見つけたのが一般財団法人・スポーツヒューマンキャピタル(SHC=2017年から公益財団法人に)の一期生募集広告だった。神戸大学出身の西野努・浦和テクニカルディレクターがコースデザイン責任者兼ファシリテーターを務めていた学びの場で、JリーグのGMや経営者を輩出することを目的としていた。
「『このコースに受かったら本格的にサッカー界でやっていこう』と決意して出願したら見事に合格。大阪から週2回通うべく、上司に時短勤務を打診。『1年後には会社を辞めます』と宣言して二足の草鞋を履きました。僕は今、5人の子供がいますが、当時すでに3人を抱えていた。それでも妻は『やりたいことをやると決めたなら応援するよ』と言ってくれました。神戸大学大学院とSHCが人生で一番勉強した時期。それも『サッカー界に入るため』という情熱があってこそでした」

 SHCで必死に学び、2016年3月末に所属していた大手保険会社を退職。本格的に就職活動に乗り出し、2016年5月から浦和に入社することになった。
「4~5年がかりで念願のサッカー界に入り、情熱や意欲は非常に高かったのですが、クラブを知るところから始めるべきと考え、どこに課題や問題があるのか物事の本質を追求することを意識しました。また、プライベートでは20年ぶりに戻ってきた浦和でまずは友達を100人作ろうと決めました。地元のフットサルに参加したり、草サッカーチームやコミュニティを作ったところ、3~4年が経過した頃には多くの仲間ができました。つねに新しい情報やアイディアをいただいたり、相談に乗っていただき、本当に友達が100人できました。このような地道な活動が大事だなと痛感しましたね」

 パートナー営業に関しても、大手保険会社時代のノウハウを駆使し、企業の課題解決に応えることで信頼関係を得ることも経験しており、浦和レッズでも実践した。その結果、コロナ禍でも新しいパートナー契約を締結することに成功したという。
「2021年はパートナー企業の減額や契約終了は数社だけでした。レッズに協賛していただく意義やメリットを理解していただけているからこそ、こういう結果になったのだと思います。ファン・サポーターの方にも今まで以上にパートナー企業の商品を買うなどしていただき、みんなでレッズを盛り立てる雰囲気を作ってほしいなと個人的には願っています。パートナー企業の皆様も、経営が苦しい中でもレッズへの協賛を『選択』いただいているので、その気持ちは裏切れないし、期待に応えないといけません」
 今後も仲間づくりを進めるとともに、クラブの社会的価値をより高めていくことが、山本氏の願いだ。

「もともとレッズは浦和、埼玉県のクラブ。地域に貢献することが最重要テーマです。今はコロナ禍で選手と地域住民の距離が遠くなりがちですが、もっと両者が近づいて一体感を持てるようにしていきたいです」
 5人の子どもを育てる、40代の熱血営業マンの今後が楽しみだ。

取材・文/元川悦子

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