働き方改革の重要な取り組みである『同一労働同一賃金』は、正社員と非正規社員との間に存在する不合理な賃金格差を解消する制度です。この制度についての基礎知識やメリット・デメリット、法改正のポイントや導入する企業の成功事例を紹介します。
「同一労働同一賃金」とは?
正規雇用者と派遣労働者・パート・アルバイトなどの間において、賃金や待遇の格差をなくす目的で『同一労働同一賃金』の導入が求められています。概要や適用時期、罰則などについて理解しましょう。
施行時期とその内容
『同一労働同一賃金』とは、同じ企業内で雇用形態が異なる労働者でも仕事内容が同じなら、不合理な待遇差や差別的取り扱いがあってはならないという考え方です。
政府が推進する働き方改革における重要な取り組みの一つであり、正社員と非正規社員の格差を是正することで、さまざまな働き方から自由に選べる社会になることを目指しています。
2018年に働き方改革関連法が成立したことを受けて、同一労働同一賃金への対応が規定された『パートタイム・有期雇用労働法』と『労働者派遣法』の内容も改正されています。
パートタイム・有期雇用労働法については、20年4月から大企業に適用を開始しており、中小企業における施行時期は21年4月です。労働者派遣法は20年4月に施行されています。
違反しても罰則は科されない
2021年4月以降、全ての企業は規模にかかわらず、格差是正に向けて労働環境の整備を進めなければいけません。
厚生労働省では不合理な待遇などを解消するための指針として、原則となる考え方や具体例を示した『同一労働同一賃金ガイドライン』を策定しています。
十分な対策が行われていないなど、法律違反に該当する状況が認められるケースでも、企業に罰則は科されません。
一方で、ルールを守らない会社として企業イメージが下がったり、従業員から法律違反を指摘されて訴えを起こされたりするリスクはあります。
損害賠償請求されるケースがある
同一労働同一賃金のルールを違反した企業は、不合理な待遇を受けた従業員から損害賠償請求される可能性があることに注意が必要です。
実際に、これまで多くの裁判が行われており、格差を不合理とした判例も出ています。基本給・賞与・各種手当・退職金など、争点の対象もさまざまです。
ただし、格差があるからといって必ずしも違法になるとは限りません。従業員の仕事内容や転勤の有無、長期勤務が想定されているかなど、企業ごとの個別判断が必要です。
厚生労働省のガイドラインでも、問題になる例とならない例を具体的に示し、どのようなケースが不合理といえるのかを説明しています。
導入された背景
法改正の背景には、賃金・待遇差に関する課題や将来的な雇用の不安定性があります。どのような問題が背景にあるのか、詳しく見ていきましょう。
経済格差是正のため
総務省が公表している『労働力調査(2020年12月分)』によると、非正規の職員・従業員数は2093万人でした。役員を除く雇用者全体に対する割合は37.2%です。
また、厚生労働省の『令和元年賃金構造基本統計調査』では、正社員・正職員の賃金を100とした場合に、正社員・正職員以外の賃金は64.9であることが分かりました。
労働人口の約4割を非正規雇用労働者が占めている一方で、雇用形態間の賃金に約4割もの格差があることが、同一労働同一賃金が導入された背景の一つです。
厚生労働省のガイドラインにも、正社員と非正規社員の経済格差を是正するために導入されたことが明記されています。
出典:労働力調査(2020年12月分)
出典:令和元年賃金構造基本統計調査 結果の概況|厚生労働省
人口減少による労働力の確保
厚生労働省の『日本の将来推計人口(平成29年推計)』によると、現時点で既に減少傾向にある日本の労働人口は、今後ますます減っていくと予想されています。
2015年における生産年齢人口(15~64歳)の実績値で算出される割合が60.8%であるのに対し、65年の推計値は51.4%です。65年には総人口が9000万人を割り込み、高齢者の割合は38%台に達すると推計されています。
労働人口が減少していく状況の中でも、企業が生産性の向上を図るためには、正規雇用といった形態だけでなく多様な雇用形態で働く人材の確保が不可欠です。
しかし、正社員と非正規社員との間に賃金格差があれば、労働力の確保は難しいでしょう。
そこで、政府は同一労働同一賃金の実現を掲げ、人口が減り続けていく状況でも労働力を確保しやすくなるような雇用環境や法の整備を進めているのです。
法改正のポイント
同一労働同一賃金に関わる法改正が行われたことで、以下に挙げる三つの点が重点的に整備されました。それぞれのポイントを詳しく解説します。
不合理で差別的な待遇を禁止
法改正により、パートと有期雇用のそれぞれについて、不合理な格差と差別的な取り扱いの2点が禁止されています。
不合理な待遇差を禁止する『均衡待遇規定』では、『職務内容』『職務内容・配置の変更の範囲』『その他の事情』の違いを考慮した上で、待遇を決定しなければならないことが明確化されました。
差別的取り扱いを禁止する『均等待遇規定』では、『職務内容』『職務内容・配置の変更の範囲』が同じであれば、同等の待遇にしなければならないとしています。
均等待遇規定は、パートタイム労働者については規定が明確化され、法改正前までは対象外であった有期雇用労働者にも適用されるようになりました。
派遣労働者に関しては、『派遣先の労働者との均等・均衡待遇』『一定の要件を満たす労使協定による待遇』のいずれかが確保されることを義務付けています。
労働者へ待遇差の説明義務を強化
非正規雇用労働者が、自分の待遇について企業へ説明を求められるようになったことも、今回の法改正のポイントです。
労働者に対する待遇差の説明義務が強化されたため、非正規雇用労働者から説明を求められた場合、企業はきちんと説明しなければなりません。
具体的には、『待遇決定に際しての考慮事項』と『待遇差の内容・理由』について説明の要求を受けたら、これまで説明義務がなかった有期雇用労働者も含め、全ての非正規雇用労働者への説明義務が発生します。
非正社員の雇入れ時にも、『雇用管理上の措置の内容』を説明する必要があります。
行政ADRの整備
今回の法改正では、全ての非正規雇用労働者に、企業と労働者とのトラブルを裁判なしで解決する『行政ADR』の規定が定められています。
行政ADRとは、企業と労働者の間に起こった紛争を、裁判を起こすことなく解決できる手続きのことです。無料かつ非公開の紛争解決手続きを、都道府県労働局で行います。
これまで対象とされていなかった『均衡待遇』『待遇差の内容・理由に関する説明』に関しても、雇用形態にかかわらず行政ADRの対象になります。
『行政による事業主への助言・指導等』も、以前は有期雇用労働者には規定がありませんでしたが、法改正により規定が定められました。
出典:行政ADRの根拠法の整備と企業の対応について | 社会保険労務士法人エンチカ(ENTICA)
待遇への影響は?
同一労働同一賃金の導入により、基本給・賞与・退職金・各種手当・福利厚生・教育訓練などの不合理な格差解消が求められます。ガイドラインの記載内容をもとに、それぞれの待遇への影響を解説します。
基本給
基本給は、労働者のスキル・経験・業績・勤続年数など、さまざまな要素をもとに決定されるのが一般的です。それを踏まえた上で、それぞれの要素に関する実態に違いがなければ、同一の基本給を支払わなければなりません。
例えば、基本給が勤続年数に応じて決定される場合は、職務内容が同じであれば、雇用形態にかかわらず同じ勤続年数の従業員に同じ基本給を支払います。
スキルアップに応じて給料を上げるケースでも、スキルの種類や向上したレベルが同じであれば同じ昇給を、違いがあるなら違いに応じた昇給を行う必要があるのです。
賞与・退職金
賞与に関しても基本給と同様に、会社への貢献度により決定される場合は、同じ貢献に対して同じ賞与を支払わなければなりません。
アルバイトやパートであっても、賞与を受け取る正社員と同様の貢献が認められるなら、その正社員の賞与と同じ賞与を支給する必要があります。
退職金の扱いに関しては、厚生労働省のガイドラインに明確な記載がありません。ただし、過去の判例には退職金の不支給を違法とするケースがあるため、基本給や賞与と同じように不合理な待遇差の解消などが求められます。
各種手当
会社から支給される手当には、通勤・出張・食事・単身赴任・特殊作業・特殊勤務・精皆勤・時間外労働・深夜労働・休日労働など、さまざまな種類があります。
これらの各種手当に関しても、それぞれの性質や目的を考慮し、雇用形態を問わず同じように支給しなければなりません。
ガイドラインには住宅手当や家族手当に関する言及はありませんが、他の手当と同様に不合理な格差の是正が求められます。役職手当についても同様で、同じ内容の役職なら同水準の手当を支払う必要があります。
福利厚生・教育訓練
各種福利厚生施設の利用・慶弔休暇・健康診断による勤務免除や有給保障に関しては、非正規雇用労働者に正社員と同一の利用や付与を行わなければなりません。
病気による休職については、雇用期限を定めない短時間労働者なら正規社員と同じ、有期雇用労働者の場合は契約期間満了までの期間を考慮した付与を行う必要があります。
法定外の有休のような休暇を勤続年数に応じて認めている場合は、同じ勤続年数なら同じ日数にしなければなりません。
現在の職務に必要なスキルを身に付けるための教育訓練に関しては、職務内容を比較した上で、同じである場合は同一の訓練を実施する必要があります。